以前、運動不足を解消しようとジムに通っていたことがある。しかし、程なく退会してしまった。元来、体を動かすのは好きなほうだが、何をやっても退屈で仕方なかった。たとえば、ランニングマシンを利用しても空しく、せめてこの運動エネルギーにより発電し、発電量に応じて何十円というレベルでもよいので、キャッシュバックしてもらえるような仕組みがあれば少しは張り合いが出るのに…と思ったことがある。
筆者に限らず、運動を習慣化させることが上手くできないという人は少なくないだろう。
住友生命保険が2018年にサービスを開始した健康増進型保険「Vitality(バイタリティ)」は、顧客の運動の習慣化に寄与するユニークな商品である。従来の生命保険はリスクに備えるためのものであったが、“Vitalityは「運動や健康診断などの取組みをポイント化し評価する」という仕組みを通じて、リスクそのものを減らす健康プログラムである”とホームページで紹介されている。
具体的には、毎年のウォーキングやランニングといった取り組み(専用アプリで計測)と健診結果を4段階で評価し、1年ごとに保険料を見直す仕組みになっている。最高のステータスである「ゴールド」になると保険料が前年より2%割引され、逆に最低の「ブルー」なら2%割増となる。さらに、アディダス、スターバックス、ローソンなどにおける優待サービスも特典として用意されている。こうしたサービスにより、実際、加入者の歩行数は1割程度、増加しているようだ。
健康と判断された人は入院や死亡のリスクが低いため、加入時から保険料を割り引く商品は以前から多く存在していた。また近年、毎年の健診結果によって保険料が変動する商品も登場してきているが、実際の運動量を考慮している点はVitalityのユニークさといえるだろう。
こうしたユニークな商品の日本での発売にあたり、住友生命は健康増進型保険で実績のある南アフリカの保険会社であるディスカバリーと提携している。さらに、「スミセイ・デジタル・イノベーション・ラボ」を開設し、東京とシリコンバレーに拠点を設け、インステック(インシュアランスとテクノロジーを組み合わせた造語)技術を高める体制を整えている。
こうして誕生したVitalityは、2018年日経優秀製品・サービス賞における日経ヴェリタス賞を受賞し、以後、加入者を順調に増加させている。さらに、今年に入り、銀座四丁目の交差点に「Vitalityプラザ銀座Flagship店」という旗艦店を開設し、さらなる認知度の向上に取り組んでいる。
IT活用による現代版“三方よし”
無形であるサービス商品は、有形財の商品と比較して差別化が困難であると、しばしば指摘される。さらに、規制が強い金融商品においては、これまで類似した商品ばかりであった。結果、生命保険を中心に金融商品といえば、熱心な営業によって売上を増やすしかないという方針がまかり通っていた。近年、規制緩和の影響もあり、特徴ある金融商品が数多く誕生してきてはいるが、その差は顧客にとってはわかりづらい場合が少なくない。
こうしたなかVitalityでは、“健康増進”という極めて明瞭なキーワードによる差別化が実現している。また、流行のウェアラブル端末を組み合わせたサービスの多くは必然性に欠け、単なる話題づくりに終わってしまっている印象を受けるが、Vitalityでは見事な組み合わせが実現している。
Vitalityにより、顧客は健康になる。結果、保険会社は入院給付金などの支払いが減る。社会における医療費も減る。まさに、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という“三方よし”がIT活用により見事に実現している。
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