10月29日、「新型BEV、bZ4Xの詳細を公表」という新モデルのプレスリリースがトヨタ自動車より発表され、大きな話題となっている。
BEVはBattery Electric Vehicle(電気自動車)の略称で、bZはbeyond Zero(ゼロを超えた価値)を意味している。bZはトヨタにおけるEV専用ブランドであり、2025年までに7車種を投入する予定となっている。bZ4XはbZシリーズの第一弾となるモデルであり、来年半ばから世界で発売される予定となっている。つまり、このプレスリリースは単なる1モデルの発表ではなく、ついにトヨタがEVに本格参入することを示唆していると多くの人が捉えている。
世界に目を向ければ、EV専業メーカーである米テスラは高い注目を浴び、トヨタを大きく上回る時価総額となっている。日本においても、日産自動車はEVを積極的にアピールしている。こうした状況を踏まえ、トヨタはEVに完全に乗り遅れたと思われる人も少なくはないだろう。自動車や経営に興味のある人なら、「『プリウス』をはじめハイブリッドで圧倒的な立場にあるため、EVに注力してこなかったのではないか」「もし、この先、EVで影響力を持つことができなければ、まさにイノベーションのジレンマだ」と、思われるかもしれない。
競争戦略において、業界トップのシェアを保持する企業は“リーダー”、2番手は“チャレンジャー”と呼ばれる。
通常、リーダーは経営資源の質(技術力など)と量(資金・人員・店舗・生産設備など)ともにチャレンジャーを圧倒している。よって、チャレンジャーがリーダーに勝つためには、差別化した商品などを先行して販売することが重要であるというのがセオリーである。先行することにより、いわゆる“元祖”といったイメージの獲得、早期から生産に着手することにより、作業能率や生産設備の向上といった経験効果によるコスト削減などの先発優位性を獲得できるわけである。
一方、リーダー企業はチャレンジャーに先行されても、圧倒的な経営資源の質と量を活用し、挽回できるチャンスが十分にあるため、他社を追随するという行動を選択しがちであり、リーダーのセオリーともいえる。とりわけ、新規性の高い商品においては、市場が極めて不透明なため、他社の先行商品の動向を観察することは、自社にとってコストのかからない有益なマーケティングリサーチとなるわけである。
日本におけるEVの歴史
日本における本格的なEVの幕開けは、2009年に三菱自動車工業より発売された「i-MiEV」であるといってよいだろう。価格は400万円程度で、これに対して国から100万円程度のEV補助金が適用された。満充電状態での航続距離は120kmしかなかった。こうした制約により、販売先は法人が中心となった。また、2010年に日産から発売された「リーフ」は、価格が380万円程度となっており、航続距離は200㎞であった。
その後、バッテリーの進化などに伴い、日産のEV最新モデルである「アリア」の航続距離は610kmにまで延びている。ちなみに、今回取り上げているトヨタの「bZ4X」は500kmとなっている。
日本のEV創成期ともいえる2010年頃のスペックを見ると、航続距離が200km程度であり、一般ユーザーのニーズを満たすには心許なかった。しかも、当時は充電ポイントも極めて限られていた。もっとも、現在でも十分に整備されているとは到底いえない状況ではあるが。さらに、価格も一般のガソリン車と比較すると、かなりの高額であった。
よって、これまで消費者から高い支持を得ることができず、販売も好調に推移していない。しかし近年、環境に対する意識が高い欧米はもちろんのこと、日本においてもEVに注目が集まってきている。航続距離や価格も、多くの消費者のニーズに応えられるレベルになってきている。
こうした状況を踏まえれば、トヨタのEVへの本格参入のタイミングは絶妙であるといえるのかもしれない。
一方、これまで日本のEVを引っ張ってきた日産とすれば、経験効果によるコスト削減はもちろんのこと、トヨタが本格的に参入してくる来年半ばまでに、“EVといえば日産”といったイメージを、いかに消費者に浸透させられるかが重要なテーマになってくるだろう。
『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』 プレミアム商品やサービスを誰よりも知り尽くす気鋭のマーケティング研究者が、「マーケティング=高く売ること」という持論に基づき、高く売るための原理原則としてのマーケティングの基礎理論、その応用法、さらにはその裏を行く方法論を明快に整理して、かつ豊富な事例を交えて解説します。