出張の多いビジネスパーソンの頼もしい味方であるビジネスホテル。近年は質の高い多彩なサービスを提供するビジネスホテルも増加している。
そんなビジネスホテル業界のなかでも人気を集めているのが、共立メンテナンスの運営する「ドーミーイン」だ。全国展開を行うビジネスホテルチェーンである同ホテルは、一般的な付加価値型ビジネスホテルの宿泊料金を維持しつつ、高クオリティなサービスを数多く提供していることで知られている。
たとえば、JR京葉線・八丁堀駅から徒歩2分の場所にある「亀島川温泉 新川の湯 ドーミーイン東京八丁堀」では、なんと天然温泉に入り放題。そしてドリンク、アイスの無料提供、夜食用ラーメン「夜鳴きそば」が“おかわりし放題”と至れり尽くせりのサービスも付いてくる。さらに朝食付きプランでは、マグロ、いくらなどの江戸前寿司が食べ放題。ビジネスホテルとは思えないサービスが満載なのである。
ドーミーイン東京八丁堀に聞いてみたところ、閑散期の素泊まりで最低価格7000円(税込、以下同)程度から宿泊できることもあるそうだ。朝食料金1800円込みでも約8800円と1万円未満なので驚きである。
そこで今回は、長年同ホテルを取材してきたホテル評論家の瀧澤信秋氏に、ドーミーインの特徴や企業姿勢などについて解説してもらう。
ドーミーインのこだわりとは?
「まず一番の目玉はお風呂ですね。ドーミーインでは、ほぼ全ホテルで天然温泉の大浴場を用意し、ほかにも露天風呂、水風呂、サウナ付きと旅館顔負けの設備のあるところも多いんです。しかも、社内のお風呂専門家集団によって、湯や大浴場設備の品質を全国一律で維持しているという徹底ぶり。
また昨今のサウナブームに乗じた取り組みも目立ちますね。特に水風呂の温度が平均13℃とかなり低めの水準になっているのは、サウナ好きからすると嬉しいところ。『チラー(冷却水循環装置)で水温を1℃下げるだけで、月に100万円ほどのコストがかかるので二の足を踏む』というのは、とあるホテルチェーン関係者の話ですが、とてつもない企業努力をドーミーインには感じますね。そして、最近ではセルフロウリュ(サウナストーンに水をかけることによって室内の温度を上げること)を導入して店舗が増えていることもサウナ好きの心を掴んでいるといえるでしょう」(瀧澤氏)
ドーミーインの朝食も特筆すべき点がある。
「地方ならではのご当地メニューを展開しています。店舗によっては、海鮮系や期間限定で高級メロンなどのデザートを取り扱っているところもあり、素材は出し惜しみしていない印象です。ビジネスとして考えた場合に儲けはあるのだろうかと心配になってしまいますが、『お客様を満足させるために、いかにして良いものを提供できるのか』に主眼を置いて営業しているように思えますね。
また裏側のオペレーションついても注目です。一般的なビジネスホテルだと、朝食会場の動線に難ありというケースもあり、ゲスト動線以上にスタッフの仕事のしやすさ、ひいては人件費にすら影響が出てきます。たとえば調理場と扉で区切られているケース。デザイン性は高いのでしょうが、配膳スタッフは扉を開け閉めして移動せねばならず非常に手間がかかります。ですが、これまで体験してきたドーミーインの朝食会場では調理場と朝食会場のスタッフ動線も実に考えられています。
そして、ブッフェでたまに見かける“料理が無い”状態。ドーミーインでは朝食時間内であれば、どの時間に喫食者の人数がどのくらいになるのかなども常に計算されているといいます。それが、結果的にフードロスを減らすことにも繋がっているんです」(同)
コストはやや度外視、客が望むものを提供する姿勢
ドーミーインはある程度のコストを覚悟してでも、サービスの品質を向上、維持させようとする理念があるということか。
「コロナ禍の現在、ホテルの経営は大変かと思いますし、コストカットのためさまざまなサービス、設備をなくす動きも理解できます。ところが、ドーミーインから感じるのは、サービスを『間引く』のではなく『足す』という意識です。
この『足す』姿勢については、ドーミーインで提供される『夜鳴きそば』に関する話が印象的でした。夜鳴きそばは、おかわりできることで知られていますよね。しかしあるとき、おかわりする人が増えすぎてしまい、一部の店舗において『おかわりは一杯まで』と店舗ルールで定められたことがあったそうです。すると、同社の会長が『何やっているんだ! お客様の求めるものを提供するのがうちの会社の方針なんだ』とその店舗の支配人を叱責したとのこと。
個人的には、こうしたプラスの思考が、人気のあるサービスを生み出す秘訣になっているのではないかと感じます。お客様の獲得につながるのも納得です」(同)
コストカットを選択するのではなく、逆にサービスを増やしていくというドーミーインならではの哲学が読み取れる。
また宿泊費についてだが、必要最低限のサービスのみに絞って低価格を維持するローコストタイプのビジネスホテルと比較すると、ドーミーインの宿泊費は格安とはいいがたい。だがドーミーインは、一般的なビジネスホテルの価格帯を維持しつつ、満足度の高いサービスや設備を充実させているので、お得度は価格以上といえるかもしれない。
「一般的にホテルの宿泊料金は、安くすればするほど客室稼働率は上がり、お客様は増えます。ただポイントなのは、いかに付加価値を付けて宿泊料金を高くし、客室単価を上げつつ稼働を維持していくのかと、さらにリピーターを増やしていくのかということ。こうすることによって、優良なお客様が増えますし、ホテルのクオリティも向上していきます。ドーミーインのサービスレベルを考えると、お客様が使いやすい料金帯をなんとか保持し続けている印象です。
またドーミーインは、徹底したマーケットリサーチをしています。集客できる見込みがあれば、競合他社が営業する地域でも出店します。自分たちが勝てると見込んだ地域、場所に展開できるのも人気ブランドとして付加価値を高めてきた結果でしょう。自分たちのサービスに圧倒的な自信を持っているドーミーインだからこそと納得できる話です」(同)
全国チェーンというスケールメリットのあるドーミーインは、採算度外視の新たなサービスを提供しやすいという強みもあると分析できるだろう。
質の高いサービスを提供するからこその課題もある
リーズナブルな価格でコスパ抜群のサービスを提供するドーミーインが近くにオープンするとなると、「たまったもんじゃない」と匙を投げるライバル会社も多そうだ。
「2013~19年頃のインバウンド活況時に、ビジネスホテル数は一気に増え、各社ともにさまざまな差別化を図ってきました。しかし、ドーミーインは、それ以前から天然温泉、サウナをほぼすべての店舗で導入し、固定客を掴んできたので、後進企業がドーミーインの領分に参入するのは難しいのではないでしょうか。
ただやはり課題点もあります。インバウンド活況時、外国人利用者の数が増加し、大浴場のマナー問題が騒がれていました。外国人観光客のほとんどは、日本の浴場のマナーを知りません。コロナが落ち着いたら、都内にある天然温泉を目当てに来日する外国人観光客も増加すると予想できるので、何かしらの対策は必要でしょう。
また品質の高い食事を提供することのコストや管理も逆にネックとなるでしょう。クオリティが高く注目されている分、何か問題が起これば、一気に信用問題にまでなりかねないため、引き続きサービスの品質維持に努めてほしいですね」(同)
ビジネスホテルの常識を変え、今なお業界のトップランナーとして走り続けるドーミーイン。課題はあるものの、その「足し算」の戦略には、ホテル業界のみならず、その他多くの企業も学ぶべきところがありそうだ。
(取材・文=文月/A4studio)