ここ数年、そんな二郎から多大なる影響を受けた「インスパイア系」や「亜流」と呼ばれるラーメン店の出店が加速している。首都圏のみならず、全国各地に増殖しつつあるインスパイア系。共通するのは、本家に勝るとも劣らないその量。駒場東大前にある「千里眼」や、神保町にある「用心棒」は、それぞれ名店として知られ、チェーン展開している「野郎ラーメン」では、チャーシューがたっぷり乗ったその名も「豚野郎ラーメン」なるメニューも提供されている。また、変わったところでは、都内を中心に展開するカラオケ店「パセラリゾーツ」でもインスパイア系のラーメンが味わえるのだ。
だが、二郎のマネをするだけが、インスパイア系ではない。それぞれ自家製麺を使用したり、スープや野菜にも独自の工夫を凝らし、競争は激化の一途をたどる。ラーメン二郎が独自のジャンルとして認知されているように、「インスパイア系」としてひとつのジャンルを確立しているのだ。
今回、そんな二郎のインスパイア系ラーメン店のひとつである東京・渋谷は宇田川町に店舗を構える「凛」に訪れた。
本家に劣らず圧巻のボリューム
センター街の喧騒を抜け、神南小学校のすぐ近く、少し落ち着いた雰囲気の場所に立つ同店。飲食店には不向きと思われる立地だが、このような場所で営業を続けられるのが人気店の証し。ほかでもない凛を目当てにした客が大挙して訪れるということだ。
まるで、カフェかビストロかと見紛うばかりの外観は、とてもラーメン店のものとは思えない。ましてや、それが野郎ども垂涎の二郎インスパイア系であるとは……扉を開けると、やはり店内にいる9割は男性客のようだ。
食券を購入し「ニンニク入れますか?」という名物のコールを受ける。選んだのは700円の「醤油ラーメン」だ。少食家としては、このタイミングで「少なめでお願いします」と言いたいところだが、ぐっとこらえて普通サイズのラーメンをお願いした。
BARを改装したかのような雰囲気の内装に、洋楽が流れるBGM。かつて、一度だけラーメン二郎に入ったときは、あたかも修行僧のようにラーメンと格闘する客が印象的だったが、凛のお客さんはどことなくリラックスしている様子だ。
と、観察をしていると、目の前にドン! と置かれたラーメン。
「ああ……やっぱり」
あらかじめネット上のラーメンブログなどに掲載されている写真を確認し、情報収集をしていたものの、やはり実物を見ると圧巻だ。スープ面からおよそ8cmはあろうかというもやしの山。その頂上には、たっぷりのおろしニンニクが鎮座する。掲載用の写真を撮りながら、ぷーんと漂う美味そうな匂いに、思わずヨダレが垂れてくる。
それぞれの個性が生きたうまさ
さっそく、野菜を口に運ぶと、そのシャキシャキ感がたまらない。「脂ぎった」というイメージの強い二郎やそのインスパイア系だが、凛は、脂が強いものの「ギトギト」というほどではない。さらに、もやしをどけて、自家製の太麺をスープから、一口。太麺特有のもちもちの食感と、濃いめに味付けされたスープを絶妙に絡める縮れ具合。美味い。この美味しさならば、余裕で完食できるんじゃないか……
という淡い期待は、10分後に絶望へと変わる。箸をいくら口元に運べど、一向に減る気配がない麺と野菜。スープはあたかも麺を自動供給する底なし沼のように思えてくる。だが、ここに、さらなる強敵が潜んでいた。
2cmはあろうかという分厚いチャーシューが2枚、眼に飛び込んできた。二郎インスパイア系といえば、この厚切りチャーシューの存在は欠かせない。しかし、そびえ立つもやしの山塊の下に埋まっていたため、すっかりその存在を忘れていたのだ。とろっと柔らかく煮込まれたチャーシューの味は間違いなく絶品。だが、残念なことに、今はその味わいを楽しむ余地がない……
「残したいです」
と、発信される胃からのシグナルを無視しながら、淡々と食べ続ける筆者。職人が心を込めて作った1杯を無駄にすることは人倫にもとる行為だ。だが、テーブルの陰では「ぐ、ぐるじいぃぃぃ」……悲鳴をあげる胃。シグナルは、すでに痛みに変わっている。残すのはラーメン職人に申し訳ない。だが、苦しみながら食べるのも失礼なのではないか。箸を運ぶ手元がゆっくりになる。胃が膨らむ。汗が垂れる。これは、冷や汗だ……
「ごちそうさまでした」
なんとか完食できました。
栄養をつけるはずの食事なのに、食べ終わると、立ち上がるのもおっくうなくらい疲れ果ててしまった。最後のほうは、味はさっぱりわからなかったが、まだ余裕のあった前半は、これまで食べたどのラーメンにもまして美味しかった。女性や、食が細い人であれば、やはり麺・野菜ともに少なめでお願いしよう。そうすれば、美味しいラーメンを最後まで満足しながら堪能できるはずだ。
帰路、満員電車に乗り込むと、周囲の乗客から冷ややかな視線を感じる。
そう、ニンニクの量にも注意すべきだったのだ……。
(加茂萩太)