米国で、頁岩(けつがん、シェール)層から天然ガスやオイルを取り出す技術の開発が進み、これを原料とした大型エチレンプラントが2016~17年に相次いで稼動する。米国産のシェールガス由来の低価格なエチレンが台頭することで、コストの高いナフサ(粗製ガソリン)を原料とする日本産エチレンが競争力を失う懸念が高まっている。
シェールガス革命で、「石油化学」という言葉自体がそぐわなくなる。「天然ガス化学」の時代がやってくる。日本勢が生き残るためには国内の過剰設備の廃棄だけでは対応できず、業界の大再編が必要との見方が広がっている。
再編論を先導しているのは国内最大手、三菱ケミカルホールディングス(HD)の小林喜光社長だ。8月に開かれたメディアとの懇談会で「石油精製も化学(メーカー)も全部一緒になった完全なメジャー(巨大石油資本)で生き残るくらいのことを考えないといけない時期だ」と持論を展開した。再編後の姿として、米エクソンモービルやサビック(サウジ基礎産業公社)など資源開発も手がける海外の巨大化学企業を例示した。
●相次ぐ海外勢の大型プラントの新設・増設
高度成長期に産業のコメといわれたのがエチレンだ。石油化学製品の中核であるエチレンの生産は、日本のお家芸だった。エチレンはプラスチックやゴム、合繊原料、塗料原料、合成洗剤など、石化製品の大元になる原料だ。石化製品は自動車、家電、携帯電話、衣服、日用品など、身の回りのさまざまな製品に使われている。
日本の化学産業の出荷額は約40兆円で、自動車に次ぎ国内2位。中国をはじめとするアジアに輸出してきたが、足元が揺らいだ。
近年、中東や最大の消費地である中国で、年100万トン級の大型プラントの新設・増設が相次いだ。英BPは中国で、米国から運んだシェールガスを活用した大型化学プラントの建設を7月に発表した。中東から輸入するナフサを原料とする日本産のエチレンは、中東産に比べてコストが20~30倍になるといわれている。米国や産油国サウジなどで新規のプラント運転が始まる16年ごろから、米国、中東、中国の挟み撃ちに遭う。コスト競争力では太刀打ちできず、日本からの輸出はゼロになるとみられている。日本の石化業界に危機が迫ってきているのだ。
●業界再編の構図
石化製品の基礎原料であるエチレンは、生産過剰状態にある。10社が各地のコンビナートで15基のエチレンプラントを運営している。生産能力は年間750万トン、内需は500万トンで、設備の3分の1が余剰だ。
08年秋のリーマン・ショック後、割安な石化製品が日本に流入して、国内の設備過剰が一気に露呈した。だが、総論賛成、各論反対。エチレンあっての総合化学会社という意識が強く、設備の整理は遅々として進まなかったが、シェールガス革命、中東や中国での大規模プラント建設を目の前にして、ついに各社が過剰設備の整理に重い腰を上げた。
設備廃棄の先頭を切ったのは、三菱ケミカルHDだ。傘下の三菱化学は鹿島事業所(茨城県神栖市)にエチレンプラントを2基保有しているが、そのうち1基を14年に廃止することを12年6月に決定した。
住友化学は今年2月、千葉工場(千葉県市原市)のエチレン生産を15年9月までにやめ、エチレンの国内生産から撤退することを決めた。8月には三菱ケミカルHD傘下の三菱化学と旭化成ケミカルズが共同で運営する水島コンビナート(岡山県倉敷市)のプラント1基を16年春に閉鎖することが明らかになった。国内に15基あるエチレンプラントのうち3基が停止しても、生産能力はまだ需要より150万トン程度多い。ところが、これ以上の再編となると各社の思惑が絡み、容易ではない。
なぜなら、複数社のエチレン設備が並んで建つコンビナートでないと、集約が進まない事情があるからだ。水島地区では三菱化学・旭化成連合が結成された。しかし、5基が隣接する千葉地区では、すでに共同運営している三井化学・出光興産の呼びかけに住友化学や丸善石油化学などは参画しない。大半が単独での生き残りを目指しているのだ。
また、石化業界は三菱化学、住友化学、三井化学、出光興産、昭和電工などの大手に加え、樹脂、繊維、ゴムといった製品ごとに中小のメーカーが乱立。集約が遅れている。成長戦略に産業再編は不可欠だ。産業再編の最大の焦点は石化業界といってい。医薬品がその次で、エレクトロニクスと続く。石化業界が国際競争力を失えば、アベノミクスの成長戦略は絵に描いた餅となる。
石化業界の大再編を思い描く三菱ケミカルHD・小林社長には危機感が強い。「日本勢が強みとする触媒技術を生かして、天然ガス由来ではつくれない製品(ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレンなど)で日本がリードすれば、米国勢と戦える」と主張する。
数年以内にも、生産コストが日本より3~5割安いとされる米国産シェールガス由来の石化製品の世界展開が始まる。それまでに再編は進むのか? 今後の石化業界の動向に注目が集まっている。
(文=編集部)