アニメ化50周年を迎えた『ルパン三世』と、原作40周年を迎えた『キャッツ・アイ』がコラボした新作劇場アニメ『ルパン三世VSキャッツ・アイ』の製作が9月22日に報じられ、多くのファンを驚かせた。SNS上では新作を心待ちにする反応が多く見られた一方で、一部からは同作がCGアニメ作品であることに落胆や不安感を示す声も散見されたのだ。今年の6月11日公開の映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』や、12月3日公開の『THE FIRST SLAM DUNK』がCGアニメであると発表されたときも、同じように賛否両論が巻き起こっていたことも記憶に新しい。
近年の日本アニメはCGのキャラクターを多用した作品が増えたが、手描きのアニメを好む層を中心に「肌に合わない」と反発する声は根強い。そこで今回は、急速にCGアニメが増えている理由や、CGを利用するメリット・デメリットなどについて、アニメ評論家である藤津亮太氏に話を聞いた。
実はCGアニメはかなり以前から取り入れられていた
日本アニメの制作において、これまではどんな手法が主流だったのか。
「アメリカで発明された、効率的にアニメを作れるセルを使った技術が伝わり、これが長い間業界で使われました。セルアニメというのは、セルと呼ばれるアセテートの透明フィルムに絵を描いて作るアニメ画法です。アニメを作る際、1枚1枚の紙にキャラクターやエフェクト描写、背景といった要素すべてを描いていくとなると、描ける絵の画風や作業量に限界があります。ですが、透明なフィルムにキャラクターなど動くものをバラバラに描き、背景画の上に全部重ねれば、比較的効率よくきれいな絵を動かすことができる。その後、TVアニメでは腕や口などの動く部分だけを別パーツにするなどの効率化も進みました。動きを描く部分を限定して別のセルに描くことで、作業の効率化を図ったわけです」(藤津氏)
だが、1990年代半ばを過ぎてコンピューターの性能が大幅に向上したことで、こうした伝統的なセルアニメの作り方が変わったという。
「コンピューター技術の進化により、まずセルがなくなりました。以前はアニメーターがクリンナップした絵をセルに転写し、セル絵の具で色を塗っていました。その工程に、1990年代末から2000年代初頭にコンピューターが導入され、動画をスキャンし、コンピューターで色を塗り、背景などとの合成を行い、光などの効果を加えて完成画面を作るようになったのです。作画用紙と鉛筆で行われていたアニメーターの作業も、近年ではペンタブレットなどのデジタル機器で行われる例が増えています。ツールはデジタル化されましたが、キャラクターは手描きが基本で、従来のセルアニメの延長線上にあるスタイルです」(同)
では、近年よく見かけるCGアニメとは、どのようなものなのだろう。
「よくCGアニメと呼ばれるのは、3DCGアニメのことですね。コンピューターで、キャラクターなどの立体的なモデルを作り、それを動かしてアニメを作る手法です。2000年ごろまでは、手描きアニメの中でも、ロボットや車などのメカ、扇風機など正確に描くと手間がかかる小道具などを3DCGで作る、補助的な使い方が多かったです。しかし、2010年前後から使われる範囲が広がり、キャラクターまで3DCGで制作した作品が増えてきました。なおキャラクターは3DCGでも、背景は従来の平面的に描かれている場合と、3DCGで作られている場合と、両方あります」(同)
キャラクターまで3DCGで作るようになったのは、なぜなのだろうか。
「理由はいくつかあります。ひとつは技術的な側面です。コンピューターの性能があがったり、ソフトの性能が上がったりしたことで、3DCGのモデルを動かしても“マネキン”的なぎこちない動きにはならず、自然に見えるようになってきました。それと合わせて、制作する側もモデリング(3DCGキャラクターを造形する工程)などを含め自然に見せるさまざまなノウハウが蓄積されたのも大きいですね。
あとは、3DCGは複雑なアクションシーンでもキャラクターを崩れさせずに動かすことができるから、という理由もあるでしょう。手描きでは難易度がかなり高くなるダンスシーンなども、モーションキャプチャー(演者の動きのデータを採集する方法)した動きのデータを3DCGに反映させることで画の崩れがなく、かつ比較的楽に作れるようになり、ぐっと制作の敷居が下がりました。手描きのハードルが高い部分をこなれてきた3DCGが補完することで、3DCGが使われる領域がどんどん広がってきたわけです」(同)
不足する手描きアニメーターの穴を埋めてくれた3DCG
だが、近年3DCGアニメが多く制作されているのは、こうした技術面・企画面以外にも大きな理由があると藤津氏は指摘する。それは日本のアニメそのものを取り巻く状況の変化だ。
「それはズバリ、手描きのアニメーター不足です。昨今は世界的に動画配信プラットフォームが増え、日本のアニメに対するニーズが増えたこともあり、アニメ制作現場が飽和状態になっているのです。そういう状況で、フリーランスの手描きアニメーターは確保が難しい状況が続いています。さらに企画が多いため、従来の手描き中心の制作スタジオも数年先まで予定が埋まっているところが増えました。この変化のなかで、3DCGの制作スタジオもそれまで培ったノウハウを背景に、TVシリーズや映画を手掛けるケースが増えてきたのです。もちろんそこには3DCG会社が、会社としてステップアップを考えた部分もありますが。
なので現在は企画の方向性によって、手描き中心(3DCGはあくまで補助)、手描きと3DCG(ダンスなどのシーンなどを中心に手掛ける)が柔軟にミックスされたもの、登場するキャラクターのほとんどを3DCGで描いたもの、という大きくわけで3つのスタイルが混在する形になったのです」(同)
ところで、先ほど「フリーランスの手描きアニメーター」という言葉が出たが、なぜアニメーターにはフリーランスが多いのだろうか。
「1970年代初頭に、手塚治虫さんが創設に関わった虫プロダクションが倒産したり、東映動画(現・東映アニメーション)が大規模なリストラを行ったりしたことで、多くのアニメーターがフリーとして活動をするようになったのです。ここをきっかけに、アニメーターはフリーランスで活躍するものという業界傾向が強まり、今なお続いているのです。世間によく知られているスタジオジブリや京都アニメーションといった制作会社は、手描きアニメーターを正社員として雇用していますが、むしろそういうスタイルのほうが業界的には稀な存在ですね」(同)
また、出資者側からするとこうしたフリーランスのアニメーターを中心とした制作体制を組むよりも、3DCG会社組むほうが大きいメリットもあるという。
「アニメ制作業界は、1人が1カ月働いた作業量を1として計算する“人月(にんげつ)”計算が前提の業界なので、基本的に社員で制作している3DCGアニメを多く手がける会社は、スケジュールが想定しやすいのです。これは、フリーのアニメーターを集め、個別に対応していく従来のスタイルよりも、ずっと制作上のリスクは低くなります」(同)
アニメの動きへの違和感の有無は「慣れ」にすぎない?
そんな3DCGアニメだが、一部のアニメファンからは「動きに違和感を覚える」など否定的な意見が挙がることも多い。
「よくネットなどで『キャラの動きや髪・服といった質感に違和感がある』という指摘を見ますが、手描きアニメも実際の人間の動きや質感とはだいぶ異なり、かなり省略されたり記号化されて描かれています。むしろCGアニメのほうがリアルな動きに近い表現をしていることも多いです。
ではなぜ、違和感を覚えるのか。もちろん予算や技術の都合などで、服の自然な柔らかさが表現できない、肩周りの動きが自然に見えないなどのネックは当然あるのですが、もっと突き詰めていくと、それはシンプルに『見慣れていないから』ということが大きいと思います、例えば、ある長髪の少女が髪をたなびかせているシーンがあるとします。手描きアニメの場合、髪の毛の一部を動かすだけでも『髪の毛全体がたなびいている』と多くの観客は感じるのですが、これを3DCGアニメでやると止まっている髪の毛に目がいき、『髪の毛が不自然に止まっている』と感じがちなのです。これは手描きのほうは一部止め絵になっていても、『髪全体が動いている記号的表現』と長年の慣れで無意識に認識しているからであり、まだ見慣れていない3DCGアニメで同じことをされると違和感が強調されてしまうのではないでしょうか。3DCGの作り手たちも、このあたりの『記号的な表現』と『3DCG特有のリアルさ』をどう融合させるか、作品ごとに様々な試行錯誤をしています」(同)
3DCGが今後ますます増えていけば見慣れるようになり、違和感も消えていくのかもしれない。実際、3DCGを使ったアニメは今後増えていくのか。
「当然増えていくでしょう。指摘されている違和感も作り手側からの改善が進んでいくだろうし、観客も時間とともに表現に慣れていけば、違和感の声も減っていくと思います」(同)
まだ歴史の浅い3DCGアニメを観て違和感を覚えることもあるかもしれないが、願わくば手描き派のアニメファンも3DCG作品を根気よく見守り、業界の発展を応援していってもらいたいものだ。