逆転の発想で年商16億円の優良企業に!人気商品を生み出すチョコレート工房の秘密
愛知県豊橋市に2014年に開業し、年商は16億円に。「久遠チョコレート」はコロナ禍でも順調に業績を伸ばしている注目の新興企業だ。素材となっているチョコレートは、現地の生産者たちを搾取することのないブランドメーカーからの輸入もの。カカオ本来の油分だけのチョコレートの濃厚な味わいと香り、150種類以上ある多様なフレーバーで人気を呼び、日本各地で40店舗、57拠点を展開している。
現在45歳となる夏目浩次氏が代表を務める「久遠チョコレート」は、業績以外のいろんな点からも話題となっている。約570人いる従業員のうちの6割は心や体に障がいがあり、他にも性的マイノリティー、シングルマザー、家族の介護など、いろんな事情を抱えた人たちが働いている。それぞれの働くモチベーションはとても高く、そのことが企業成長の原動力にもなっているようだ。
ドキュメンタリー作品としては異例の大ヒットとなった『さよならテレビ』(19年)や『人生フルーツ』(16年)などで知られる東海テレビでは、そんなチョコレート工房の秘密に迫った映画『チョコレートな人々』を2023年1月2日(月)より劇場公開する。夏目氏を19年間にわたって取材してきた鈴木祐司監督に、「久遠チョコレート」が人気を集めるようになった背景を語ってもらった。
障がい者と健常者が一緒に働ける職場づくりを夏目氏が考えるようになったきっかけには、伝説の実業家の存在があった。「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である「ヤマト運輸」の元会長・小倉昌男氏だ。小倉氏は「ヤマト運輸」の会長職を退いた後、障がい者雇用の場として「スワンベーカリー」を立ち上げている。小倉氏の著書を読んだ学生時代の夏目氏は、障がい者の月給が1万円にも満たないという事実に驚いたそうだ。
鈴木「バリアフリー建築を学んでいた夏目さんは、障がい者雇用の実情に驚き、自分もスワンベーカリーの事業に加わりたいと、小倉さんに何度も手紙を書いています。半年ほどして小倉さんに会う機会を得たのですが、夏目さんに後ろ盾になる経営基盤が何もないことを知ると『帰りなさい』と小倉さんは言い放ったそうです。ビジネスは甘いものではないと教えたかったのでしょう。普通ならそこで諦めるのに、夏目さんのすごいところは自力でパン屋を始めたことです。2003年に豊橋市の花園商店街で、3人の障がい者を雇用したパン工房を開業しています。たまたま他の取材で商店街を訪ねた際に、お店のオープンを控えていた夏目さんたちと知り合いました。夏目さんの熱意と人柄に興味を持ち、仕事が休みの日にハンディカメラを持って、お店に通うようになったんです」
チョコレートは失敗しても、温め直せばやり直せる
障がいを持つ従業員たちに愛知県が決めた最低賃金以上の給金を渡すために、夏目氏と妻の安矢子さんは早朝から深夜まで休みなく働き続けた。商店街の他のお店の人たちのサポートもあって、パン工房の営業は次第に軌道に乗り始める。やがて、夏目氏はもっと多くの障がい者たちが働ける職場を作ろうと、社会福祉法人を立ち上げ、印刷、清掃、クリーニングなどの新規ビジネスに着手しようとした。だが、ここでもまた夏目氏は挫折を経験する。
鈴木「夏目さんがあまりにも多くのビジネスに手を出すので、豊橋市から監査が入ったんです。障がい者を食い物にする悪徳業者だと思われてしまったようです。社会福祉法人の他の理事たちと考えの違いも生じていました。他の理事たちはパン工房が順調なのに、他のビジネスに手を出して危険な目に遭わせないでほしいという考えでした。結局、夏目さんは自分で作った社会福祉法人を出ていくことになったんです」
失意のどん底にあった夏目氏だが、新しいステージに進むための大きな出会いも果たすことになる。異業種交流会で、人気ショコラティエの野口和男氏と知り合った。
「チョコレートは失敗しても、温め直せばやり直せる」
野口氏のこの言葉を聞いた夏目氏は、野口氏を捕まえて、帰りの車に乗り込み、自宅にまで付いていく。「これだ!」と思いついたら、がむしゃらに追い続けるのが夏目氏の仕事の流儀だ。
鈴木「その頃、夏目さんは僕に電話を掛け、『チョコレートはとても優しい素材なんだよ』とうれしそうに話していたことを覚えています(笑)。パンは発酵させ、焼き上がる時間も決まっており、日持ちせず、単価も低い。その点、チョコレートは温め直せば作り直せるし、日持ちもして単価も高い。障がい者が自分のペースで働くのに、ぴったりの素材であることを夏目さんは発見したわけです」
両国にある野口氏のチョコレート工房で、夏目氏は数週間にわたって働くことになる。普通、チョコレート菓子は菓子職人がひとりで作り上げるものだが、野口氏の工房では作業工程を細分化し、海外から日本に来ていた留学生たちが多く働いていた。そうした新しい職場の在り方にも、夏目氏は大きな刺激を受けた。野口氏をシェフ・ショコラティエとして迎えることで、夏目氏は「久遠チョコレート」を開業する。2018年には「第2回ジャパンSDGsアワード」内閣官房長官賞を受賞するなど、夏目氏の取り組みは広く評価されるようになった。
キャリア採用はしないという夏目代表のこだわり
映画『チョコレートな人々』は、「久遠チョコレート」で働く様々なスタッフの姿を伝えている。チョコレートとカカオバターを混ぜ合わせる作業は「テンパリング」と呼ばれ、根気のいる仕事だ。大手チョコレートメーカーは、この面倒な手間を省くためにカカオバターの代わりに植物油脂を使っている。だが、障がいを持つスタッフはこだわりを持って、集中してテンパリングの作業に取り組んでいる。フルーツのカットやラッピングは、手先が器用なスタッフが几帳面に丁寧に進めている。障がい者と健常者がお互いにフォローしあうことで、美味しいチョコレートが出来上がっていく。
「仕事に人を合わせるのではなく、人に仕事を合わせる」
夏目氏の考え方は、これまでのビジネスとは逆の発想だ。仕事に人を合わせることで、人が疲弊し、ボロボロになっていくことがない。その人の特性が活かされた職場の雰囲気は明るく、新しい商品やビジネスのアイデアも社員やパートの区別なく、夏目氏に次々と提案されている。
もちろんトラブルは絶えることがない。大手保険会社から人気商品「テリーヌ」の詰め合わせ1万箱の大口発注が届くが、全国各地を飛び回る夏目氏も工場マネジャーも生産状況を把握できておらず、納品日直前になってパニック状態に陥ってしまう。パン工房時代のように妻の安矢子さんも急遽動員され、店舗スタッフも駆け付け、深夜遅くまでラベル貼り作業が続く。
夏目氏がこぼす「事業を拡大しすぎたのかなぁ。でも、そしたら給料だせないですよ」という経営者の本音を、カメラは記録している。
鈴木「生産管理できる人を新たにキャリア採用すれば、簡単に解決する問題です。でも、それでは面白くないと夏目さんは言うんです。今いる人たちでなんとかしたいという考えなんです。もがきながらも、理想を追うことを諦めない。夏目さんのそんな姿は19年前から変わりません。変わった点は若く見られないように髭を生やしたことと、経営者としての経験を積み、たくましくなったことでしょうか」
テレビ版『チョコレートな人々』は2021年3月に東海エリアでローカル放送され、その年の「日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリ」を受賞するなど、大きな反響を呼んだ。夏目氏のもとには、「久遠チョコレートで働きたい」というメールが600通ほど届いたそうだ。
鈴木「視聴者の中には『障がいの軽い人だけを雇っているんでしょう?』という辛辣な声もありました。そんな声に対し、夏目さんは重度の障がい者も働ける職場として『QUON chocolate パウダーラボ』を2021年7月に作っています。夏目さんは思いついたら、行動に移すのがとても早い」
職場を改善することで、企業は成長できる
工房や店舗で働く人たちの明るさに惹かれ、頻繁に「久遠チョコレート」に顔を出す鈴木監督に対し、「働き方を工夫すれば、障がい者がもっと働ける職場は他にもあるはず。うちだけでなく、全国を取材してほしい」と夏目氏は提案。その言葉に触発され、鈴木監督はドキュメンタリー番組『#職場の作り方』を企画・取材し、2022年5月にテレビ放映した。
鈴木「高級寿司のネタである芽ネギの収穫は、職人的な腕が必要だと思われていたんですが、浜松市の芽ネギ農家では新しい機材などを導入し、障がいのある人も含めて約100人を雇用するまでに成長しています。健常者と障がい者が協力しあう明るい職場となり、生産性が大幅にアップしています。また、千葉のコチョウラン農家は障がい者が一人前の職人に育つと、一般企業に就職する取り組みをしています。ダウン症の女性が名古屋でカフェを開いたところ、地元の高齢者たちが集まる憩いの場となっています。これまでは仕事に人を合わせるという考え方で企業社会は進んできましたが、従来の考え方では伸び悩む時代になりました。『#職場の作り方』の取材先は、多様な人たちが働くことで、職場環境が改善され、企業としても成長を遂げています。一般企業で働く人たちも、こうしたケースは参考になるのではないでしょうか」
いろんな職場を取材してきた鈴木監督の目には、自身が勤める東海テレビはどのように映っているのだろうか?
鈴木「実は僕は東海テレビの局員ではなく、子会社である東海テレビプロダクションの社員なんです。局員と同じ仕事をしていても、給料が低いことには正直なところ不満を感じています。でも、局員は数年ごとに部署移動があるのに対し、子会社所属の僕は制作の現場にずっといることができます。今の仕事には満足できているので、考え方次第なのかもしれませんね。ドキュメンタリー班に関しては、阿武野勝彦プロデューサーが局の上層部とケンカしながら今の職場を作ってくれたおかげで、ひとつの取材にほぼ専念することができています。ドキュメンタリーを作る者としては、理想の職場かもしれません。『#職場の作り方』では障がい者の法定雇用率に東海テレビは2人足りていないことにも触れ、東海テレビの人事部にカメラを入れて取材しました。『さよならテレビ』と同じように、『よく同僚をさらし者にできるな』という厳しい声もありましたが、自らも取材対象となる東海テレビは、他のテレビ局の人たちからは『懐の深い職場だな』と思われているようですね(笑)」
ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』は、福祉雇用をめぐる問題だけでなく、これからの企業や職場の在り方を考えさせる作品だと言えるだろう。現在、東京都内では「久遠チョコレート」を扱っている店舗はないが、本作の上映期間中は上映館であるポレポレ東中野で「久遠チョコレート」の人気商品を販売することになっている。映画と一緒に手作りチョコレートも味わってみてはどうだろうか。(文=長野辰次/ライター)
『チョコレートな人々』
ナレーション/宮本信子 プロデューサー/阿武野勝彦 音楽/本多俊之 監督/鈴木祐司
配給協力/東風 配給/東海テレビ 2023年1月2日(月)より、東京・ポレポレ東中野、名古屋シネマテーク、ユナイテッド・シネマ豊橋18、大阪・第七藝術劇場、福岡・KBCシネマほか全国順次公開
(c)東海テレビ放送
https://tokaidoc.com/choco/
●鈴木祐司(すずき・ゆうじ)
1973年生まれ、愛知学院大学文学部卒業後、東海テレビプロダクションに入社。主なドキュメンタリー作品に『あきないの人々 夏・花園商店街』(04年)、『約束 日本一のダムが奪うもの』(07年)、『チョコレートな人々』(21年)、『#職場の作り方』(22年)などがある。阿武野勝彦プロデューサーとの共同監督作『青空どろぼう』(10年)は、2011年に劇場公開されている。