就活生向けの就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートが、同社が携わった大学主催の就活生向けセミナーなどで「サクラ行為」を行っていたと、4日付朝日新聞が報じた。オンラインセミナーで同社社員が学生の身分を偽って質問し、申し込みへ誘導するといった行為が常態化していたという。SNS上で拡散されている社内チャットツール「Teams」での同社社員同士でのやりとりには
「自分の質問に、自分で答えるのが辛すぎた」
「動物園を見事に手懐けていて素晴らしい」
「サクラ仕込んで、申し込みの質問させる→再度申込の説明実施」
といった文面も確認される。問題行為を行っていたのは「リクナビ」の担当部署である大学支援推進部(現・学生キャリア支援推進部)とみられ、企業倫理が問われる。
国内でもっともメジャーな就活生向け情報サイトのひとつである「リクナビ」。掲載社数は上場大企業から中小・ベンチャー企業まで1万8000以上、会員登録数は70万を超える国内トップクラスを誇り、「まずはリクナビとリクナビへの登録から始める」というのは就活生の常識となっている。リクナビといえば2019年の辞退率販売事件が記憶に新しい。リクルートキャリア(当時)は顧客企業から就活生の個人情報を入手し、当該就活生のリクナビ閲覧履歴などに基づき内定辞退率を計算。そのデータを本人に無断で顧客企業に販売していた。これを受け同社は厚生労働省から職業安定法に基づく行政指導を受けた。
そして今回新たに発覚したサクラ問題。SNS上に流出した社内チャットツールでのやりとりには、
「適度に危機感を煽りつつ終始学生に寄り添いチアアップする姿勢を維持し信頼を得る・全日程予約を連呼」
「申込方法に関する質問が来たテイで演技し『申込に関する質問ありがとうございます もう一度一緒に申込してみましょう!』と質疑応答時間中に複数回ブロードキャスト実施」
「●●がやってくれたサクラ内容を型化して共有会しよう」
という文言もみられ、積極的にサクラ行為に手を染めている様子がうかがえる。
背景にリクナビの凋落か
リクルート関係者はいう。
「バレないようにこっそりやっていたというより、上長の指示の下で積極的、大々的にやっていた。担当部署としては、来年以降も継続的に大学から発注してもらうために目に見える成果を上げる必要があるため、営業活動の一環として疑問や罪悪感などは感じずやっていた模様。もともとウチの会社はゴリゴリの営業力の会社で成果主義なので、受注積み上げのために猪突猛進で突き進むことが美徳とされる社風がある。今回の件も『法的には問題ない範囲』という整理で、止める者が誰もいなかったのだろう」
2000~2010年代はリクナビとマイナビは就職サイトとしては圧倒的な地位を誇っていたが、ここ数年は掲載社数・登録者数ともにマイナビがリクナビを大きく上回り、昨年3月にHR総研と楽天みん就が行った「2022年卒学生の就職活動動向調査」の「もっともよく活用する就職サイト(理系)」という項目では、マイナビ(41%)、ONE CAREER(14%)に次いでリクナビは3位の13%にとどまっている。別の人材サービス会社関係者はいう。
「『就職サイトといえばリクナビ』という時代が長きにおよんだが、最大規模を誇るマイナビや、きめ細かいサービスが受けて存在感が高まりつつあるONE CAREERに対し、総花的なリクナビの凋落は否めない。企業や大学が就活サイトを利用する際に、自社のニーズに合致するかどうかという基準で選ぶのに加え、『とりあえず一番規模の大きなところを使っておこう』となりがち。結果としてリクナビ離れがますます進むことになるが、今回のサクラ行為の背景には、そうした現状へのリクナビ側の焦りもあったのでは。
それにしても、社内チャットのやりとりを見る限り、当のリクルート社員たちにサクラ行為に対する躊躇や戸惑いがまったくないばかりか、組織ぐるみで前のめりでやっているところが驚き。リクルートらしいといえば、それまでだが、コンプラが緩すぎという印象」
ビジネス倫理にもとる行為
一般的に就活生向けセミナーではサクラ行為は広く行われているのだろうか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏はいう。
「リクルートが学生に成り代わるサクラ行為を頻繁に行っていることを初めて知った。企業の会社説明会でもサクラを使うのは聞いたことがない。おそらくコロナ前のリアルのセミナーではサクラを使って質問することはリスクがあったが、オンラインセミナーになってから、誰が発信したかわからないチャットを使っての質問に変わり、サクラを使うことの罪の意識が薄れ、誘発してしまったのではないか」
では、サクラ行為を行う目的は何なのか。
「朝日記事でリクルート広報のコメントに『オンラインセミナーは質問しづらい雰囲気になりがちなことが課題だった』とある。セミナーを盛り上げ、成功させるには、一方的な説明だけではなく、学生との質疑応答などの双方向のやりとりが不可欠になる。クライアントである大学の評判・評価を勝ち取るために、何としてでもイベントを盛り上げたいという目的があったと思う」(溝上氏)
こうしたサクラ行為は、倫理的に問題ない行為といえるのか。
「倫理的あるいはビジネスとしても決して許される行為ではない。リクルートの大学支援推進部(現・学生キャリア支援推進部)の社員が『インターンシップは何件ぐらい行ったらいいですか』という質問を書き込んだとある。インターンシップサイトの運営はリクルートなど就活支援サイトの主事業であり、多くの学生を集める必要があるが、まさに質問と回答の自作自演によってビジネスの利益に直結するように誘導することも可能だ。学生にとっての利益や主体性をないがしろにしたビジネス倫理にもとる行為だと思う。
仮に学生の本音を引き出すなど、学生本位のセミナーにするのであれば、質問が出ないことが想定されれば、事前に参加申し込み学生からアンケートを実施して、質問を聞くことも可能だったはず。サクラの社員から質問を受けるということをやれば、顧客の意見を無視したネット通販のCMとなどと変わらなくなってしまうのではないか。主人公の学生を無視し、学生本意、顧客本意の視点が欠如したビジネス姿勢を早急に見直すべきだと思う」(溝上氏)
こうしたサクラ行為は、法的に問題ないのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「世の中の、いわゆるサクラ行為については、お金が絡むものではない限り違法となることはほぼありません。今回のリクルート社員が学生に扮して質問をするのも、場を盛り上げる、学生が質問をしやすい環境をつくる、学生のために変わりに質問をして情報を共有する、といった目的でのことでしょうから、特段、違法性を帯びることはなさそうです」
リクルートの見解
リクルートは当サイトの取材に対し、次の回答を寄せた。
<本年5月1日に朝日新聞社様から、今回の件についてお問い合わせいただいたき、社内で事実確認を行いました。朝日新聞社様の報道にもありますが、過去に開催されたオンラインセミナーの一部の質疑応答のコーナーの中で、大学支援推進部(23年4月より学生キャリア支援推進部へ改称)の一部のメンバーが参加学生として質問を投げかけていたことが分かりました。学生キャリア支援推進部が各大学や学生の皆さまに向けて開催するセミナーの内容について補足させて頂きますと、これらは、これから就職活動を始められる学生の皆さまに対して、就職環境の動向やエントリーシートの書き方、自己分析の方法の紹介など、就職活動に活かしていただく情報をご提供することを目的としたレクチャーセミナーであり、各大学のキャリアセンターからご依頼を受け、無料で実施するものや、リクナビとして地域単位などで主催するもの(当該地域の各大学から参加を希望される学生の皆さま向けに実施)があります。
いずれにおいても、学生の皆さまの参加は無料です。年間を通じて学生の皆さまにとって必要なタイミングを大学からご要望いただき実施しており、平均的な頻度としては月に数百回開催しております。従来、大学の会場などでリアル対面式で行っていましたが、コロナ禍においては、オンライン形式も増え、2021年度開催分においてはエリアによってオンラインが主流となる時期もありました。
朝日新聞社様からのお問い合わせについて、同様の行為がないかを社内のコミュニケーションツール上で過去の社内のやり取りについて調査を行ったところ、セミナーをオンライン形式に切り替えた2021年4月から2022年10月までに実施したオンラインセミナー約7,000件の内で20件が確認できましたので、これらについて、関係者へのヒアリングを行いました。その結果、セミナーがオンライン形式での開催となる中、不慣れな環境の中での質疑応答のコーナーにおいて参加される学生の皆さまが質問しづらい雰囲気になりがちであったことが課題となっていたこと、および、そうした課題に対して、質疑応答のコーナーを参加いただく学生の皆さまにとってもより有益な時間にするために質問しやすい雰囲気にするためのきっかけ作りとして、セミナー内容に応じて、過去の代表的な質問や問いかけを行っていたものであることがわかりました。より具体的には、例えば以下のような内容です。
・「オンラインのイベントは出入り自由ですか?」
・「イベントには私服で参加しても良いですか?」
・「インターンシップは何社くらい参加すれば良いですか?」
・「自己PRを送ったらフィードバックのコメントをもらえますか?」
なお、投げかけの方法としては、司会者役の当社社員が「よくある質問をご紹介すると」とご紹介するケースもある中で、一部において、今回お問い合わせの件のように学生キャリア支援推進部のメンバーが参加学生として質問を投げかけていたケースがありました。そうした質疑応答の場をどのように運営するかについて、事前に大学側と相談しながら企画していたものもあれば、そうでなかったものもありました。
この確認結果を受けまして、リクナビとしても、その目的がどのようなものであれ、学生キャリア支援推進部のメンバーの一部が、セミナー内の質疑応答の際に、参加学生として質問を投げかけていたこと、また、こうした行為について「サクラ」などの表現を用いていたことについては、不適切であり、大学および学生の皆さまに対して不誠実な行為であったと受け止めております。直ちに是正すべく、連休明けの5月8日の午前に、学生キャリア支援推進部の組織長・メンバー全体に向け、同様の行為は厳に慎むよう注意喚起を行いました。
また、6月5日(月)正午頃に「リクナビ2024(https://job.rikunabi.com/2024/)」と「リクナビ2025(https://job.rikunabi.com/2025/)」上に
『「学生向けオンラインセミナー」に関する一部報道について』https://job.rikunabi.com/2024/media/dl/rikunabi/announcement.pdf
本件に関する当社の見解を掲載させて頂いております。
※双方のサイトとも同文書を掲出させて頂いております。今後、このような行為が再発しないよう、今回の件を厳しく受け止め、社内における教育、啓発にしっかりと注力してまいります>
(文=Business Journal編集部、協力=溝上憲文/人事ジャーナリスト、山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)
●溝上憲文/人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。