自動車保険の保険金水増し請求問題に揺れる中古車販売大手ビッグモーターが25日、不祥事発覚後初となる会見を開き、兼重宏行社長が辞任して26日付で和泉伸二専務が社長に就任することが発表されたが、その和泉新社長が会見当日、全社員向けに「会社支給携帯に入っているLINEのアカウント削除をしてください」とするメールを送付していたことがわかった。メールには「改革の第一弾としてまず全店のLINEの使用をすべて止める」「全員の力を結集し、お客様満足を追求していけば必ず強いビッグモーターに戻ることができる」などと書かれているが、同社では役員と店長らが入るグループLINE内で役員が店長に罵声を浴びせるなどの行為が常態化しており、「証拠隠滅」(ディーラー関係者)との指摘もなされている。25日付け朝日新聞記事によれば、このメールが全社員に送付されたのは、同日の会見後だったという。
また、同社の店舗では車両にナンバープレートを付けず、その代わりに社名と会社のロゴが入ったプレートを付けて公道を走行させていたことも判明しており、企業姿勢が問われている(和泉新社長が全社員あてに送ったメール、ナンバープレート未設置の車両走行について現在、ビッグモーターに見解を問い合わせ中であり、回答があり次第、追記する)。
兼重氏、今後も経営に影響力
25日の会見で兼重前社長は修理工場での不正について「6月26日に(特別調査委員会の)報告書が出るまで知らなかった」として「組織的というのはない」「不正請求問題は板金塗装部門単独で、他の経営陣は知らなかった」と語り、経営陣の関与について「まったくない」と否定。不正に関与した社員への刑事告訴を行う意向を示した(会見内で撤回)。
また、ビッグモーターが店舗前の街路樹に除草剤をまいて枯らせている疑いについて兼重前社長が「環境整備で」と口にすると、すかさず陣内司管理本部長が「きちんと調査をさせていただきまして、適切に対処させていただきたい」と発言を遮断。だが和泉新社長は「街路樹に生えている雑草に対して、手で抜けばいいところを、甘い認識で除草剤をまいてしまった。かれこれ10年くらい前の話」と事実を認めた。
そして兼重社長と息子の兼重宏一副社長が辞任することも発表され、今後の経営への関与について「一切ありません」と発言した。だが、ビッグモーターは兼重宏行・宏一の両氏が株主となっている資産管理会社の100%子会社であり、会見では辞任後も株を持ち続けるのかとの質問も出たが、兼重社長は「すみません」と答えるにとどめ、株を保有し続けるとみられる。
「ビッグモーターは非上場企業。今後も創業者の宏行氏が主要株主であり続けるということは、要は兼重家の同族会社、『兼重氏の会社』であることに変わりはないということ。今後も兼重氏は経営に大きな影響力を持つことになり、数年後に業績が回復すれば毎年、株主配当を得ることができる。是が非でも株は手放さないだろう。
一方、経営陣も会社を解散や廃業させる考えはなく、再建する気満々の様子。厳しいノルマに耐えてのし上がってきた人ばかりなので、そのあたりのメンタルはすごい。同社の平均年収は1000万円ほどと高く、役員陣は3000万円以上になるとみられ、その旨味は忘れられないのだろう。
これから発生する個人の顧客や損害保険会社への補償支払いは多額に上り、法人として刑事罰を科される可能性もあり、再建への道は容易ではない。だが、ビッグモーターは中古車在庫や店舗・工場網をはじめ豊富な有形資産を持っており、かなり魅力的。社名を変えたり他社による買収などによって再建する可能性はある」(全国紙記者)
山岸純法律事務所の山岸純弁護士はいう。
「非公開企業の100%株式を保持しているわけですから、いつでも取締役を変更できますし、取締役の報酬も決められますし、定款も変更できますし、余剰金(配当)も決められますし、要するに『経営ができる』ということです。社長を退任したところで、影響力が残るかどうかではなく、引き続き経営ができます」
車両にナンバープレートを付けず公道を走行
会見内で兼重前社長は不正について「知らなかった」とし、修理工場で車1台あたりの修理の利益について14万円のノルマを課していた事実についても「知らなかった」と述べているが、全国紙記者はいう。
「不正が始まったのは2018年頃とされるが、その頃から兼重氏は第一線から離れ、息子で副社長の宏一氏が経営を取り仕切っていた。兼重氏はノルマが未達の店長などに暴言を浴びせたり罰金を課す仕組みをつくっていたものの、ここ数年は現場を離れていたこともあり、修理工場でどのような不正が行われているのか、細かい実態までは把握していなかった可能性はある。ただ、会見で『組織的関与も経営陣の関与もない』と釈明しているが、『板金塗装部門単独でやった』『元本部長がノルマ達成のためにプレッシャーをかけていた』と言っており、事業部門全体でやっていたのだとすれば組織的行為といえるし、厳しいノルマに依存する経営をリードしてきたのは兼重社長含む経営陣なので、この言い逃れは通用しない」
別の不正も明らかになっている。ビッグモーターの店舗では日常的に、車両にナンバープレートを付けず、その代わりに社名と会社のロゴが入ったプレートを付けて公道を走行させていた。道路運送車両法では「自動車登録番号標交付代行者から交付を受けた自動車登録番号標及びこれに記載された自動車登録番号を見やすいように表示しなければ、運行の用に供してはならない」と定められており、違法行為に該当する。
「明日退職願い出して帰る」
気になるのは約6000人とみられる社員の動向だ。すでに損害保険会社各社がビッグモーターに損害賠償を請求する方針だと伝えられており、今後、同社にのしかかる損賠賠償の金額は多額になると予想され、法人として刑事罰を問われる可能性もある。さらに車両整備の新規受付は停止しており、中古車販売でも顧客離れは免れず、企業としての存続が危ぶまれるなか、退社を検討する社員がいてもおかしくはない。SNS上では同社社員によるものとみられる「一昨日に後輩2人が退職願い出して今日来てない」「明日退職願い出して帰る」といった投稿も数多くみられる。
会社が不祥事を起こして社員が連日クレーム処理に追われたり、社内でパワハラなどの不当な行為を受けているケースにおいて、退職届を提出した翌日から出社しないということは可能なのか。前出・山岸弁護士はいう。
「法律上、退職の意思表示をしても2週間は辞められません(有給休暇を2週間分使うなら出勤しなくてもOKでしょうが)。2週間は無断欠勤となり懲戒処分の対象にもなりますし、引継ぎがないなどの理由で会社は混乱するでしょうから、仮に会社に損害が発生するなら賠償責任も負う場合があります」
ビッグモーターの再建までの道のりは遠い。
【保険金水増し請求問題のこれまでの経緯】
昨年に不正が発覚した当初、ビッグモーターは組織的関与を否定していたが、顧客から修理を請け負った車両に故意にゴルフボールを入れた靴下を車体に打ちつけて傷を付けたり、ドライバーで車体に引っかき傷を付けたりして事故の度合いをかさ増しし、損保会社に自動車保険の保険金を水増し請求するという悪質な行為が次々と明るみに。批判の強まりを受けて今年1月に特別調査委員会を設置しお詫びコメントを発表したが、その後も積極的にCMを放送し、さらに本部は店舗や工場など現場に対して高いノルマを課し続けていた。
調査委員会は今月7日に報告書をまとめたが、損保会社各社には報告書の抜粋版のみを提出し、悪質な行為の内容や経緯を省略。ようやくメディア各社にCMの放送中止を通知したのは、今月20日になってのことだった。一方、現在もビッグモーターの公式サイトのトップページ上部には大きく「クルマを売るならビッグモーター」「6年連続買取台数日本一」「安心BIG車検は年間26万台の車検実績」などの宣伝文句が躍っており、さらに平均年収1109万円を提示するなどして新規の人材募集を行っており、反省の色は見えない。
新たな事実も次々と判明している。19日付「テレ朝news」記事によれば、車検を行う整備部門が保険会社に不正請求をするために、顧客から預かった自動車のタイヤにドライバーとネジで穴を空けて自然にパンクしたように見せかける方法を指南する動画を作成しているという。また、バッテリーを新品に交換するとして代金を受け取ったものの、実際には新品に交換していない事例もあるという。
背景には、本社から店舗や工場が課される高いノルマがある。調査委員会がまとめた報告書によれば、修理1台当たりの工賃と部品から得る粗利の合計金額が14万円になるようノルマが設定されているという。また、19日付朝日新聞記事によれば、店舗の営業担当者は買い取りと販売の月間台数5台ずつというノルマが設定されており、達成できないと上司から厳しく叱責されることもあるという。
高いノルマに加え、役員が月1回の頻度で店舗を回り掃除や整理整頓の状況をチェックする「環境整備」が行われ、不備が見つかると店長がその場で降格が命じられるため前日に深夜まで掃除をしたり、グループLINEで幹部が店長に罵詈雑言を浴びせたりすることが日常的に行われていたことも明らかになっている。
一連の問題をめぐっては、損保ジャパンの関与も焦点となっている。同社は不正の舞台となったビッグモーターの板金部門(自動車修理事業部門)に出向者を送り込んでいたが、その人数は2011年から計37人に上る。24日付け時事通信記事によれば、出向者のなかには板金部門の担当部長に就いていた人もいるという。昨年の不正発覚を受けて三井住友海上保険と東京海上日動火災保険がビッグモーターの修理工場への、自動車事故を起こした保険契約者の紹介を停止していたなか、損保ジャパンのみが再開し、それによってビッグモーターを窓口とする自社の自賠責保険の契約数を増やしていたことも明らかになっており、25日付け朝日新聞記事によれば、損保ジャパンはビッグモーターへの出向者を通じて不正の事実を把握していたにもかかわらず、中止していたビッグモーターとの取引を再開していた。損保ジャパンの白川儀一社長は25日に陳謝したが、近く金融庁が保険業法に基づき何らかの対応に乗り出す方針とも伝えられている。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)