金融庁は24日、保険金の不正請求問題を起こしたビッグモーターについて、30日付けで損害保険代理店としての登録を取り消すことを決定した。金融庁は同社への調査の結果として
・取締役会を開催していなかった
・利益を生まないという理由で苦情受付コールセンターを閉鎖していた
・会計検査や決算公告を実施していなかった
・保険部による各店舗の保険募集人への指導・教育等の取組を中止していた
・「組織規程」には、保険募集に関する内部監査については営業部門から独立した内部監査室が実施すると規定されているが、内部監査室は設置されていなかった
などと指摘。さらに
「利益を上げるためには不正も許容されるという誤った認識を『正当化』させかねないいびつな組織風土
「再建への道筋は極めて困難である」
とまで断言。これを受けSNS上では「ビッグモーターに対して『もはや会社じゃない』と断言しているに等しい」といった声があがり、一部で話題を呼んでいる。具体的にどのような点が問題といえるのか。また、現在進んでいる総合商社・伊藤忠商事による買収の検討に何か影響を与える可能性はあるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
ビッグモーターは損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、東京海上日動火災保険など大手損害保険会社と損害保険の代理店契約を結び、ビッグモーター店舗を通じて自動車保険などを販売していたが、すでに各社は契約終了を決定。損害保険代理店登録の取り消しは、今の金融庁としては初となる処分であり、ビッグモーターは来月から3年間、代理店登録ができない。
重い処分とともに注目されているのが、金融庁が調査結果として公表したビッグモーターの経営実態だ。一部を抜粋するだけでも、一時は7000億円もの売上高を誇った大企業としては以下のように信じがたい記述が並んでいる。
<前社長・前副社長は、会社経営には利益の拡大が最重要であるとの信念及び自己の思うとおりに経営したいという意欲が過剰であったことから、法令等遵守態勢をはじめ、大会社であれば当然に整備すべき経営管理態勢の構築を怠った>
<令和2年12月の1回を除き、取締役会が開催された事実は確認できず、会社法等に定める各種の決議も行われていない>
<会社法や定款の規定に反して、組織再編により登記申請上必要となる場合を除き、決算公告を行っていない>
<令和2年度以降、会計監査を実施しておらず、意見交換等を通じて取締役の職務執行を確認するなどの業務監査も行っていない>
<苦情対応コールセンター事業を前取締役副社長の「コストに見合った利益を生まない事業」との判断により廃止し、さらに同年7月、保険部による各店舗への指導・教育等の取組を中止した>
<(※編註:保険募集人に対する教育・指導及びモニタリング等を担当する)保険部は、令和2年9月には23名体制から12名体制となり、募集人の指導・教育等の必要最小限の管理体制の維持に必要なリソースやスキルを失った>
<「品質向上取組」を主導してきた保険部長が辞職した際に、経営陣がコスト削減のため後任者の配置を行わなかったことなどから同取組が停止した。また、経営陣が営業本部の部長を事実上の保険部責任者としたことにより、保険部による営業部門へのけん制機能が不全となった>
<保険募集に関する内部監査については、「組織規程」上、営業部門から独立した内部監査室が実施すると規定しているが、同室は実際には設置されておらず>
このほか、抽出調査を行った契約の大半で顧客に対し網羅的な重要事項の説明を行っていなかったり、保険加入を条件に車両価格を値引くなどの保険業法違反が認められる事例や、下請業者がビッグモーターから圧力を受けて保険に加入させられる事例も確認された。
以上の内容より金融庁は、
<自己の収入を増やすあるいは高い給与水準を維持するという「動機」、利益拡大を過度に重視する経営姿勢により、利益を上げるためには不正も許容されるという誤った認識を「正当化」させかねないいびつな組織風土>
と断定。これに対しSNS上では、
<「お前は会社じゃない」から始まる処分>
<企業として機能してない>
<延々「お前のこういうとこが会社じゃない」が並べられたあとに漸く始まる「因みに保険業法違反はこれです」、しかも締めが「体制整備の知識リソースも無ければ体制整備の支援の当てもないし再建はもう無理すね」で、こんなキッツイ行政処分の理由なかなか見ないやつになってる>
<いくらなんでも顧問弁護士ぐらいはいたろうと思うんだけど、会社法ガン無視を容認していたのかしら>
などとさまざまな声が寄せられている。
百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏はいう。
「損害保険代理店登録の取り消し理由はガバナンスの欠如と体制の未整備とされていますが、問題はその細部です。具体的には会社法で定められている取締役会が開催された事実が確認できない、会計監査も実施されていないといった、ひとかたまりの法令違反が指摘されています。また苦情対応コールセンターについて『利益を生まない』という理由で閉鎖したり、保険募集の管理・指導も同じ理由から実施していなかったとされます。これら『実施しない』『廃止する』といった判断はオーナー創業家が直接下していたことから、『ビッグモーターは会社の体をなしていないと国が結論づけた』と話題になっています。
上場企業ではありえないこの状況が、なぜビッグモーターではまかり通っていたのかというと、非上場企業に対する会社法の限界が背景にあります。ビッグモーターは会社法上は大企業に区分されますが、非上場企業です。上場企業は外部株主の権利を適切に守る必要があることから、一番厳しいガバナンス体制の構築やその維持管理が求められます。
一方で、ビッグモーターのような非上場企業についても法律上は上場企業に準じるガバナンス体制を組むことが求められます。しかし問題としては、法令が守られているかどうかのチェックまでは国の力が及ばない点です。上場企業と違い、数が無数といっていいほど多い非上場企業については、国は管理手法として形式合理主義を取らざるをえません。形式合理主義とは具体的には、書類と印鑑が揃っていればそれが実行されていると簡易的にみなす考え方です。
ビッグモーターの場合、実際は開催されていなかった取締役会も形式的には開催されたという議事録が存在し、取締役の印鑑が捺印されていたはずです。社内規程でも取締役会以外に経営会議を設置するなどガバナンスについて明記してありますが、形式的にこれらの規程が整備されていただけで、実態を伴っていなかったのです。内部にいればこのような法令違反や社内規程の形骸化はすぐにわかることですが、監督官庁のような外部の人間には形式的な書類が揃っていても、その実態があるかどうかまでは把握することができません。
税金の場合には中小企業でも定期的に税務署の税務調査が行われ、取引や経費の実態があるのかどうかがチェックされます。しかし、それ以外の行政では実態のチェックへの予算は不十分です。ビッグモーターの保険取り扱いの資格については、少なくともこれまで監督官庁の調査はできず、形式的に揃っている書類だけで判断がなされていたということに尽きます」
伊藤忠による買収検討への影響
一連の不祥事を通じてビッグモーターと損害保険会社の癒着も問題視されている。なかでも損害保険ジャパンは2004年から約20年にわたりビッグモーターにのべ43人もの出向者を送り続けており、昨年6月頃に損害保険会社各社がビッグモーターとの取引を停止するなかで損保ジャパンのみが取引を再開し保険契約シェアを拡大。東京海上や三井住友も複数人の社員を出向させていたことがわかっている。
「これだけ酷いビッグモーター社内の実態を、損保各社から出向していた社員たちはどのように認識し、自社に報告していたのか。著しいコンプラ違反の蔓延を認識しながらも取引を継続していたとすれば金融機関として問題が生じる。特に損保ジャパンは昨年、金融庁に対して虚偽の報告をしていた疑いもあり、一定期間の一部事業停止など厳しい処分が出される可能性もあるとみられている」(損保業界関係者)
気になるのは今回の行政処分がビッグモーターの今後におよぼす影響だ。大手総合商社の伊藤忠商事は17日、子会社の燃料商社・伊藤忠エネクス、企業再生ファンド・ジェイ・ウィル・パートナーズと組み、ビッグモーターとデューデリジェンス(資産査定)を独占的に実施する基本合意書を締結したと発表し、買収を検討していることが明らかになっているが、前出・鈴木氏はいう。
「影響は2つあります。ひとつはこれまで形式的に済ませてきたガバナンスを、買収側は実体を伴ったものに変えて再構築する必要があります。これだけの問題を起こした企業なので実際にガバナンス体制が新しく構築されていることが確認できなければ、保険の代理店業務や車検などの工場業務を再び認可されることはありません。
もうひとつは、当然ながらそれら当たり前にやるべきことをすべてやることに変更すれば、事業にかかるコストは大幅に上昇します。それまでかけずに済ませてきたコストが上昇するということは、当然、これまでのような大きな利益は望めないことになり、これは買収価格が大幅に下がるであろうということにつながります。とはいえ過去のビッグモーターはきちんとやるべきことをやらないことで利益を上げるとともに、そのつけを利用者や取引先に回してきたことで成長できたということですから、今回の問題指摘とそれに伴う諸制度の再構築は当然行わなければならないものだと考えるべきでしょう」
金融業界関係者はいう。
「保険代理店登録の取り消しは既定路線であり、ビッグモーターのガバナンス欠如もわかりきったこと。伊藤忠が手に入れたいのは全国の店舗網と中古車在庫、整備工場、そして営業部門や整備工などの人材。それらリソースを使った経営は伊藤忠がやるので、伊藤忠としては今回の行政処分の内容を受けて今さらどうのこうのということはないだろう」
顧客の被害状況
ビッグモーターによる不正行為は顧客にもおよんでいた。消費者庁は10月、2022年度に同社に関する相談が約1500件も寄せられていたと発表したが、同社が提供する撥水加工「ダイヤモンドコーティング」をめぐり、営業担当者がコーティングを望んでいない顧客に対し車の販売は困難だと伝え、顧客から約7万円のコーティング料金を取って販売したものの、コーティングを施さないまま納車した事例もあったという(10月1日付「FNNプライムオンライン」記事より)。また、トヨタ「クラウン」の最上級クラス「RS Advance」の購入を希望し購入契約の締結と頭金の支払いも済んだ顧客に対し、営業担当者が5段階下のクラスの車を納車しようとしていたこともあったという(10月5日付「FNNプライムオンライン」記事より)。
同社社員のよる悪質な行為は枚挙に暇がない。車の購入者が代金の約100万円を現金で支払おうとしたところ、店舗の営業担当者から総支払額は変わらないので1年だけローンを組むよう説得され、結果的に120万円を支払う羽目になったり、新品タイヤなど30万円相当のオプションを無償で付けるのでローンを組むよう言われた客が、約束を反故にされオプション分を有償で契約させられたケースも(8月11日付「AUTOCAR JAPAN」記事より)。ビッグモーターに売却した車について冠水した過去はないにもかかわらず、冠水した跡があるとして突然700万円の賠償請求訴訟を起こされたり、店舗で売却のキャンセルを告げると店長から罵声を浴びせられるようなケースもあったという(8月11日付「弁護士ドットコムニュース」記事より)。このほかにも、中古車の一括査定サイトでは、登録した顧客のメールアドレスや電話番号などを入手し、その顧客になりすまして勝手に登録を解除する一方で顧客に接触し、他の中古車買取業者との価格競争を回避する「他社切り」という行為まで横行していたという(8月9日付「FNN」記事より)。
今回の問題をめぐって大きな影響を受けているのが損害保険業界だ。金融庁は9月、損害保険ジャパンとビッグモーターに立ち入り検査を実施。金融庁は、昨年6月頃に損害保険会社各社がビッグモーターとの取引を停止するなかで取引を再開し保険契約シェアを拡大させた損保ジャパンが、昨年7月の金融庁に対する報告で隠蔽を行ったとみており、また昨年7月に大手損保3社での協議の際に、ビッグモーターによる顧客への修理費過大請求について損保ジャパンが『顧客への説明を行わない』旨を発言していたとも伝えられており(産経新聞報道より)、金融庁は厳しい処分を下すとみられている。
大手損保会社4社は現在、計20万件超を調査対象として過去のビッグモーターからの保険金請求を調査しており、9月末時点で約1万7000件に不正の疑いがあるとされる。同時点の調査件数は5万3000件であり、約3割で不正が行われた可能性があることになり、今後調査が進めば不正件数は増加する(9月30日付朝日新聞記事より)。一方、ビッグモーター独自の調査による不正件数は1275件(調査対象は昨年11月以降)で、全保険金申請の約15%となっており、損保会社側の調査による不正事案の割合との間には2倍の開きがある。
(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)