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蕎麦が3500円…ニセコ「観光地化の成功例」で生じている弊害と深刻な事態

文=山口伸/ライター、協力=東徹/立教大学教授
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北海道・ニセコ(「gettyimages」より)

 天ぷら蕎麦3500円、刺身定食4200円――。近年、SNSなどで北海道・ニセコの飲食店の法外な値段が話題となっている。これらはあくまでも極端な例だが、調べてみると飲食店は軒並み都心と同じ価格帯となっている。一方、ニセコ一帯に住む住民の平均年収は400万円前後とみられ、釣り合わない印象だ。そして外資系企業による積極的な投資により地価も上昇している。こうした観光地における物価および地価の上昇は一般的に、現地住民に負担を強いることにならないだろうか。今回、立教大学観光学部教授の東徹氏に、物価や地価上昇が観光地の住民に与える悪影響について聞いた。過剰な観光地化がもたらす物価面だけではない、さまざまな弊害が見えてきた。

冬の宿泊客は外国人がほとんど

 北海道のニセコ町・倶知安町一帯は「ニセコ」と呼ばれ、ウィンタースポーツが盛んな観光地の一つとして知られている。標高1308mのニセコアンヌプリにある4つのスキー場とその裾野に広がるホテルやコンドミニアム、飲食店などに観光客は集中する。滑走感を楽しめるパウダースノーや、スキー場から尻別川を挟んで見える羊蹄山(1898m)の絶景がニセコ人気の秘訣だ。バブル期には国内大手資本による開発が進んだが、2000年以降は口コミによってその魅力が海外にも伝わり、オーストラリア人や中華圏の観光客が来るようになった。外国人滞在者向けの高級ホテルやコンドミニアムの開発が進む。ニセコ町で見てみるとピーク時の2017年度は約21万8000人ものインバウンド客が来ている。同年の観光客数に対する外国人比率は13%とそこまで多くはないが、冬期の宿泊客は8割以上が外国人といわれ、日本人の多くは日帰り客のようだ。

 そんなニセコに関してはたびたび高い物価が話題となってきた。SNSでは3500円の天ぷら蕎麦、4200円の刺身定食などが投稿され、メディアでも取り上げられている。こうした事例はあくまでも極端なものではあるが、実際に周辺一帯の物価を調べてみると、飲食店はいずれも東京並みの価格であった。料理単価1500円以上のパスタや2~3万円台のディナーコースも多く見られる。そして観光地から離れるが、倶知安町の市街地では地価も上昇している。一方でニセコ一帯の平均年収は400万円前後とみられ、決して高いわけではない。現地の住民が物価上昇に苦しんでいるといった趣旨の報道も聞かれるが、実際のところはどうなのだろうか。

観光地価格ができやすい理由

 一般的に観光地で物価が上昇する理由について東氏は以下のように話す。

「まず、観光客の支払い意志が高いことがあげられます。購買機会が限定的なため、今しか、ここでしか買えないという心理から財布の紐が緩みがちです。所得・資産の水準や為替レートの影響で観光客の購買力が高いと支払い意思も高くなりやすいといえます。さらに情報不足もあります。観光客、特に外国人は現地の物価水準が分からず、値頃感ができにくいし、他の選択肢があるかどうかも不確実です。そんな中で他の店を探すのに時間や労力をかける方がもったいない、高くてもいいやという心理が働きます。事業者の立場でいえば、需要の季節変動が大きい観光地では、需要の多い観光シーズンの価格を高くします。こうした理由から観光地では価格が高くなりやすいのです」(東氏)

 円安が進んだ影響で日本の物価が外国人にとって割安に感じられる今、「外国人料金」を取るべきとの意見が事業者から出はじめているという。

「やま」と「まち」の物価

 物価上昇はニセコの住民にはどの程度影響しているのだろうか。東氏によると観光客が集中する場所と住民が生活する場所は違うという。

「現地の住民は、観光客の多いスキー場周辺を『やま』と呼び、中心市街地を『まち』と呼んでいます。観光客向けの高い価格が話題となるのは『やま』のほうであり、住民への影響を知りたければ『まち』の価格を調べる必要があります」(同)

 調べてみると『まち』には「マックスバリュ」や「コープ」等のスーパーがあり、こうした店舗では外国人向けに高いお酒や嗜好品を置いているものの、一般的な食料品は高くない。観光客向けではないような普通の飲食店も数多くみられるほか、昨年12月には倶知安町に「すき家」が進出している。現時点では、観光客向けのお店ばかりで住民が買う場所がないという事態には陥っていないようだ。ただし不動産投資の面で東氏は警鐘を鳴らす。

「倶知安町では地価が上昇しています。一般論として、オーナーが住居や店舗として住民に貸すよりも民泊や外国人向けの施設の方が収益性が高い、あるいは高く買ってくれる外国人投資家に売却したほうが良いと判断した場合、街自体の様相が変わってしまう可能性があります。住民が以前より住居や店舗を借りにくくなっているような事態がすでに起きているかもしれません。円安で日本の不動産が安いと判断されている今、ニセコだけでなく、他の観光地の物件も海外からの投資対象として注目されはじめています」(同)

 ニセコではリゾート開発が盛んでおり、スイスやカナダのリゾート地と比較して圧倒的に安い点も投資が進む理由の一つだ。現在の開発は「やま」がメインだが、「まち」にまで広がってしまうと住民への悪影響はさらに大きくなってしまうだろう。

物価上昇だけではない観光地化の弊害

 過剰な観光地化の影響は物価面だけではないという。例えば、リゾート施設の開発が、道路や上下水道等のインフラが整っていない山間部を切り開いて行われる場合、新たに水道整備やゴミの収集・処理といった行政サービスが必要となり、自治体の負担が増えることになるという。固定資産税で回収できるといっても開発が続けばその分負担も増え、万が一観光地として衰退したら、空き家問題など「負の遺産」を抱えかねないという問題も生じる。その他にも様々な悪影響があるという。

「外資が開発したリゾートや外国人オーナー所有の施設を地元の人が借りて事業を営むのは難しい。従業員も顧客も外国人がほとんどという状況になれば、観光シーズンになると外国人だらけの町ができてしまう。地域の一部が乗っ取られるという恐怖心(ツーリズモフォビア:観光恐怖症)につながってしまうかもしれません。

 さらには、商店街や町内会の活動が衰退するという問題もあります。観光施設のオーナーや従業員が外国人である場合、商店街組織や町内会には参加しないため、それらの活動が衰退してしまう可能性があります。例えば、街路灯は電気代を町内会費から負担していることも多く(行政が一部補助する場合もある)、会費収入が減少すると維持管理が難しくなってしまうかもしれません。過度な観光地化によって住民の生活環境が悪化することになれば、定住人口の流失という自治体にとって最も望ましくない事態を招きかねません」(同)

「国策と地域のずれ」が問題

 政府は観光立国を掲げ、インバウンドの増加に躍起になっている。そして近年では一人当たりの消費額が桁違いに高い富裕層を増やす目標を掲げている。しかし、こうした国策を東氏は問題視する。

「過剰な観光地化は物価上昇だけでなく、様々な形で住民の生活環境の悪化(観光公害)を招き、観光に対する怖れや反発につながります。ニセコを成功例とする見方もあるようですが、住民生活への影響を考慮すると、観光需要が増加し、投資や新規参入が進むことが必ずしもよいことばかりとは限りません。京都ではすでにオーバーツーリズムの弊害が指摘されています。インバウンドをもっと増やしたい国と過剰な観光地化を怖れ悩む地域、『国策と地域のずれ』が生じているように感じます。地域の観光受容力をふまえた『適正規模の観光』をめざしていくべき時に来ているように思います」(同)

 飲食店などの物価上昇はニセコの住民にそこまで影響を与えていないようだが、新たなリゾート施設の開発が相次ぎ、地価上昇が続いている。そして過剰な観光地化が「まち」にまで広がれば、現地の住民は物価上昇以外にもさまざまな悪影響を被ることになるだろう。ニセコ、ひいては全国の観光地で問題が表面化する前に、国は政策を見直す必要があるのかもしれない。

(文=山口伸/ライター、協力=東徹/立教大学教授)

東徹/立教大学観光学部教授

北海学園北見大学(現北海商科大学)教授、日本大学商学部教授を経て、2010年より現職。マーケティングの視点から、観光、サービス、地域振興に関する様々なテーマ(ex. 観光まちづくり、商店街問題、地域ブランドなど)にアプローチしている。
立教大学の公式サイトより

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