国から50億円の支援を受けていた核酸医薬ベンチャーの株式会社ボナックが9日、破産申請していたことがわかった。同社は日本経済新聞社が実施した2019年の「NEXTユニコーン調査」で「医療の変革をけん引するバイオ・医療品の17社」に選ばれ、企業価値217億円と算出されていた。また、20年からは福岡県保健環境研究所と共同で新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発を行い、同県から3000万円の出資を受けていた。負債総額は約15億円。18年度の売上高は5億円を超えていたが、22年度は約200万円にまで下がっていた。なぜ気鋭のベンチャー企業は破綻に陥ったのか――。
2010年に林宏剛氏(現代表取締役)が設立したボナックは、主に核酸治療薬の開発を手掛ける創薬ベンチャーで、住友化学や東レなどが出資していた。核酸治療薬とは、生物の遺伝情報を持つDNA(デオキシリボ核酸)の情報に基づき人工的に作製したRNA(リボ核酸)を、悪性のタンパク質をつくるRNAに干渉させることで病気を治癒するもの。一本鎖の長鎖RNAなか成るため安定性に優れたボナック核酸を開発し、独自の核酸医薬品のプラットフォーム技術を開発。肝炎やインフルエンザなどの核酸治療薬を開発し、難病の特発性肺線維症の治療薬の臨床試験をアメリカで進めるなど、その技術は世界的にも注目されていた。
転機となったのは、コロナの流行だ。同社は20年にコロナ治療薬の開発に着手し、同年には福岡県との共同開発を開始。口から吸い込む吸入薬であり、血液を通じて成分が全身におよばないため副作用が少ない点がメリットとされた。10種類の核酸医薬でウイルス増殖に対する抑制効果が確認されたことを受け、21年には国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)により医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)の実用化開発タイプに採択され、50億円の支援を受けた。
当初は25年度の承認申請を予定していたが、計画が大きく狂い始めたのが22年。動物を用いた生体内の実験では有効性が確認されず、AMEDは「医薬品としての開発は現状では困難」「本課題の継続を不可と評価」と判断した。その後は売上が落ち、昨年12月には本社を置く開発拠点の福岡バイオファクトリー(福岡県久留米市)から撤去。今月に入り、福岡地裁久留米支部に破産を申請した。
日本の製薬業界全体の敗北
コロナ治療薬としては、「国産コロナワクチン」の誕生が期待されていた製薬ベンチャー・アンジェス(大阪府茨木市)も22年9月に開発を中止。副作用が少ないとされる「DNAワクチン」であり、AMEDや厚生労働省から計74億5000万円の補助金を受け取り、22年には臨床試験に着手。年間推定175万回分とされる生産体制も構築したが、22年に開発中止を発表した。
「コロナが世界的に流行し始めた2020年に、世界的な大手製薬メーカーのファイザー製コロナワクチンがアメリカで承認され、翌21年2月には日本でも接種が始まった。ファイザー製のワクチンは同社とドイツの製薬ベンチャー、ビオンテックが共同開発したもので、もととなるmRNA技術はビオンテックが所有していた。独創的な技術を持つベンチャーと圧倒的な規模の研究・開発インフラを持つメガファーマーが手を組んだゆえに生まれたといえる。一方、日本のボナックは当初、ウイルスを扱う実験に必要なバイオセーフティレベル3(BSL3)の施設すら確保できない状況に陥るなど、同社やアンジェスなどの一ベンチャーが単独でやっていては、とてもではないが海外のメガファーマーには太刀打ちできない。大きな資本力と研究・開発インフラを持つ大手とベンチャーが手を組むという流れを生めなかった日本の製薬業界全体の敗北といえる。
あくまで結果論だが、そもそもコロナ治療薬・ワクチンの分野で日本のベンチャーが巨大な海外企業に太刀打ちするのは困難であり、ボナックもアンジェスもコロナに手を出していなければ、存続・成長が見込めたかもしれない。たとえばボナックに関していえば、核酸医薬品のプラットフォーム技術は世界的にも認められており、海外で複数の特許も持っているため、ライセンスビジネスなど展開して成長できた可能性もある。コロナ治療薬にリソースを投入してしまったゆえに、そうした芽を潰してしまっていたとすればもったいない」(医師)
また、ベンチャー企業役員はいう。
「ボナックのコロナ治療薬は25年の承認を目指していたというが、すでにコロナ自体が収束傾向に入っており、あまりに遅すぎる。ボナックもアンジェスも国の補助金を受けて開発を進めていたが、国の補助金を受けるには膨大な手間がかかり、開発の過程においても縛りが多くて自由かつ迅速な行動ができなくなる。その点、ビオンテックとファイザーのように民間企業が独力でやるのに比べて圧倒的に不利な戦いを強いられる」
(文=Business Journal編集部)