2月、千葉工場(千葉市美浜区新港)で女性アルバイト従業員(61)がベルトコンベヤーに胸部を挟まれ死亡するという事故が起きた山崎製パン。同社の工場では過去10年間に4件もの死亡事故が起きていたと11日発売の「週刊新潮」(新潮社)が報じている。同社は2月の事故を含めて事故発生の事実や原因、再発防止策などを自主的に公表していないが、その姿勢について「ビッグモーターと変わらない」と批判する声も聞かれる。また、毎年のように異物混入などによる自主回収も起きており、品質面への懸念も広まっている。なぜ同社では重大事故が繰り返されているのか、そして、なぜ自発的に情報を公表しないのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
製パン業界最大手の山崎製パンは、「ダブルソフト」「薄皮シリーズ」「ランチパック」「ナイススティック」「ホワイトデニッシュショコラ」「ミニスナックゴールド」など長寿シリーズを多数抱え、年間売上高は1兆円を超える。手掛ける商品は食パン、菓子パン、サンドイッチなどのパン類に加え、菓子類、飲料類など幅広い。このほか、コンビニエンスストア「デイリーヤマザキ」やベーカリーショップの運営なども行っている。毎年春に展開されるキャンペーン「春のパンまつり」も有名で、多くの一般消費者にとって親しみが深い企業の一社といえる。
そんな同社の千葉工場で起きた死亡事故。2月28日付「集英社オンライン」記事によれば、事故にあったのは同工場に20年近く勤務する和菓子の作業ライン担当のベテラン従業員だったという。前出「週刊新潮」記事によれば、女性従業員はベルトコンベヤーのバーに腕を挟まれて奥に引き込まれたが、通常ベルトコンベヤーに設置されている安全カバーが付いていなかったという。また、記事内で同社元社員は、知り合いの社員だけで10人は作業中に指を切断する事故に遭っていると証言している。
同社の工場で死亡事故が発生するのは今回が初めてではない。
・2012年6月16日
伊勢崎工場(群馬県)で男性社員が配送用トラックのドアに挟まれ、胸などを強く圧迫されて死亡。ケースを降ろす作業中に車が前に動き出し、運転席側のドアを開けて車を止めようとした際、ドアが駐車中の別の配送車にぶつかり、はずみで挟まれたとみられる(「MSN産経ニュース」記事より)。
・15年11月2日
古河工場(茨城県)で男性社員が小麦の貯蔵タンクを清掃中、タンクからコンクリート製の地面に転落し、頭を強く打って死亡(「茨城新聞」記事より)。
・20年
神戸工場(兵庫県)で、容器の洗浄ラインで機械の運転を停止させずに調整作業が行われ、機械内で修復作業に当たっていた男性社員が容器と機械の内壁の間に頭や上半身を挟まれ死亡(「労災ユニオン」公式サイトより)。
食品製造現場における事故は少なくない。農林水産省の調査によれば、2019年の1年間に食料品製造業の「新たな製品の製造加工を行う事業所」「工場、作業所」で発生した作業事故は7969件、そのうち死亡事故は16件、重篤事故は3672件となっている。食品メーカー関係者はいう。
「食品工場には大型の食品製造機械が数多く設置されており、作業者が巻き込まれたり、挟まれたりといった事故が起こりやすい。原因としては、作業者の高齢化に伴う俊敏性の衰え、非正規雇用者や外国人労働者の増加で安全対策の講習が十分に行われないことなども挙げられます。
巻き込まれ事故の多くは機械の稼働中に発生します。清掃時は電源を切るのが原理原則ですが、清掃時の電源の切り忘れが原因の事故が多いといわれます。海外製の機械では、非常停止ボタンがいたるところに設置されたり、2人同時にスイッチを押さなければ起動しないといった対策を施されたものもあります。装置の稼働領域に身体の一部が入ると光電管検出などによって非常停止するような工夫を行っている食品メーカーもあります。
転倒事故がもっとも多いのは食品メーカーだと思います。作業場床面の水や油分によって長靴が滑りますし、熱湯を用いるので火傷も頻繁に発生します。そのため、ゴムエプロンと長靴の隙間から熱湯が入らないよう作業者同士でチェックを行います」(3月1日付当サイト記事より)
今回の事故も含めて同社は発生の事実や原因、再発防止策の発表を行っていないようだが、別の食品メーカー関係者はいう。
「事故発生後にメーカーとしてまずやるべきは、労働基準監督署への報告とご遺族への説明、そして社内での原因調査とそれを踏まえた上での全工場への再発防止策の実施です。山崎ほどの大企業であれば、これらはすべて実施していると考えられるが、ここ数年で4件の死亡事故というのは『多い』という印象。さらに情報の公表を拒んでいるとしたら『ビッグモーターと変わらない』と世間に受け取られても仕方ない。
今回の事故で気になるのが、腕がベルトコンベヤーに巻き込まれて、そのまま体ごと奥まで引き込まれたという点です。通常はこうした事態が起きないようにベルトコンベヤーには安全カバーが付けられているが、同社では付けられていなかったのか。また、安全装置がうまく作動しなかったのか、周囲の作業員が緊急停止ボタンを押すのが間に合わなかったのかといった点が疑問です。きちんと作業員に緊急停止ボタンの場所や操作方法を周知するよう改めて教育の徹底が必要だろう。緊急停止ボタンを押すと製造ラインが停止するため一定数のロスが生じるのは避けられず、職場の空気感としてボタンを押すことにためらいを感じてしまうようなプレッシャーがなかったのかも点検すべきでしょう。製造現場の安全管理に問題がある可能性も考えられ、業界トップの社会的責任という観点からも、しっかりとした調査と結果の公表が求められている」
品質問題も
同社では毎年のように虫や金属片などの異物混入といった品質問題も生じている。業界を代表する大手だけに、もちろん食品の安全・衛生管理には注力している。「食品安全衛生管理本部」を設置し、本社・工場で計約450名の専門スタッフを配置。以下の3つからなり、全工場に部門直轄の組織を設けている(以下、同社公式サイトより引用)。
・食品衛生管理センター
安全・安心な製品をお客様にお届けするための原材料や製品の細菌検査、理化学検査、保存検査などの各種検査や製品表示の確認、工場内の衛生指導、従業員教育を行っています。
・食品品質管理部
異物混入防止を中心とした食品安全対策に取り組んでおり、科学的な基準に基づいた製造設備の清掃及び点検・改善の実施と、現場清掃の支援・指導を行っています。
・お客様相談室
お客様からのお問い合わせへの対応やお寄せいただいたご意見、ご要望を製品開発や製造現場へ届ける役割を担っています。
また、安全な食品を製造するためにとらなければならない行為のガイドラインであるGMP(適正製造規範)を重視した食品安全管理システムとして「AIBフードセーフティ指導・監査システム」を導入。同社は公式サイト上で
「原材料の受入、移動、保管、輸送、加工や最終製品を配送する工程において、従業員、生産工程や環境が食品安全上の問題を引き起こさないことに、施設は自信を持つ必要があります」
と記述している。
食品メーカー関係者はいう。
「他の大手食品メーカーや外食チェーンなどと比較して、突出して多いというわけではありません。どれほど注意していても異物混入の発生をゼロにすることは不可能であり、自主回収はどうしても一定頻度で起きてしまうもの。山崎の工場は24時間365日稼働ですが、全業界・業種で人手不足であるところに今回の事故が重なり、山崎の製造現場が人手を確保しにくい状況になれば、無理が生じて事故が起きるリスクが高まりかねないというのは懸念材料ではあります」
(文=Business Journal編集部)