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「もう国立市にマンション建てられない」完成目前で解体、「別の理由」取り沙汰

文=Business Journal編集部、協力=牧野知弘/オラガ総研代表取締役
「もう国立市にマンション建てられない」完成目前で解体、「別の理由」取り沙汰の画像1
国立駅(「Wikipedia」より/Nishifutsu)

 東京・国立市のほぼ完成済の新築マンション「グランドメゾン国立富士見通り」について、建設事業者の積水ハウスが来月の引き渡し開始を目前に控え解体を決定するという異例の事態が起きている。周辺住民から景観の悪化などを理由に反対の声があがっていたとのことだが、建設事業者の積水ハウスは、建物の構造上の問題や法令違反はないと説明。業界関係者からは「前代未聞」「もう事業者は怖くて国立市にマンションを建てられなくなる」といった声も聞かれる。なぜ、このような事態が起きたのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 同マンションは、国立駅の南口から南西に延びる「富士見通り」沿いの物件。一橋大学に近い閑静な住宅街に建ち、10階建てで1戸あたりの専有面積は約65~75平方メートル、分譲予定価格は7200万円~。部屋からは富士山を眺望できる点が魅力の一つだ。

 マンション等を建設する際、事業者は管轄する特定行政庁などに建築工事届などを提出して建築確認申請し、審査を受けて確認済証の交付を受ける必要がある。さらに建設途中でも中間検査を受けて中間検査合格証の交付を受け(3階建て以上の共同住宅の場合)、工事完了後は完了検査申請をし、検査済証の交付を受ける必要がある。これらに加えて国立市では、国立市都市景観形成条例の大規模行為の届出制度に基づき、着工前に市に対し届出を行い認可を受ける必要があるが、積水ハウスは行政手続き上は問題なかったとしており、これらの手続きは適正に行っていたとみられる。

 国立市 都市整備部 都市計画課はいう。

「本事業は、市の都市景観形成条例とまちづくり条例が適用される規模でしたので、着工前に当該条例に基づく届出をしていただいております。まちづくり条例の手続きにおいて、事業が廃止となった場合には廃止届の提出が規定されており、今般、事業者の都合により、その規定に基づき廃止届が提出されたという経過です。なお当該物件の建設の認可は、市では行っておらず、建築基準法に基づく建築確認は、東京都または確認審査機関にて許可を受けることとなります」

国立市まちづくり審議会で景観を損なうとの指摘

 国立市はマンションなどの大規模な建物を建設する事業者に“厳しい”ことで有名だ。市は「国立らしい景観を守り育て未来に引き継ぐ」などと定めた「国立市 景観づくり基本計画」を策定し、施策として「良好なまちなみ・景観の保全」「地域特性を活かしたまちなみの形成」を掲げている。1997年には国立市都市景観形成条例を制定し、建物の建設について景観への配慮を義務付けている。市は「周囲に比べ高さや大きさのある建築物の景観的工夫」として「大規模な建築物の建築を行う際には、関係者と連携・協働し、周辺の景観と調和するよう誘導します」としている。

「国立には、学園都市構想の中で意図してつくられた富士見通りのすばらしい眺望や、文教地区のまちなみを見通すことのできる国立駅前からの眺めなどがあります。このような優れた眺望景観は、国立の景観を構成する大きな要素となります」(「国立市景観づくり基本計画」より)

 かつて国立市ではマンション建設をめぐって住民と建設事業者が対立し、訴訟に発展したことがある。2001年に完成した一橋大学の南に位置する「クリオレミントンヴィレッジ国立」について、住民らが高さ20m超の部分の撤去と慰謝料を求めて、事業者の明和地所を相手取り提訴。原告が敗訴した。

 今回解体が決まったマンションは、市が「景観上重要な道路」と定める「富士見通り」沿いに建つが、この通りは、優れた眺望景観を有する「視点場」からの眺望対象にも定められている。

「国立市の資料を見ると、富士見通りは『近隣商業地域』にも指定されており、建物の高さは31メートル(10階建て)もしくは28メートル(9階建て)に制限されている。今回の物件は10階建てなので、建設事業者は市に届けて法令上は問題なしと判断されていたのだろう。ただ、写真を見ると建物は国立駅側からの富士見通りの眺望に突き出る形で建っており、以前は全体が見えた富士山を半分くらい覆っている。国立市では『周囲の建築物から突出した形状や色彩』は禁じられているので、この規則に抵触すると判断される可能性はある」(東京都内の区職員)

 今回のグランドメゾン国立については21年6月に開催された国立市まちづくり審議会で景観を損なうとの指摘がなされ、積水ハウスは11階建てから10階建てに変更。23年1月に着工し、一部の住戸はすでに契約が成立し、今年7月から引き渡しが始まる予定だった。つまり、同社は法令に則り手続きを進めて、ハードルをクリアしてきたということになるが、同社は今月に入り市に事業の廃止届を提出し、その理由について朝日新聞の取材に対し「景観も含め周辺への影響の検討が不十分だった」(7日付け同紙記事より)としている。

「信じがたいというレベル」「理由が思いつきません」

 建設事業者が大規模な建物を建設する場合、一般的にどのような段階を踏むのか。不動産事業のコンサルティングを手掛けるオラガ総研代表取締役の牧野知弘氏はいう。

「事業者は着工前に、近隣住民や自治会、商店街組合などへの説明を行い理解を求めます。電波障害など物理的な被害を被る方には一定の補償をしたり、『小さな子どもたちの通学路なのでトラックの出入りには注意してほしい』といった要望に対し『こういった対策を行います』と提案するなど、できるだけ丁寧な説明と対応に努めます。加えて建設予定地に『建築計画のお知らせ』の標識などを一定期間掲示して意見を募りますが、反対の声がゼロということはあり得ないので、事業者は行政上の手続きを適正に行った上で、地域への説明は一定程度尽くしたと判断した段階で着工します」

 引き渡し直前に解体するというケースは、しばしば起こるものなのか。

「横浜の傾斜マンション問題(2015年)のように竣工後に住民が入居して一定期間経過後に施工不良が発覚して建て替えるというケースは稀にありますが、今回のように引き渡し1カ月前に解体を決定するという事例は聞いたことがありません。信じがたいというレベルで、不動産業界関係者であれば『何か別の理由があるのではないか』と考えてもおかしくはありません。もし仮に事業者が見切り発車的に着工して何らかの理由で建設をやめる場合でも、もっと前に判断するものなので、引き渡し直前にはならないはずです。

 竣工後に住民から訴訟を提起されたとしても、行政上・法令上のルールに沿って適切に手続きを行っており、建物の欠陥などもなければ、裁判で事業者が負ける可能性は低く、住民訴訟を恐れたとは考えにくいです。売買契約締結後に売主側の理由でキャンセルとなる場合、売主は買主が支払った手付金を倍返しする決まりになっていますが、ここまで直前となれば買主から損害賠償を求められる可能性もあり、そうしたリスクを負いつつ多額の損失を発生させてまで解体するというのは、理由が思いつきません」(牧野氏)

住民に何らかの不利益が生じる懸念か

 こうした事例が生じることは自治体にとっても良くない影響をおよぼす懸念があるという。

「事業者が適切な行政手続きを踏んで建物を建設し、それに対し住民が反対して解体に至るという一連の事態について行政が対処しなかったという『行政の不作為』を問う声もあるでしょう。このような事態が起これば、業者としてはあまりにリスクが大きすぎて、もう国立市に新たにマンションを建設できなくなります。それが果たして街の発展にとって良いのか、という点は議論があるでしょう」(牧野氏)

 また、元ゼネコン社員はいう。

「大規模な建物であるほど、事業者は事前に住民説明会を開いたりして丁寧な説明を行いますが、いくら反対が大きくても、行政上の手続きが済んで法律的に正式に許可を得ていれば着工するケースが多いです。住民の立ち退きを伴う場合でも金銭で解決できることが大半で、そのために事業者は近隣対策費用を確保しています。

 今回のようなケースは他に聞いたことがありませんし、本当の原因はまったく分かりませんが、建設現場によっては一般住民ではない団体や組織から金銭を要求されたり『この業者を使え』などと、さまざまな圧力をかけられることはしばしばあります。実際に住民が住み始めると住民に何らかの不利益が生じる懸念があり、最後までそれを払拭できなかったという可能性はゼロではないかもしれません。いずれにしても、何か別の理由があるのでないかと業界内ではいろいろな情報が取り沙汰されています」

(文=Business Journal編集部、協力=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。
オラガ総研株式会社

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