システム障害が原因で、ほぼすべてのチルド食品(冷蔵食品)が2カ月以上にわたり出荷停止になるという異例の事態に見舞われている江崎グリコ。その同社が現在、ある転職サイトに掲載している社内SEの人材募集ページが話題を呼んでいる。業務内容は「グローバル展開を見据えた次期統合認証基盤の企画、設計、構築」、歓迎条件は「SAP ERP(S/4 HANA含む)」などと高度なスキルを求める一方で、予定年収が「500万円~」となっている点について「低すぎる」として疑問の声が続出している。同社経営陣のシステム投資への理解度と今回のシステム障害を結びつける指摘もみられるが、同社がITエンジニアに提示している年収は適切なレベルといえるのか。業界関係者の声を交えて追ってみたい。
グリコは業務システムについて、独SAPのクラウド型ERP「SAP S/4HANA」を使って構築した新システムへ切り替えるプロジェクトを推進してきた。旧システムからの切り替えを行っていた4月3日、障害が発生し、一部業務が停止。その後、一部商品の出荷が停止となり再開されたが、「プッチンプリン」「カフェオーレ」「アーモンド効果」をはじめとする大半のチルド食品は再び出荷停止に。さらにキリンビバレッジから販売を受託している果汁飲料「トロピカーナ」や野菜飲料の出荷も停止するなど、影響は他社にも拡大している。
これによりグリコが被る損失は大きい。同社は5月、24年12月期連結決算見通しについて、売上高は従来予想を150億円下回る3360億円(前期比1%増)に、純利益は従来予想を40億円下回る110億円(前期比22%減)に下方修正すると発表した。ダメージはこれだけではない。4月22日付「日経クロステック」記事によれば、プロジェクトの当初の完了予定は22年12月であったが延期され1年以上の遅れとなり、投資額は当初の予定金額の1.6倍にも膨れ上がっているという。
<エンジニアに対して著しく誤解してる会社な気がしますね>
そのグリコは現在、ITエンジニア採用のために募集を行っている。以下は、ある転職サイトに掲載された「社内SE(PLM領域)」の募集ページの一部だ。
<業務内容:グリコグループ(海外子会社含む)のIT戦略を担う精鋭部隊として、デジタルやITを活用した変革、グローバルでの業務標準を支えるシステムの実現に挑戦していただきます>
<業務詳細:
・基幹システムの大型PJT
・デジタルワークプレースの利活用促進
・ショッパーマーケティングに関するデータ基盤構築(将来的なAI活用に向けて)
・データ活用経営に向けた体制及び基盤の整備推進>
<最終学歴:大学院、大学卒以上>
<必須条件:
・PLM領域、特に製品企画、製品開発、製品情報に関わるシステムの企画・PM・運用のご経験>
<歓迎条件:
・PMBOKに基づいたプロジェクト管理
・パッケージシステムの選定・導入経験
・スクラッチ開発システムの設計・導入経験>
<予定年収:500万円~850万円>
このほか、「社内SE(SAPベーシス・インフラ担当)」の募集ページには次のように書かれている。
<業務詳細:
・グリコグループの基幹システム導入プロジェクトにおけるインフラ領域構築について、各チーム及びベンダー各社と連携しながら、設計、導入、および運用の推進
・各部署、国内グループ会社の関係者と連携・協調し、グローバル展開を見据えた次期統合認証基盤の企画、設計、構築>
<最終学歴:大学院、大学卒以上>
<歓迎条件:
以下の知識、構築・運用経験
・SAP ERP(S/4 HANA含む)、またはその他SAP製品導入にかかるインフラ領域
・HANA Enterprise Cloud、Rise With SAP、またはS/4 HANA Cloud
・SAP Cloud Platform、またはSAP Business Technology Platform>
<予定年収:500万円~850万円>
これを受け、ネット上では以下のような声が寄せられる事態となっている。
<倍以上は必要…システムを安全に開発運用する能力への無理解、低評価がああいうトラブルを招く要因>
<500万は安過ぎる 初心者雇う気?>
<コンサル(年収1500万)クラスを年収500万円で雇うの?>
<1000万が最低ライン>
<そもそも技術職に年収一千万以上って発想がないのかも>
<なんかエンジニアに対して著しく誤解してる会社な気がしますね。こんな感じの会社ならトラブルも起こります>
<この企業判断こそが今回の悲劇を生んだと言えます>
他の社員の給与水準と大きく乖離させられないなどの事情
グリコの提示している待遇をどうみるべきか。大手SIer社員はいう。
「社内SE(PLM領域)については、大規模なプロジェクトのプロジェクトマネジメント(PM)の経験に加えて、AIも含むデータ基盤構築などのノウハウや設計フェーズの経験なども求めているようなので、求めているスキルはかなり高い。また、社内SE(SAPベーシス・インフラ担当)についても、基幹システムのPMの経験やSAPのスキルを求めており、要求スキルは高度です。大規模システムのPMをできる人材やSAPを扱えるエンジニアは一般的に年収が高い傾向があり、これらを勘案すると1000万円というのが最低ラインの目安となってくるという印象です。もちろん、現在の提示年収でも応募してくるエンジニアはいるかもしれません。勤務地が大阪市になっているので、大阪に持ち家があるエンジニアが『年収はちょっと不満だけど、自宅から通いやすし、大手メーカーだから安定していて福利厚生もよいだろう』と考えて応募してくるといったケースも考えられます」
グリコが低めと考えられる年収で募集をかけている理由は何か。
「社内の前例や給与に関する規則による制約、もしくは他の社員の給与水準と大きく乖離させられないなどの事情で、高度なスキルを持つITエンジニアの募集において業界的に適正な金額を提示できないというケースはよくあります。こうした制約を回避するため、システム開発の別会社をつくって高額な報酬を用意してエンジニアを採用する企業も少なくありません。もしくは、単に経営陣がエンジニアの給与相場をよくわかっていなかったり、そもそもシステム開発というものに対する重要性の理解が欠けているという可能性もあるかもしれません」(同)
デロイトへの不信が表れている?
雇用された後の出向先である江栄情報システムについて、募集ページには「コンサルに外注する分野も今後内製化へ転換、技術発信で新しいものを生み出せる組織」と書かれているが、システム開発会社のSEはいう。
「今回障害を起こしたシステム更改プロジェクトの主幹ベンダはデロイト トーマツ コンサルティングですが、障害を起こす以前にリリースが当初の予定から大幅に遅れており、デロイトの責任が重いという見方が広まっています。募集ページにわざわざ『コンサルへの外注をやめて内製化し転換していきますよ』と書いているところに、デロイトへの不信が表れている。
トータルでグリコがデロイトにいくら払うのかは不明だが、外資系ベンダのSAP関連のプロフェッショナルやPMだと人月単価100万円以上だろうから、それなりの額になるはず。その一方で、社内SEとして高度スキル人材を500万円そこそこの年収で募集するというのは、ちょっとセンスがない気もする」
(文=Business Journal編集部)