同じ航空業界の社員でも、なぜパイロット(航空機操縦士)・CA(客室乗務員)・地上社員・グランドスタッフの年収に大きな差があるのか。パイロットの平均年収は約1980万円、CAは約584万円と約3倍の開きがあり(厚生労働省「令和5年 賃金構造基本統計調査」による)、さらに一部のグランドスタッフは年収200~300万円レベルだというが、この差はどこから生じてくるのか。また、実際の賃金体系や労働条件はどうなっているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
国内航空会社・日本航空(JAL)の「2024年3月期 有価証券報告書」によると、JALグループ会社従業員の平均年間給与は地上社員が616万円、パイロットが1959万円、CAが569万円。パイロットは地上社員、CAの約3倍で、CAは地上社員よりも低くなっている。ちなみにJAL以外で有価証券報告書で職種別の平均年間給与を公表している航空会社は以下のとおり。
●スカイマーク
・地上社員 506万円
・パイロット 1547万円
・CA 333万円
●スターフライヤー
・一般従業員 491万円
・パイロット 1417万円
・CA 383万円
航空会社の地上社員の業務は多岐にわたる。一般的な企業にある経理・財務・営業・人事・法務・広報・調達・総務・システム・新規事業開発などのほかに、運航管理・路線計画・客室業務・貨物業務・安全推進・運航乗務員のスケジューラー・グランドハンドリング(航空機が空港に到着してから出発するまでに発生する地上支援作業)といった航空会社特有の業務が存在。このほか、機体整備・部品整備・運航技術検証などの技術業務も重要だ。
一方、パイロットは航空機を操縦し、CAは運航中の航空機内で乗客へサポートやサービスを提供し、非常時には乗客を誘導して安全確保に努めるという保安要員としての任務を担う。
大手航空会社社員はいう。
「パイロットは国際線で長時間のフライトを行った後は、到着地で丸一日休息を取るというパターンが多いが、航空会社にもよるが、CAは数日連続で国内線に乗務して、間を空けずに国際線で10時間以上のフライト後、一泊だけして翌日には日本行きの便に乗務して帰ってくるケースも多い。乗務のほかにも定期的に訓練日も設けられており、テストで一定レベル以上の評価を受けないと乗務できないため、これも想像以上に負担が大きい。また、CAの給与は乗務時間に応じた出来給の部分の比率が高く、乗務できないと給与が大きく下がる仕組みになっているので、パイロットと比べてその待遇には雲泥の差がある。このほか、CAの平均年齢が30代前半くらいという航空会社が一般的で、長く続けている人が少ない職種である点も見逃せない」
ちなみに、少し古いデータだが、ANAグループの2020年の従業員数は総合職(特定地上職含む)は6356人、パイロットは2437人、CAは8598人とCAが圧倒的に多く、全従業員のうち約47%、ほぼ半数を占めている。
大手航空会社の地上社員の給与は中位レベル
航空会社の賃金の実態について、航空経営研究所主席研究員で元桜美林大学客員教授の橋本安男氏はいう。
「大手航空会社の給与は高いというイメージを持たれがちですが、一般の地上社員の給与は中位レベルといっていいでしょう。エネルギーや金融など給与が高い他業界の大手企業と比べると、ぐんと下がります。CAが地上社員よりやや低くなっていますが、平均年齢が低いことが要因であり、同年代の地上社員と比べると少し高いくらいだと思われます。過去、日本の航空会社のCAの給与は非常に高く、地上社員の給与を大きく上回るレベルで、航空会社の国際的競争力を阻害するとの指摘もあったほどでした。1994年にJALが契約社員制度(契約制客室乗務員)を導入し、他社も追従。これを契機にCAの給与は下降の方向に転じました。2012年の日本でのLCC元年以降はさらに低下しています。ちなみに16年にはJALは契約社員制度を廃止し、他社も含め、現在は基本的にはCAは正規雇用のみとなっています」
グランドスタッフの賃金格差
航空業界における賃金格差の面では、空港ターミナル内で旅客への接客業務を行ったり、空港敷地内で飛行機への荷物積み下ろし、給油、機内清掃、機体誘導を行うグランドスタッフの賃金格差の問題が根深いという。
「グランドスタッフは多重下請け構造になっています。まず航空会社本体の社員が一番上におり、主に管理業務を行い、年収は600万円くらい。その下に子会社であるグランド・ハンドリング会社がいて、年収は400~500万円ほど。加えてグループ外のグランド・ハンドリング会社がいて、年収300~400万円ほど。さらにそこからから下請け会社に発注されなかには派遣社員など非正規雇用社員もおり、年収は200~300万円ほど。これらの年収はすべてイメージ比較ための概数です。グランドスタッフの8割以上は航空会社グループ外の企業の社員ですが、同一労働同一賃金の概念とはかけ離れているのです。
低い給与レベルに加え、重労働で深夜業務もあるなど労働条件・労働環境の問題も相まって、特にコロナ後は航空会社がグランドスタッフを思うように確保できず、航空会社が運航を拡大できない状況に陥っています。国土交通省はグラハン業界の人材確保と持続的な発展に向け、23年初めに『持続的な発展に向けた空港業務のあり方検討会』を設置しました。人員不足解消には待遇改善の原資となる航空会社からの受託料引き上げなどが必要ですが、こうした問題に対応するためグラハン事業者らは同年8月25日に空港グランドハンドリング協会を発足させ、航空会社など特別会員を含め現在計91社が加入しています。
グランドスタッフの不足は、むしろ空港会社にとって深刻な問題となっており、例えば昨年11月30日に成田国際空港会社の田村明比古社長は記者会見で、23年9月時点で、航空会社からの新規就航を含めた増便の要望について、3分の2ほどしか応じられる見通しが立たないと説明していました」(橋本氏)
パイロットは例外的に給与の高い職種
なぜパイロットの給与は高いのか。
「パイロットは技能証明など多くの国家認定資格を保有する職種であり、全職種のなかでも例外的に給与の高い職種です。給与レベルは今後も上がることはあっても下がることはないでしょう。その理由としては、団塊世代のパイロットが大量退役を迎えて運航維持が困難になることが危惧されている2030年問題があげられます。国際的にパイロット不足が進行しており、国をまたいだパイロット争奪戦が起きています。日本の航空会社のパイロットが中国企業に年収3000~4000万円を提示され引き抜かれるという事態も実際に起きています。
航空会社が新卒社員を採用して自社で副操縦士まで養成するのに5000万円~1億円ほどかかるといわれており、他社に引き抜かれると大きな痛手になるため、高い給与を維持する必要があるという面もあるでしょう」
こうした航空業界内での賃金格差が是正されるべきなのか。
「前述のとおりパイロットについてはさまざまな要因で下がることはなく、大手航空会社の地上社員とCAの給与は概ね妥当な水準と言っていいと思います。一方、航空会社以外のグランド・ハンドリング会社社員の賃金は是正が必要でしょう」
(文=Business Journal編集部、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学客員教授)