コロナ禍で航空業界の業績悪化や減便、それに伴う社員の採用停止などがクローズアップされているが、安全問題も深刻な状況に陥っていることを忘れてはならない。そのひとつが、乗務機会が大幅に減ったパイロットの技量低下である。
月に1~2回の乗務では技量維持は困難
大幅な減便を余儀なくされて、国内大手航空会社のパイロットでも国内線では月に2日ほど日帰りで1往復だけ、国際線の長距離便ともなると月に1パターン(例として米州や欧州へ1往復、3~4日の勤務)だけというのが当たり前になっている。こうなると国内線では月間わずか4回の離着陸しか経験できない計算だ。それも機長と副操縦士でシェアするので、ひとりのパイロットは約2分の1の回数にとどまることになる。コロナ以前の通常の月間離着陸回数と比べると、約10分の1くらいだろう。
これは、パイロットにとって技量を維持するどころか低下を招くことになり、安全運航上深刻な状況になっているといえる。国際航空運送協会(IATA)もこの点について、「航空機が空港に近づく際に機体が不安定になる事例が2020年には急増していて、こうした問題はハードランディング(硬着陸)や滑走路を越えて走行する事態のほか、墜落事故にもつながる恐れがある」とコメントしている。
実際に日本でも直近で今年1月、雪の新千歳空港で着陸後誘導路に入るのを誤ってオーバーランエリアに入ってしまったり、2月1日には成田空港で着陸の際に胴体後部下面(長さ3.0メートル、幅0.9メートル)を滑走路に接触させるいわゆる「尻もち事故」が起きている。
もちろん、こうした例は通常期でも起こり得るものであるが、パイロットの乗務機会が減ることによる離着陸の経験不足は、今後もさまざまな不安全運航を引き起こすと考えられ、必要な対策を早急に打つ必要がある。
シミュレーターに加え、路線訓練の付加が必要
航空会社や国土交通省はパイロットの技量維持について、シミュレーター訓練を適宜行うことでそれを補う考えであるが、それはあくまで技術的な低下を防ごうとするもので不十分である。路線での実運航では毎回、空港や航路上の天候も変わり、進入方式や使用滑走路も異なるので、実乗務機会が少ないのであればコックピットに添乗するオブザーブと呼ばれる慣熟訓練を積極的に行うべきであろう。つまり、実際に操縦桿を握らなくてもコックピットのジャンプシート(2席)に座り、実運航経験を維持することによって「運航の勘」が鈍くなることを防ぐのである。具体的には以下を提案したい。
(1)月間25時間の飛行時間を最低限として乗務割を作成する
(2)各空港の経験資格要件を1年間とするなどの運用面での手当を行う
月間25時間の飛行時間の確保は、デスクワークの多い役職機長も「運航の勘」を維持するために設けられてきたルールである。各空港の経験資格要件とは、パイロットが定期便で向かう空港には直近1年間に1度は実乗務かオブザーブでの離着陸の経験を必要とするもので、以前は存在したルールである。2000年前後に行われた規制緩和によって、地域別路線グループの内で1つの空港で離着陸を経験すれば、その路線グループ内の全空港での経験が免除されているが、コロナ禍の間はこれを元の運用に戻すことを検討すべきである。
以上の措置をシミュレーター訓練に付加して、パイロットの技術、運航面での技量維持を図るのである。
ちなみにコックピット内には通常、2席のジャンプシートがあり、2名のパイロットまでオブザーブフライトが可能である。このオブザーブフライトには乗務手当はつかないので航空会社にとっても大した経費にもならず、交通費と弁当代、それに宿泊する場合にはホテル代程度で済む。安全運航の最後の砦であるパイロットの技量維持のためには、惜しんではならないコストである。
月に1度や2度の離着陸の経験だけでは、運航の安全が危険水域にあると考えるべきであろう。私自身、1973~74年のオイルショックによる減便の時期に国際線で月に2パターンしか飛べなかったことを経験している。日本航空ではそれを補うべく、アメリカのモーゼスレイクの訓練所で実機による計7回の離着陸訓練を行ったが、それでも路線による経験不足によって不安を感じる日々を過ごしたのを覚えている。
現在のコロナ禍の乗務機会の減少はそれよりもはるかに大きく、かつてパイロットが経験したことのない状況に突入している。各航空会社と国土交通省は早急に必要な対策を講じてもらいたい。
東京都心新ルートの安全性にも影響
今やわが国だけでなく世界中のエアラインのパイロットも乗務機会が大幅に減り、その技量が低下している。国によってはシミュレーターによる技術管理も行えないところもあり、そういうパイロットが慣れない東京都心ルートを飛べば、いったいどうなるのか。
直近の数年だけでも、ボーイング737MAXの2件の墜落事故をはじめ、世界では離着陸時の事故が絶えないのだ。日本の航空会社のパイロットも、この約1年、新ルートを経験して、特にこれまでの海上ルートに比べて強い横風と乱気流に悩まされている実態が浮き彫りになっている。
パイロット自身が経験した不安全飛行を報告する航空安全情報自発報告制度(VOICES)でも、多くのパイロットが南西風による強い横風(クロスウインド)に苦労したり、高度1000フィートで風の変化が激しくなったり、降下率が瞬時に毎分1000フィートの降下率を超えることによってゴーアラウンド(進入着陸復航)する事例を紹介し、状況によっては以前の南西風に正対する海上ルートに戻す柔軟な運用を求める意見も出されている。
いくらシミュレーターでの訓練を付加するといっても、刻々と変化する横風や乱気流をシミュレーターでは具現化できないという限界があり、それでもって安全が担保されることはないのである。
国土交通省はVOICES等で出されているパイロットの生の声にも耳を傾けるべきである。そもそもコロナ禍で各社とも大幅な減便を強いられている今日、運航する航空機が住民に騒音をまき散らし不安を与えることに賛成する国民は誰一人としていない。東京オリンピック開催による増便に備えて、減便のなかでもあえて新ルートを運用するという言い分は正当性に欠け、国交省は一日も早く運用を元の海上ルートに戻す判断を行うべきである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)