2022年、大手飲食チェーン「大阪王将」の仙台中田店の元男性従業員が、同店の厨房に日常的に大量のナメクジが発生していることや、店舗の敷地内で猫を飼育しているとSNS上に投稿。本人が会見まで開いて問題を指摘したが、この男性が威力業務妨害の疑いで逮捕・起訴され、裁判が行われている。もし仮に威力業務妨害罪が成立すれば、3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があるため、裁判の行方が注目されている。男性による告発の後、大阪王将は調査結果としてナメクジの侵入について「湿気の多い季節に外部からの侵入があった」とし、猫を飼育していたことも認め、同店舗の運営会社とのフランチャイズ(FC)契約を解除するに至っていたが、なぜ今になって男性は起訴されたのか。専門家の見解を交えて追ってみたい(注:「大阪王将」と「餃子の王将」の運営元は別会社)。
事の発端は22年7月、元男性従業員がTwitter(現X)上に、厨房にナメクジなどが大量にいるなどと投稿したことだった。これを受け仙台市保健所は同店への立ち入り検査を行ったが、害虫などは確認されなかったものの厨房内で清掃が行き届いていなかったため、清掃や消毒をするように指導。同年3月以降、食品衛生責任者が店舗に配置されていなかったことがわかった。
大阪王将を運営するイートアンドホールディングス(HD)は調査結果として、ナメクジの侵入について「湿気の多い季節に外部からの侵入があった」と発表。同年8月には、同店の運営会社に信用維持義務違反があったとしてFC契約を解除し、同店は閉店となった。ちなみに同店の運営会社は雇用調整助成金など国の助成金を不正受給していたことも判明していた。
名誉毀損罪と業務妨害罪の違い
騒動が世間から忘れ去られようとしていた今年2月、告発を行った男性が逮捕され、再びこの問題が人々の関心を集めることに。男性は起訴され、4月には仙台地方裁判所で初公判が開かれ、男性は「投稿をした結果、店が一時休業したことは認めるが、嘘の発信はしていない」と主張。一方、検察は「店長から勤務態度を注意されたことに憤慨し、退職をきっかけに店長や店などに対する不満を解消して復讐するため、大量のナメクジがいたなどと装ってSNSで投稿した」と主張。8月19日付「東京報道新聞」記事によれば、同日の公判で男性の弁護人は、「偽計業務妨害罪の成立は認めます。しかし、被告人は存在していない事実を存在しているように装ってはいません」と主張。また、男性は店側から長時間労働の強要や残業代の不払いなどを受けたこともきっかけとして、投稿を行ったという。
もし厨房にナメクジが侵入していたことが事実であるとすれば、なぜ男性は偽計業務妨害罪に問われ起訴されるという事態になるのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「名誉毀損罪と違い、業務妨害罪は『ホントのこと』を拡散する場合も成立します。名誉毀損罪の場合は、発言や記事の『真実性』が立証され、これが公共性、公益性があれば犯罪は成立しません。これは、名誉毀損罪が守る『名誉権』と、憲法が保障する『表現の自由』、どちらも大切にしなければならないからです。ある人について、社会に正しい姿を伝えなければならないという大義名分があるからです。
しかし、業務妨害罪の場合、他人の『業務を妨害する』ことが正当化されることは一切ありません。どんな理由があっても、他人の業務を妨害することは許されないからです。したがって、今回のように、たとえ『店にナメクジがいました』という表現が真実であっても、そこに『店の業務を妨害してやろう』という故意があり、実際に業務が妨害される危険が発生すれば、業務妨害罪は成立するわけです」
従業員の恨みを買うことによる経営リスク
外食チェーン関係者はいう。
「今回の事案は元従業員が不当な働き方や残業代の未払いに腹を立てて起こしたものと思われ、法的にどうなのかは裁判所が判断することになるが、現実問題としてこの店舗は告発がきっかけで閉店しているという事実は重い。つまり店舗の経営においては、従業員に不当な労働を強いたりして恨みを買うことによって、将来的に甚大な損害を被る事態を招くリスクがあるという点は肝に銘じるべきだろう。
また、飲食店においては、どれだけ細心の注意を払って対策を施していたとしても、厨房への虫などの侵入を100%防ぐことは不可能だという点は知ってほしい。多くの飲食店は異物混入などが起きないよう、さまざまな施策を施しているが、マクドナルドのような運営元が大企業でしっかりした巨大チェーンであっても毎年のように異物混入は起きている。厨房とホール、そして屋外は空間的にはつながっており、常時、完全に隔絶することは無理なので、どうしても外部から虫などが侵入してしまうことは避けられない」
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)