昨年、就職活動をしてある企業から採用の内定の連絡を受けたものの、数日後にメールで内定取り消しの連絡が寄せられたというX(旧Twitter)上のポストが一部で話題を呼んだ。投稿者によれば、そのメールには「採用の方向性に変更が生じたため、内定を取り消すことになりましたことをお知らせいたします」「当社の選考プロセスでは、候補者の適性と組織のニーズに基づいた判断を行っておりますが、他の候補者の方がより適切にマッチする結果となりました。ご応募いただいた熱意と貢献に感謝いたします」と書かれていたという。入社に際しては正式に雇用契約を締結するに先立ち、口頭やメールで内示を受けるケースが多く、それをもって求職者は就職活動を終わらせたり、選考途中の他社の応募を辞退することはよくある。よって内定が取り消された求職者は損害を被ることになるが、特に口頭での内示の場合は証拠が残らないため、求職者が泣き寝入りを強いられる可能性も考えられる。そもそも求人募集における内示とは、どのような効力のあるものなのか。また、もし内示を取り消されて損害を被った場合、企業側へ賠償などを求めることは可能なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
現在、企業の採用意欲は旺盛だ。リクルートワークス研究所の調査・発表によれば、2025年卒の大学生・大学院生の求人倍率は1.75倍で、3年連続での上昇となり、過去5年では2020年の1.83倍に次ぐ高さとなった。業界をまたいだ人材争奪戦が繰り広げられるなかでも、前述のような内定取り消しはしばしば起きているという。厚生労働省の発表によれば、今年3月に卒業して就職予定だった人の内定取り消しを行った事業所は25事業所、内定取消しとなった新卒者は47人となっている。転職支援サービス企業社員はいう。
「厚労省が把握しているのは一部のみで、実際には多いとまではいえないものの、しばしば起きています。さすがに大企業がやると大問題になるため、経営悪化などで仮に採用を取りやめることになった場合は、きちんと自主的に公表するでしょうが、中小企業では急に業績が悪化したり、社内で手続きや連絡の行き違いがあったり、経営幹部の鶴の一声があったり、諸事情で別の人を採用することになったりして、採用が取り消されるということはたまに起こります。
中小企業の場合は実際に突然業績が悪化して人を雇う余裕がなくなるということがあるので、致し方ない面もありますが、さすがにメール1本で一方的に通知するという方法は取らず、担当者が直接会って謝罪するというかたちが多いです。企業側の担当者としてもトラブルを避けたいというのもありますが、内定を取り消される側にとっては非常に重いことだというのは重々承知しているので、そこは『申し訳ない』という気持ちが前面に出るでしょう。もっとも、今回Xで告発されているような方法で、かつ『他の候補者の方がより適切にマッチする結果となりました』などという非常識な文言で内定取り消しをしてくるような企業は、まともな企業ではないのは明らかなので、逆に『入社しなくてよかった』くらいの気持ちで別の企業を探したほうがよいでしょう」
大手SIer社員はいう。
「外資系企業で内定取り消しになったことがありますが、理由は『米国本社の方針変更のため』としか説明されませんでした。外資の場合は期単位での業績変動に伴って各国の現地法人に短期的スパンで大幅な人員削減や増員を指示することがザラにあるので、そのなかで私の内定が取り消されたのだと思われます。外資系企業は基本的には訴訟を厭わず、何か紛争があれば裁判で白黒つけましょうというスタンスなので、内定取り消しによって私から訴訟を起こされることを恐れているような様子は感じられませんでした。裁判に長い時間とコストをかけても労力に見合うリターンが得られるとは思えないので、すんなり受け入れて転職活動を続けました。大企業相手に個人で裁判をしても勝てる見込みも薄いですし、すぐに新しい就職先が見つかったので、今ではそれでよかったと思っています」
「始期付解約権留保付労働契約」とは?
前述のとおり、内定の通知は企業から口頭やメールで行われることも多いが、もし企業側の都合で取り消された場合、求職者側が損害賠償などを求めることはできるのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「いわゆる『内定』とは、法律上、『始期付解約権留保付労働契約』といった、お経の文句のような契約をいいます。漢字は、一つ一つ意味があるので読み解くと、『始期付』とは労働(雇用)契約が始まる時期が定められたという意味で(たいていの場合、大学卒業後の4月2日などでしょう)、『解約権留保付』とは一定の場合(例えば、就職まで犯罪をしたら会社側が内定を取り消すといったもの)には労働(雇用)契約を解約できるという意味です。ただし、この『解約権』とは、会社側の一方的都合で内定を取り消すことができるというわけではなく、裁判例上、書面等であらかじめ決められた事項に該当した場合に限って解約(内定取消)ができるとされています。
このため、内定時に『どういった場合は内定が取り消されるか』といったことが明確にされていない限り、会社側の一方的都合の内定取消は無効です。この場合、内定が取り消されなかった場合の一定期間の給与分などを請求できる場合があるので、すぐに弁護士資格のある者に相談しましょう(ネットなどでのインチキ相談は意味がありません)」
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)