ワークマンと日高屋、なぜ値上げしても顧客が離れない?共通点と成功戦略

●この記事のポイント
・さまざまな要因が重なり、この数十年で類を見ないほどの物価高に見舞われているなか、飲食店や小売店でも値上げが続いている。値上げは客離れを招く要因となりやすいが、値上げしても好調を維持している企業もある。
・BUSINESS JOURNALではワークマンと日高屋に着目し、値上げしても客離れを最小限に防げた理由を聞き、客から支持される4つの共通点を分析した。
原材料費や人件費、エネルギーコストの高騰などを背景に、多くの企業が製品やサービスの価格引き上げに踏み切っている。帝国データバンクの調査によると、2024年においても食品分野を中心に値上げの波は継続しており、消費者の生活に大きな影響を与えている。
このような状況下で、企業は「値上げ」という避けて通れない経営判断を迫られている。しかし、安易な値上げは顧客離れを招き、売り上げの減少に直結するリスクをはらむ。一方で、巧みな戦略で値上げを実施し、むしろ顧客の支持を強め、売り上げを伸ばしている企業も存在する。明暗を分けるのは、一体何なのか。
そこでBUSINESS JOURNALでは、値上げが続く中でも多くの顧客から支持され、好調な業績を維持している企業として、飲食業界の「日高屋」と、作業服・アウトドアウェア市場を席巻する「ワークマン」に注目し、両社への取材を通じて、値上げを成功に導く戦略と、顧客に選ばれ続けるための取り組みを深掘りし、多くの企業にとって示唆に富む「共通点」を探っていく。
目次
日高屋
ワークマン
【日高屋 – DXと顧客接点の再構築で値上げの壁を越える】
首都圏を中心に「熱烈中華食堂日高屋」を展開するハイデイ日高は、2023年3月、2024年5月、同年12月に価格改定を実施した。度重なる値上げにもかかわらず、同社の既存店売上高や客数は堅調に推移している。その裏には、緻密な戦略と地道な企業努力があった。
値上げ直後の客数減を乗り越えた「次の一手」
同社によると、2023年3月の値上げは、コロナ禍からの回復期と重なり、外食需要の増加に支えられ、大きな影響はなかったという。しかし、2024年5月の値上げ直後は、それまで増加傾向にあった客数が明確に減少に転じた。「直近の月(3~5月の値上げ直前)に比べて、一日あたり5000人ぐらいの客数が減った」という状況は、値上げが顧客に与える影響の大きさを物語っている。
この客数減少の流れを反転させたのが、同年8月末に導入した「楽天ポイント」であったという。日本最大級の会員数を誇るポイントプログラムの導入は、新たな顧客層の呼び込みに成功。ハイデイ日高は、特に女性客の取り込みに効果があったと分析している。
さらに、2024年12月の3回目の値上げ後も、一時的に1日あたり1万5000人の客数が減少したものの、その後は回復傾向にある。「現状は24年12月比でマイナス3000人ほど。つまり1万2000人ほどのお客様が戻ってきている」という。同社は、その要因として、世の中の物価高による消費者の節約志向の高まりを挙げる。今年に入り、コンビニのおにぎりなど、中食(なかしょく)商品も値上がりする中で、相対的に日高屋の価格競争力が高まり、他の外食や中食からの顧客流入が起きているのではないかとみている。
顧客体験を変えたDXの力
日高屋の値上げ戦略を語る上で欠かせないのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進だ。その中核を担うのが、現在350店舗に導入されているタッチパネル式のオーダーシステムである。
タッチパネルの導入は、顧客と従業員の双方にメリットをもたらした。顧客は、店員を呼ぶことなく自分のタイミングで注文できるようになり、従来は「忙しそうだから」と遠慮しがちだった追加注文がしやすくなったことで客単価の上昇に直結。
「現状は350店舗に導入していますが、タッチパネル導入の店舗は、毎月15~30店舗近く増えていました。タッチパネルに変えると、客単価が上がるんです。客数も伸び、若干女性客も増えてきているような状況です」(ハイデイ日高)
一部店舗では客単価が150円ほど上昇する効果が見られ、客層の拡大にも繋がった。事実、コロナ前は20%程度だった女性客の比率は、直近では35%まで上昇している。
従業員側にとっては、オーダーを取る業務が削減され、ホールの人件費抑制に繋がった。この人件費の削減分が、高騰する原材料費を吸収するための一助となり、値上げ幅を抑制する企業努力を支えている。
揺るぎない事業基盤と従業員への還元
日高屋の強みは、DXだけではない。自社工場(セントラルキッチン)を保有し、主要な食材を集中生産することでコストを抑制している。また、出店エリアを首都圏に集中させるドミナント戦略により、配送コストも効率化している。こうした盤石な事業基盤が、価格競争力の源泉となっている。
さらに特筆すべきは、従業員への手厚い還元だ。5年連続となるベースアップの実施や、利益の一部を「成長分配金」として社員に還元している。アルバイト・パート従業員(フレンド)に対しても、大規模な「フレンド感謝祭」を開催するなど、従業員満足度の向上に努めている。こうした取り組みが、従業員のモチベーションを高め、サービスの質を維持・向上させ、ひいては顧客満足度にも繋がっていると考えられる。
【ワークマン – 「ブレない軸」が顧客の信頼を繋ぎとめる】
作業服からアウトドア・スポーツウェアへと領域を拡大し、一大市場を築いたワークマン。同社も2025年3月期上期(4~9月)に一部商品で価格改定を行ったが、「客数既存比-0.8%、チェーンストア売上比+1.1%」と、値上げによる影響は“出ていない”と回答している。なぜワークマンの顧客は、値上げを受け入れたのか。その理由は、同社が長年かけて築き上げてきた、顧客との揺るぎない信頼関係にあった。
「圧倒的な低価格」と「高機能」の両立
ワークマンが顧客の支持を失わない最大の理由は、その事業の根幹にある「変わらない価値提供」にある。同社は、値上げ後も顧客が離れない理由として、以下の3点を挙げている。
1.他社に負けない圧倒的な低価格
2.低価格だけではない、高機能性がある製品の販売
3.「やる値」の取り組みによる、プロ(職人)顧客の信頼維持
ワークマンのブランドイメージは、「高機能な製品が、驚くほど低価格で手に入る」という点に集約される。この強力なコストパフォーマンスは、一朝一夕に築かれたものではない。サプライヤーとの強固な関係、需要予測に基づく大量発注、そして無駄を徹底的に省いた店舗運営など、長年の企業努力の結晶だ。
顧客は、たとえ一部商品の価格が上がったとしても、「それでもワークマンは安い」「この機能でこの価格なら納得できる」と感じている。これは、同社が提供する価値が、価格という一面的な指標だけでは測れないことを示している。
主要顧客との信頼の絆「やる値」
特に注目すべきは、「やる値」という取り組みだ 。これは、プロの職人が仕事で使う消耗品などを、長期間価格を据え置く、あるいは値下げするという施策だ。物価高騰の最中にあっても、働く人々にとって不可欠な商品を安定した価格で提供し続けるという強い意志の表れであり、主要顧客であるプロ層からの絶大な信頼を獲得している。
この施策は、短期的な利益を追求するのではなく、顧客との長期的な関係性を重視するワークマンの姿勢を象徴している。コアなファンであるプロ客のロイヤリティを確実に維持することが、ブランド全体の安定感を支え、一般客にも安心感を与えているのだ。
値上げを成功させる企業の「4つの共通点」
日高屋とワークマン。業態は全く異なるが、両社の事例から、値上げ時代を勝ち抜くための普遍的な共通点が見えてくる。
1. 価格以上の「付加価値」を提供しているか:両社に共通するのは、単に商品を売るのではなく、価格以上の「体験」や「機能」という付加価値を提供している点だ。日高屋は、タッチパネル導入による「注文のしやすさ」や「気兼ねなさ」という快適な食事体験を創出した。ワークマンは、「プロが認める高機能」という絶対的な信頼性を製品に付与している。顧客がその価値を認めれば、多少の価格上昇は受け入れられる。値上げは、自社の提供価値を改めて問い直す機会となるのだ。
2. 顧客との「エンゲージメント」を深めているか:値上げは、企業と顧客の関係性が試される瞬間だ。日高屋は、楽天ポイントの導入で新たな顧客層との接点を作り出し、女性客の増加に成功した。ワークマンは、「やる値」という施策を通じて、主要顧客であるプロ層との絆をより強固なものにした。既存顧客のロイヤリティを高めると同時に、新たなファンを獲得する。こうした地道なエンゲージメント活動が、価格改定という逆風を乗り越える力になる。
3. 見えないところでの「企業努力」を徹底しているか:顧客は、企業の努力を見ていないようで、敏感に感じ取っている。日高屋は、セントラルキッチンやDXによるコスト削減努力を続け、高騰する原価の吸収に努めている。ワークマンは、サプライチェーン全体で効率化を追求し、低価格を実現している。こうした「なぜこの価格で提供できるのか」という背景にあるストーリーが、価格への納得感を生み出す。値上げ幅を最小限に抑えようとする真摯な姿勢こそが、信頼の礎となる。
4. 従業員の「満足度」が顧客に向いているか:意外に見落とされがちだが、従業員満足度(ES)は、顧客満足度(CS)と密接に連動している。日高屋は、ベースアップや感謝祭といった施策で従業員に報い、モチベーションの維持・向上を図っている。高いモチベーションを持つ従業員は、質の高いサービスを提供し、それが顧客の満足に繋がる。値上げという局面だからこそ、最前線で顧客と接する従業員への配慮が、企業の総合力を高める。
物価高騰の時代、値上げは多くの企業にとって避けられない選択肢だ。しかし、それを単なるコスト転嫁と捉えるか、自社の価値を見つめ直し、顧客との関係を深化させる機会と捉えるかで、未来は大きく変わってくる。日高屋とワークマンの戦略は、価格競争から一歩抜け出し、顧客に選ばれ続けるための本質がどこにあるのかを、力強く示している。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)











