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ウォルマートも注目!レシートが宝の山に…5千万人が使うキャッシュバックアプリ

2025.07.28 2025.07.28 10:38 企業

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●この記事のポイント
・米キャッシュバックアプリ「Ibotta(アイボッタ)」は、レシートを起点に誕生し、利用者5000万人を超える急成長企業へと進化。消費者向けD2Cモデルから、WalmartやInstacartなど大手リテーラーと連携するB2B2C型プラットフォーム「Ibotta Performance Network(IPN)」へと事業を巧みに転換。
・売上は前年比15%増の3.7億ドル、純利益は80%増と急伸。紙からデジタルへの移行という業界潮流を追い風に、広告の新たな形を切り拓いている。

「I-bought-a(私が買った)」という日常の瞬間に、私はビジネスの宝の山を見つけましたーー。

 Ibottaの創業者兼CEOであるブライアン・リーチ氏は、とある出張帰りの飛行機で見た みた、経費精算のためにレシートの写真を撮る同乗者の姿から着想を得て、創業から10余年ほどでニューヨーク証券取引所に上場する企業をつくりあげた。

 同社はいわゆる「キャッシュバックアプリ」を提供しており、消費者は商品を購入すれば一定の現金還元オファーを受けることができる。ときには全額キャッシュバック対象で実質無料となる商品もあり、日々の支出を抑えたいユーザーから熱烈な支持を受けているサービスだ。

 2024年度通期決算では売上高3.7億ドルと前年から15%の増収となり、純利益では同80%増の6874万ドルへと成長。利用者数は累計5000万人規模にも上る。

 一見すると「消費者向けのお得な割引アプリ」にみえる同社だが、実は足元の成長の裏側にはB2Bモデルへの巧みな事業転換がある。大手小売りのWalmartや食料品配達のInstacart、フードデリバリーのDoorDashなど、米国の巨大なリテールプレーヤーを取り込む同社の事業モデルについて、本記事では紹介していく。

目次

創業者の着想:一枚のレシートに眠るデータの価値

 Ibottaの創業者兼CEOであるブライアン・リーチ氏の経歴は、典型的なITベンチャー創業者とは一線を画す。彼はハーバード大学、オックスフォード大学、イェール大学ロースクールを卒業後、合衆国最高裁判所のデイヴィッド・スーター判事のロークラークを務め、最終的には国内有数の訴訟法律事務所でパートナーにまで上り詰めたエリート弁護士だ。

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乗客がレシートの写真を撮る姿から事業の着想を得た

 そんな彼が起業するに至ったのは、ブラジルのリオデジャネイロからの帰国便で目にした何気ない光景にある。隣の乗客が経費精算のためにスマートフォンのカメラでレシートを撮影していたのだ。

 そんなふとした行動をきっかけに、一枚のレシートが、購入された商品のUPC(商品コード)、価格、数量、店舗、日時に至るまで、購買行動のすべてを記録した「情報の宝庫」であるのではないかと思い至った。一方で、調べてみると、そのレシートの中に含まれる魅力的な情報を整理して、消費者の支出習慣の正確な全体像を把握する方法はまだないということも判明した。

 テクノロジーでこのデータを束ねることができれば、消費者一人ひとりの特徴を無視した画一的なマスマーケティングから脱却し、各人に最適化されたプロモーションを提供できるのではないか。その着想が、Ibotta(”I bought a…”=「私は〜を買った」に由来)の原点になった。

 もちろん単なるビジネス上の野心だけではなく、「人々の日常生活の支えになる何かを創造したい」という強い使命感もあったという。Ibottaが提供するキャッシュバックが食費や家賃、医療費の助けになるという点もサービスを思案するなかで重要なポイントだった。

自社アプリを中心とする消費者・ブランドネットワークの構築

 Ibottaの壮大な構想は、2012年にリリースされた自社モバイルアプリから始まった。仕組みはシンプルで、アプリ上には商品と合わせてそれぞれ特典内容が表示されており、その商品の購入後にレシートをアップロードするだけでキャッシュバックが受けられるというもの。

 商品メーカーなどブランド向けには実際に売れた分だけ報酬を支払う「成果報酬型」のモデルをとった。マス広告など成果が読みづらい媒体に広告費を払うことと比べ、ブランド側はリスクなく販売網を広げることができる。

 このアプリを同社は直接消費者にサービスを届けるという意味で「D2C」モデルと位置づける。しかしこのアプリ自体の成長は最終目的ではなく、むしろ後に来る「Ibotta Performance Network(IPN)」というビジネスを登場させるための周到に計画された「第1幕」であった。

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Ibottaアプリから商品を購入するとキャッシュバックを受け取ることができる(S-1資料より引用)

 特に米国の成人の60%が給料ぎりぎりの生活を送っているといい、日々の出費を手軽に抑えられるこのアプリは、口コミの力もあり爆発的に広まった。このD2Cアプリを通じて、同社は下記3つのビジネス上極めて重要な資産を築き上げた。

1.消費者のユーザー基盤:アプリは5000万以上のダウンロードを記録し、消費財ブランドにとっては魅力的な巨大ユーザー基盤を形成した。

2.消費財ブランドとのネットワーク:850社以上のクライアント、2400を超えるブランドと直接契約を結び、様々な消費財を購入できるプラットフォームになった。

3.膨大な行動データセット:レシート処理、購買認証、決済処理といったコア技術を開発・改良すると同時に、数億枚のレシートから得られる消費者行動に関する膨大かつ独自のデータセットを構築した。

 要するにIbottaは、自社アプリを通じて「キャッシュバック」を銘打てば多くのユーザーを惹き寄せられること、そのユーザー向けの商品提案を「成果報酬型」でできればブランド側の収益がリスクなく上がること、この2点を証明した。これがのちにWalmartなど巨大ブランドを自社ネットワークに呼び込む上での強い交渉力となる。

真の狙い「Ibotta Performance Network(IPN)」の誕生

 2020年、同社は「Ibotta Performance Network(IPN)」という、真に狙っていたビジネスを本格的に始動させた。消費財ブランドが、パブリッシャーを通じて消費者にデジタルプロモーションを配信することを可能にするプラットフォームだ。

 例えば、レゴやネスレといった消費財ブランドが、WalmartやDollar General(ディスカウントストア)などのECサイト/アプリなどのパブリッシャー上でプロモーションを付与できるというもの。要するに、Ibottaアプリ上ではなく、第三者の媒体上でブランド側が特典オファーを出すことができる仕組みである。

 これは単なる新機能の追加ではなく、事業モデルをB2CからB2B2Cへとピボットすることを意味する。その仕組みは「Rewards as a Service(RaaS)」とも表現される。

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Walmartアプリ内でプロモーションオファーができる(S-1資料より引用)

 Walmartなどパブリッシャーにとっての価値はなんといっても、何百何千ものブランドとの交渉をすることなく、彼らが提供している最新のデジタルプロモーションの情報を取得し、それを消費者に提供できることだ。技術開発も営業組織も必要ない。

 ネスレやコカ・コーラなど消費財ブランドにとっては、一度IPN上でキャンペーンを組成するだけでWalmartやDollar Generalを含むリテール大手の持つ膨大な消費者リーチを獲得することができるのが魅力だ。各リテーラーとの個別交渉を完全に不要にし、ワンストップでプロモーションを管理できる。

 重要な差別化要因は「成果報酬型(Pay-Per-Sale)」モデルである。従来の広告がインプレッション(CPM)やクリック(CPC)に対して課金されて売上を保証しないのに対し、Ibottaのモデルではクライアントは「プロモーションが実際の売上につながった場合にのみ」料金を支払う 。これによりブランドはリスクを大幅に低減し、測定可能な広告費用対効果(ROAS)を得ることができる。平均ROASは7倍にも達するという。

Walmartが支える成長と「紙→デジタル」シフトの追い風

 財務状況をみると、やはりWalmartとの戦略的提携が大きな成長ドライバーとなっている。2022年第3四半期にWalmartの有料会員向けにIPNの利用が開始され、2023年第3四半期にはWalmart.comの全顧客へと拡大した。

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増収が続き、利益は大幅拡大している

 これにより提携以前はごくわずかだったサードパーティ・パブリッシャー経由の売上は、2023年度に約8000万ドルに急増し、2024年度にはさらに125%増の1.9億ドルに達した。全体売上の約半分を占める規模であり、大部分はWalmartによるものだ。

「リディーマー(特典利用者)」の数は、2022年度の290万人から2023年度には820万人、2024年度には1470万人へと飛躍的に増加した。この成長のほぼすべてが、サードパーティ・パブリッシャー経由のユーザーによるものである。いかに自社アプリモデルからの戦略的展開が奏功したかがうかがえる。

 IPO(株式新規公開)後、2024年8月にはInstacart、2025年1月にはDoorDashと提携を発表。Walmartなど小売大手のみならず、様々なリテールテック大手も惹きつける魅力があることの証左となっている。

 反対に自社アプリのユーザーは減少に転じているが、これは「自然な顧客の移行」と同社はみる。各種パブリッシャーでプロモーションを享受できるようになったことで、いわばカニバリゼーションが起こり、「想定どおり」顧客が移動したと受け止めている。

 いうまでもなくIbottaがターゲットとする市場は広大だ。米国の消費財ブランドは、プロモーションや広告に年間約2000億ドルを費やしている 。Ibottaの2024年度の売上高(3.7億ドル)は、わずか0.2%にも満たない。

 業界のトレンドも追い風だ。紙クーポンからデジタルプロモーションへの移行、成果が測定可能なパフォーマンスマーケティングの需要の高まり、リテールメディア広告への注目など現代の小売マーケティングの主要な潮流のまさに交差点に位置している。

(文=干場健太郎)

干場健太郎

干場健太郎

日本経済新聞やStrainerにて記者として国内外の企業・サービスに関する取材・記事執筆を経験。現在はヘルスケアSaaSの会社役員。