アリババがスマートグラスの覇権を握るか…視界のEC化と“24時間の壁”の突破

●この記事のポイント
・アリババの新型スマートグラスは、着脱式バッテリーで24時間稼働を実現し、視界に映る商品を即購入できる「視界のEC化」を推進。Google Glassが越えられなかった実用性の壁を突破した点が大きな特徴だ。
・同製品は、AI(Qwen)・EC(Taobao)・決済(Alipay)を統合し、視覚情報をそのまま購買行動に変換する“装着型スマホ”。アリババ経済圏への誘導を強化する戦略的デバイスとして位置づけられる。
・欧米や日本ではプライバシー問題で普及に制約があるものの、中国では巨大市場を背景にAI精度が加速度的に向上する可能性が高い。日本企業への示唆として、ハード単体でなく「サービス誘導の出口設計」が重要だと指摘できる。
グーグルグラスが登場したのは2013年。あれから10年以上、スマートグラスは繰り返し話題になりながら、一般消費者に広く普及することなく“ガジェットの隅”に追いやられてきた。その理由ははっきりしている。バッテリーが短すぎ、実用的なアプリがなかった──この二つだ。
メタ(Ray-Ban Smartglasses)が再び市場を盛り上げているが、その用途は撮影やSNS投稿に偏っている。いわば「短時間の遊び」だ。
一方、アリババが11月27日に発売した 「Quark AI Glasses」 は、この過去の遺産をすべて書き換えにかかっている。ポイントは二つ。バッテリーを物理的に交換できる“力技”と、AI×ECという圧倒的に強い実利性だ。ITジャーナリストの小平貴裕氏は、「アリババはガジェットを作ったのではありません。“生活インフラの新しい形”としてスマートグラスを再定義したのです」と語る。
スマートグラスは“おもちゃ”から“当たり前の道具”へ。Quark AI Glassesは、その潮目を変える起点になりつつある。
●目次
- 「充電のために外す」というウェアラブル最大の矛盾を潰す
- 「見てすぐ買う」──視界そのものをマーケットに変える国家級の戦略
- 米巨大テック企業との立ち位置の違い──アリババはどこが異なるのか
- グローバル展開の壁──それでも脅威は消えない
- 日本への示唆──ハードのままでは勝てない
「充電のために外す」というウェアラブル最大の矛盾を潰す
従来のスマートグラスは、軽量化とデザイン性を追求するあまり、バッテリー容量の拡張が犠牲になった。その結果、「数時間で電池切れ」「常用に耐えない」という致命的な弱点を抱えていた。
アリババは、この根本的な矛盾に真正面から切り込んだ。着脱式バッテリーにより、24時間連続利用を可能にした。
これは単なる技術的な小細工ではない。スマートグラスが“スマホの代替”たり得るために最も重要な条件、つまり 「電池切れで使えなくならない」 を初めて満たしたという意味を持つ。
「スマホに勝てなかった最大の理由は、ウェアラブルの“バッテリーの弱さ”。アリババは力業に見えて、実は市場の核心を正確に突いています」(IT製品の専門家・石田健多氏)
電池が切れない。それだけで、人はデバイスを“身に着け続ける”ことができる。これは、アプリケーションの利用頻度やEC誘導に決定的な影響を与える。アリババは、そのビジネスインパクトを熟知したうえで、あえて“着脱式”というシンプルだが本質的な解を提示した。
「見てすぐ買う」──視界そのものをマーケットに変える国家級の戦略
アリババのQuark AI Glassesの真価は、ハードウェアではない。最大のポイントは、視界に映るすべてを購買行動の入口に変えるという構想だ。
グーグルの強みは検索、メタはSNSだ。しかしアリババは違う。アリババが握っているのは 「購買(EC)」と「決済(Alipay)」 であり、ユーザーの生活行動に最も近い“お金の流れ”そのものだ。
街中で見かけた服を注視すると、→ 同じ商品、類似品の価格比較が表示→ そのままTaobaoで購入→ 決済はAlipayで即完了。
レストランの看板を見れば、→ Dianpingの口コミ→ 混雑状況→ 周辺店舗のおすすめまで自動で提示する。
これは単なる「AIグラスの便利機能」ではない。視界がそのまま巨大なECモールになるということである。
アリババの狙いは、ハード売上などではない。Quark AI Glassesは、Qwen(アリババのLLM)を通じてユーザーの視覚情報を独占し、自社経済圏へ誘導する究極の装置である。
「グーグルが挫折した“視覚情報のリアルタイム理解”を、アリババはバッテリーとEC経済圏を武器に完成させつつある。スマートグラスは『第二のスマホ』になり得ます」(同)
Quark AI Glassesは、検索すら不要にする“ポスト検索時代の入口”となる可能性すらある。
米巨大テック企業との立ち位置の違い──アリババはどこが異なるのか
メタは「楽しい体験」を売る。撮影、SNS投稿、音楽──いわば“エンタメ主体”だ。
一方アリババは、実利性と日常効率を徹底して追求する。翻訳、OCR、リアルタイム検索、ECへの即時誘導。中国市場では、娯楽よりも実用性が圧倒的に強い。
「中国では“すぐ役に立つ”ものから普及する。アリババの戦略は、まさにその文化的特性にフィットしています」(小平氏)
グーグルは膨大な検索データを持つが、一般向けのスマートグラスを持っていない。一方アリババは、ハード(グラス)、ソフト(Qwen)、購買・決済(Taobao+Alipay)、この3点セットを同時に持つ。
特に“視界→購買”という導線は、Googleが苦戦してきた領域だ。アリババは、10年遅れて参入したように見えて、実は“完成形”のタイミングで登場してきたとも言える。
グローバル展開の壁──それでも脅威は消えない
Quark AI Glassesが国際市場で直ちに受け入れられるかといえば、答えはNOだ。理由はプライバシーとセキュリティリスクである。
●欧米・日本での高いハードル
・カメラ付きデバイスへの抵抗
・視覚データの扱いへの不信感
・中国製AIへの政治的・規制的懸念
これらは無視できない。アリババ製のデバイスが欧米と同じ基準で受け入れられる可能性は高くない。
しかし、だからといって油断はできない。中国国内は、世界最大級のウェアラブル市場であり、1.4億人を超える中間層が存在する。中国国内だけで圧倒的なデータ量が生まれ、AIの精度が急速に進化する可能性がある。
ハードはローカルで普及し、AIはグローバルで競争力を持つ──この構造が、グーグル、メタ、OpenAIにとって脅威にならないはずがない。
日本への示唆──ハードのままでは勝てない
アリババのQuark AI Glassesは、「高機能なメガネ」ではなく、身体に装着できるスマホに近い。そしてその真価は、ハードでもAIでもなく “購買という出口”を押さえている点にある。
日本企業も、光学技術や筐体設計では十分に勝負できる。しかし最大の弱点は、「そのデバイスでユーザーをどのサービスに誘導するのか」という出口戦略の欠如だ。
ある日本の技術経営者は語る。
「日本企業はハードを作るのは得意だが、エコシステムで稼ぐ設計が弱い。アリババは“視界の入口から決済まで”を一気通貫で押さえている」
アリババのグラスは、デバイスとサービスの融合がいかに強力かを示す象徴的な事例だ。そしてこれが、次の10年のスマートグラス競争の中心軸になることは間違いない。
視界のEC化と24時間の壁突破。この二つを実現したアリババは、ハード市場の“後発”ではなく、むしろ“ポストスマホ時代の先頭走者”になりつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)










