業績不振の老舗梅干し店が海外進出でV字回復…中小企業は「越境EC」に活路あり!

●この記事のポイント
・売上55%減の危機にあった創業150年の老舗梅干し店が、越境ECサイトの立ち上げでV字回復を果たした。
・成功の鍵は、コストをかけず自作サイトから始める「スモール・トライ」と、顧客の声に基づく地道な改善だ。
・英語が苦手でもAmazonなどを活用すれば、日本の「いい物」は世界100カ国以上に売れると実証している。
国内市場の縮小が叫ばれる日本企業にとって、海外市場への進出は急務ともいえる課題である。しかし言語や為替などの障壁がネックとなって二の足を踏む企業は多い。そうしたなか、海外販売に乗り出し、大きな成果を上げている老舗企業が存在する。それが、神奈川県小田原で150年以上続く梅専門店「ちん里う本店」だ。常務取締役のゾェルゲル・ニコラ氏に海外市場に挑んだ経緯と成功の秘訣を聞いた。
●目次
海外市場は無限大
「私たちのような小さな会社からすると、海外市場は無限ともいえる大きさです」
そう語るゾェルゲル・ニコラ氏は、2012年に立ち上げた越境ECサイト「NIHON ICHIBAN」を通じて現在、世界中に日本の商品を販売している。
「自社の梅関連商品からスタートし、今は日本生まれの“いい物”や“本物”を世界に輸出しています。主なカテゴリーは伝統食品と工芸品。サイトは英語表記なのでアメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダからの注文が中心ですが、ほかにも全世界100カ国以上から注文が来ています。最近は日本酒も扱うようになり、現時点で22の酒蔵と契約。南アフリカやドイツ、デンマーク、メキシコにも輸出しています。世界各地のレストランが主なお客さんで、お醤油なんかも売れていますよ」

ドイツ出身で独仏ハーフのゾェルゲル氏が同社の経営に携わるようになったのは2010年のこと。ドイツで出会って結婚した日本人女性が、家業の「ちん里う本店」の五代目を継いだのがきっかけだった。しかし当時「ちん里う本店」の経営は厳しい状況にあったという。
「百貨店やお中元、お歳暮など、かつて会社を支えていた売上がみるみる減っていた。調べてみると、それまでの10年間で売り上げが55%も落ち込んでいました。そうなると従業員のモチベーションも下がりますし、かなり大変な状況で。日本の老舗企業は家族や社員が一丸となって経営しますよね。だから私も妻と2人で引っ張っていくしかないと思ったんですが、自分は梅干しを作る職人タイプではない。それなら得意な財務やITを生かせないかと考えました」
こうして夫婦は代々続く老舗を守るため、店舗の改装や新商品の開発など、経営刷新に着手する。なかでもゾェルゲル氏が可能性を感じたのは、海外への進出だった。
「日本の人口自体が減っている以上、海外に踏み出さなければ先はないと思いました。初めは宣伝を兼ねてFacebookとTwitter(現X)で海外向けに日本の言葉や文化を紹介するブログを始めたところ、1年ほどで10万人近くからフォローされた。それで海外に市場があることを実感したんです。そのことから越境ECを始めることにしました。それが『NIHON ICHIBAN』です。おかげで今は経営難から脱却し、業績を2倍に。現在は会社の売上の6割以上を海外への販売が支えています」

越境ECサイトを0から開設
ゾェルゲル氏はドイツ出身。大学卒業後、SONYドイツ法人などで財務・ITの経験を積み、縁あって来日。T-Systemsジャパンで副社長兼CFOを経て、前述したように、妻の実家が営む「ちん里う本店」の経営に参画。2012年、越境ECに挑戦することを決意する。
では、「NIHON ICHIBAN」をどのように軌道に乗せていったのか。取り組みを3つのステップで話してもらった。
ステップ1:費用をかけないために越境ECサイトを自作
「以前は大手企業にいたので、ノウハウや人脈で簡単に成功できたと思われがちですが、現実は真逆でした。無駄なコストは一切かけられない状況だったため、まずは自分で簡単なウェブショップを作ってスタートしたんです。日本の商習慣も、越境ECもわからず、最初は失敗続きでした。
初めて売れた商品は梅酒。しかし、郵便局に商品を持ち込んだところ、『アルコールはアメリカに送れない』と言われて初注文がキャンセルに。オーストラリア行きの40kgの本わさびが税関で許可が下りず廃棄になったこともあります。品目欄に“Fresh Wasabi(生わさび)”と書いたのが原因で、生態系保護の観点から『Fresh』という単語が厳しく扱われる国だったんです。今は“Real Wasabi”と表記しています(笑)」
ステップ2:品揃えを広げ、集客力を強化
「最初は自社商品だけでしたが、“海外に売りたいけれど方法がわからない”という地元の老舗仲間から声をかけられ、他社の商品も扱うようになりました。利益が出始めると、今度は自分で全国の老舗を訪ね、在庫を持つことも視野に入れ、取り扱い交渉を進めました。現在は約300社、8000点のアイテムを販売しています。
商品数が増えたことで、SEO効果も向上。幅広い検索ワードに対応できるようになり、今でも広告費はほぼゼロです」
ステップ3:DXで業務を効率化
「品揃えが増えるほど、在庫管理や通貨、配送のオペレーションが複雑化しました。そこで、注文処理の自動化や顧客データ分析ができるERPシステムを導入し、販売から生産まですべての情報を一元化。DXを一気に進めました。このあたりは前職の経験が生きているかもしれません」
成功の秘訣はいたってシンプル
こうして10年の月日をかけて徐々に売上を拡大してきた同社だが、ゾェルゲル氏が語る成功の鍵は特別なことではない。
「結局、やってみないとわからないということです。例えば日本の風鈴。NIHON ICHIBANでは100種類ほどの風鈴を扱っていますが、あるときお客さんから“短冊にメッセージを書いてほしい”とリクエストをいただきました。そこでプラス250円で希望の文言を日本語に訳して入れられるようにしたんです。すると今度は、“短冊だけ売ってほしい”という注文が来るようになった。それで短冊を単独の商品にしてみたところ、本当に売れて、今では50以上のレビューが付く人気商品になりました。こんな展開になるとはまったく予想していませんでした。でも、こうしたことの連続なのです」

「和蝋燭も見た目が可愛いと思って扱い始めたのですが、それだけでは売れませんでした。あるときオランダ人のスタッフが、“和蝋燭は石油ではなくて木から作られる蝋、つまり植物由来だからヴィーガン蝋燭だ”と言ったんです。それで『ヴィーガン・フレンドリーな蝋燭』と打ち出してみたら、売れるようになった。やっぱり、ただ売りたいという気持ちだけではダメで、誰が、なぜ、買うのか、その人はどこにいるのか、お客さんの反応を見ながらきめ細かく考えるのが非常に大切なんです。
そして、やってみる。その結果が思った通りにならなければ、またきめ細かく考えて試す。その繰り返しです。ですから私は想定外のリクエストでも面倒がらずに対応します。そこから一気に広がることを何度も経験してきたのですから」

海外進出の最初の一手はコレがオススメ
昨今のインバウンド・ブームに見られる海外からの日本に対する興味は、決して一過性のものではないとゾェルゲル氏は語る。
「例えば、名人が揚げた美味しい天ぷらを食べたら、スーパーで売ってる冷めた天ぷらでは物足りなくなりますよね。外国人の日本文化に対する反応も同じです。日本で本場のおいしいお寿司を食べたら、自国のスーパーで売っているお寿司じゃ満足できなくなる。丁寧に手作りされた器を使ったら大量生産の食器はつまらない。そう考えると日本特有の本物の魅力は一時的なブームで終わるようなものではない。
それに、日本は海外からすると、日本人にとってのフランスと同じで一度は訪れてみたい国の一つです。自分も日本の食文化には昔からずっと興味がありました。工芸品の方は詳しくありませんでしたが、NIHON ICHIBANがきっかけで各地の職人さんを訪問するようになり、自らの目で製作工程を見る内にどんどん夢中になった。それだけ日本の伝統産業が持つ品質や歴史には魅力があると思います。
特にこれからのAIの時代、3Dプリンティングの時代においては、どの製品も物としての価値自体が希薄になっていく。だからこそ伝統産品のような一つひとつが異なる、手作りの価値を持つ製品は、魅力を増していくだろうと思っています」
とはいえ海外進出となると、高いハードルを感じてしまう人も多いだろう。しかしゾェルゲル氏は誰でもできると断言する。
「海外販売を始めるのは本当に簡単になりました。今は翻訳アプリもあるし、ブラウザにも翻訳機能が付いている。英語が苦手でもできるんです。おそらくもっとも簡単なのは、Amazonアメリカのマーケットプレイスでの販売です。管理者画面は日本語表示も設定可能なので、マーケットプレイスの使い方さえ覚えてしまえばアメリカ向けでも同じことができます。
発送もアメリカのAmazon倉庫に商品を送れば、そこから出荷して、お客さんとやりとりしてくれる。利用料も、高くても月40ドル程度なのでローリスクです。本気で売りたい物があるのなら、試してみないのは本当にもったいない」
成果を生み出すスモール・トライ
地道な試行錯誤を続けた結果、同社は彼の妻が5代目に就任以降、売上が2倍にまで拡大。見事V字回復を果たした。その一番の要因を聞いたところ、ゾェルゲル氏は「スモール・トライ」と即答した。
「今もNIHON ICHIBANはスタッフと2人だけで運営しています。だから本当に小さな工夫の積み重ねです。どうしたら成功するか、それは誰にもわかりません。自分も最初の決算書を見た時は正直、1年頑張ってこれだけかって思いました(笑)。だから長く続けるしかない。
でも重要なのは、ただ待つだけではなく改善し続けること。例えば商品の説明はどういうふうに直したらいいか、それは今でも常に考えています。毎月1パーセントの改善でも、継続すれば数年後には何倍にもなる。だから私は毎日、今日は何を改善できたかを自分に問いかけるようにしています。するべき業務が多いので大変ではありますが(笑)」
ドイツから来日し、それまでのキャリアとは異なる未知の世界に踏み出し、大きな成果を得たゾェルゲル氏は今、さらに大きな目標を掲げている。
「私のミッションは日本文化を世界中に広げること。そのために日本の老舗を守る団体を作りたいと思っています。今、日本の伝統産業は国内市場の縮小だけでなく、若手の職人不足や後継者問題という大きな課題を抱えています。例えば職人さんの人材マッチングであったり、老舗同士がお互いをサポートし合えるような仕組みを作りたい。私は今55歳ですからあと15年は仕事ができる。その間に実現できれば、自分のミッションは達成できたと言えるかなと考えています」
(文=米津香保里/経営者の担当編集者)
(プロフィール) ゾェルゲル・ニコラ 150年続く梅専門店「株式会社ちん里う本店」常務取締役。1969年ドイツ生まれ。日本人女性との結婚を機に妻の家業である「ちん里う本店」の経営に参画。2012年、日本の「いいもの」「本物」を世界に届ける越境ECサイト「NIHON ICHIBAN」を立ち上げ、8000点以上の商品を100カ国以上に販売するまでに成長させる。日本を愛し、日本の伝統産品の魅力を世界へ橋渡しすることを自らの使命としている。
NIHON ICHIBAN https://anything-from-japan.com











