住友生命は14年度に新たに入社する営業職員約6,000人と入社2年目以内の新人営業職員約4,500人を対象に、基本給を月平均1万円引き上げる。富国生命は主任以上の職員約3,800人の基本給を引き上げることで労働組合と妥結。日本生命や明治安田生命、朝日生命保険も営業職員の賃上げで交渉している。「基本給を上げない企業も、能力給の歩合率を高めるなどして実質的なベースアップを実行する考えは同じ」と業界関係者は明かす。
各社は賃上げの背景を「優秀な人材を確保するため」と説明する。護送船団方式は昔の話といえ、生保各社が販売する商品にほとんど差異はなく、独自性の高い商品を投入しても「賞味期限は半年」と言われる。なぜなら、業界内では優れた生命保険商品が出ると、他社がすぐに似た商品を販売するからだ。
結果的に会社の知名度の高さや、営業職員の腕が販売を左右する。少子高齢化の進行で人材の確保が難しくなるのが確実な中、アベノミクスで市況が好転し運用環境が大幅に改善した追い風を受け、少しでも優秀な営業職員を確保しようと各社が賃上げに動いたというわけだ。
しかし、これを言葉通りに受け取る関係者は少ない。ある生保幹部は「今回の賃上げは好業績であったこともあるが、営業職員を懐柔する意味が大きい」とささやく。生保業界では長らく営業職員による販売チャネルが主力だったが、最近は複数の保険商品を扱う保険ショップが台頭。大手の中にはインターネット販売の事業化を検討する企業もあり、「営業職員は自分たちのチャネルが大幅に小さくなるのではという危機感を持っている。営業現場でも販路の多様化への不満はくすぶっている」(業界関係者)という。また別の大手生保幹部は「生保レディーを中心とする営業職員チャネル経由の販売が全体の5~6割を占めるため、彼女たちにへそを曲げられたら困る」と現場を刺激するのを避けたい姿勢を隠さない。
●加速する販路多様化
しかし、経営側としては中長期的に営業職員以外の販売チャネルを広げる動きを否定するつもりはなさそうだ。住友生命は、昨年末に保険ショップの最大手「ほけんの窓口」グループに出資。議決権ベースで約8%の株式を保有しており、第3位株主となった。ほかにも第一生命は、損保ジャパン子会社の損保ジャパン・ディー・アイ・ワイ生命保険(DIY生命)の買収を決定。約50億円を投じて買収し、保険ショップ向けの安価な保険市場に参入する。
各社は「今後も営業職員チャネルが主流」と語るが、販路が多様化して、全体に占める比率が低下することは否定しない。「賃上げ」というアメで営業職員を懐柔しながらも、新たなビジネスモデルをしたたかに模索する動きが静かに強まっている。
(文=黒羽米雄/金融ジャーナリスト)