スポーツクラブ業界、なぜ専門型化?高齢化社会に合わせ介護施設、若者向けに女性専用施設
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
夏の暑さが去って過ごしやすくなった。「スポーツの秋」を実感するかのように、公園などでスポーツをする人の数も、真夏に比べて増えてきた。
ところで、ビジネスの世界ではスポーツをマーケティングの視点から整理し、Seeスポーツ(観るスポーツ)と、Doスポーツ(自分でするスポーツ)に分けて考えることも多い。この2つは、ときに連動もする。例えば五輪で観た日本水泳陣のメダルラッシュが刺激となって、全国各地のスイミングスクールで水泳を習う会員が増えるといった具合だ。
そこで今回は、スポーツクラブ大手・ルネサンスの事例を紹介しよう。
約4000億円市場を支えるのは中高年
スポーツクラブ(フィットネスクラブとも呼ばれる)業界の市場規模は約4000億円といわれる。一時は伸び悩んでいたが、近年の健康志向も手伝って堅調に拡大してきた。なかでも平均1万円程度の月会費を負担できる中高年世代が市場を支えている。
業界首位のコナミスポーツ&ライフと2位セントラルスポーツに続くのが、ルネサンスだ。同社の売上高は406億6091万円、経常利益は22億246万円(2014年3月期)で、10年余で売上高は約2倍に拡大した。東証一部上場企業でもある。
現在、同社は北海道から九州まで国内に120以上の施設を持ち、総会員数は約40万人。そのうちフィットネス会員(ジム・スタジオ・プールを自由に使える会員)が約25万人、スクール会員(毎週決まった時間に通う会員)が同15万人となっている。
同社の前身は、大日本インキ化学工業(現DIC)の技術者だった斎藤敏一会長が、1979年に社内ベンチャーとして発足させたディッククリエーションだ。現在もルネサンスはDICの関連会社である。
その歩みを見ると、戦後ニッポンのレクリエーション史の一端も示しているようだ。
「余暇を楽しむ」風潮に乗って急成長
同社の社名は、中世の西欧で起きた芸術・思想上の新しい動きである「ルネサンス」(人間性の回復・再生)から取ったという。
斎藤氏は大日本インキに入社直後、海外留学第一号としてスイスに研究留学した。スイスでは地元の人を見習い、平日は研究活動を終えたらコンサートに足を運び、休日はハイキングをするなど、余暇を楽しむ生活を満喫した。現地で知り合ったイタリア人の故郷・フィレンツェを訪れ、ルネサンス時代から残る文化に衝撃を受けたことが、現社名着想の発端だった。
それが日本に帰国後は「モーレツサラリーマン」の時代で、会社と自宅を往復する日々。そんな単調な生活がイヤで、仲間を募り落語同好会を立ち上げ、次いでテニスサークルを始めた。さらに、華道や書道などのカルチャーセンターの運営もスタートさせた。
「何よりも自分が楽しみたいから、落語やテニスを始めた」と笑う斎藤氏だが、現在でいうワーク・ライフ・バランスの試みでもあった。70年代後半からは仕事一辺倒の風潮を見直す時代となり、余暇の過ごし方に注目。仲間内で始めた事業も拡大していった。
やがてテニススクール事業に進出し、79年に千葉市幕張にインドア型の「ルネサンステニススクール幕張」を開業したのが、同社の本格的なスタートだ。
テニス業界は今、錦織圭の全米オープン準優勝によって沸いているが、開業当時もビョルン・ボルグ(スウェーデン)やジミー・コナーズ、ジョン・マッケンロー(ともに米国)らが4大大会で活躍した時代で、若い女性の間でテニスは大人気だった。テニススクール幕張では、採算を2000人で見込んでいたところ、3300人もの会員が入会したという。
その後、カルチャー事業から撤退し、スイミングスクールやジムを併設する総合型スポーツクラブとして全国展開するようになった。
顧客の「息抜き」と「生きがい」を訴求
バブル時代は、一部で入会金が100万円を超える超高級スポーツクラブも存在したが、現在は庶民的な価格で運営するスポーツクラブが大半だ。これはバブル崩壊後、特に20~30代会員の退会者が続出して、各社の経営が厳しさを増した経験から学んだ。
消費者にとって不要不急の支出となるスポーツクラブは、経済不況の影響を受けやすい。
そうした不況を逆手に取り、「入会金ゼロ」キャンペーンを行い、人気を呼んだのはピープル(現コナミスポーツ&ライフ。当時はマイカル系)だ。利用できる時間帯を分けて「モーニング会員」「デイ会員」「ナイト会員」を設定して業績を伸ばしたのも同社だった。
冒頭に紹介したように、現在のスポーツクラブは中高年、なかでも高齢者が支えている。各種の統計データを見ても、60~70代のスポーツクラブへの支出は他の世代に比べて多い。
元気な高齢者もいれば、社会生活への復帰をめざす高齢者もいる。最近のルネサンスは「ルネサンス リハビリセンター」や「ルネサンス 元気ジム」といった通所介護施設をオープンさせている。例えば元気ジムは、フィットネスに特化したデイサービスだ。
通常の介護施設と違い、リハビリの専門家である理学療法士や介護予防運動指導員が常駐し、身体機能を回復させて「リハビリからの卒業」を目標としている。実際に回復して通常のスポーツ施設に復帰した会員もいるという。入院や投薬などによる、高齢者の医療費負担を軽減する一翼も担っているのだ。
若い世代の会員獲得が急務
このように、高齢化社会の進展でスポーツクラブの役割も変わってきたが、中長期的な経営では、20~30代の会員獲得も急務だ。同社も若手世代に向けた取り組みを行っている。
例えば女性専用施設として「ドゥミ ルネサンス」も展開している。ここは靴を履かない「ノンシューズフィットネス」でリラックスしながら、ヨガやピラティス、ベリーダンスなどができる施設だ。初回体験レッスンを1080円(税込)に設定したり、会費割引のキャンペーンなどで費用負担を抑える訴求も行い、事業は非常に好調だという。
こうして見てみると、スポーツクラブの業態もかつての「総合型」から「専門型」へと、どんどんシフトしてきた。施設の立地展開でも、世代による志向を無視できない。若い女性向けには、施設利用後に外食が楽しめるような場所への出店が好まれ、定年退職後の世代には、自宅や病院に近い場所が喜ばれる。
多様化する消費者ニーズの「何に、どのように応えるか」は、どの業界であっても共通だ。スポーツクラブにも消費者の潜在意識を掘り起こし、訴求する力が求められている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)