サードポイントは米大富豪ダニエル・ローブ氏が2001年に立ち上げたファンドで、現在の運用資産総額は1兆円を超えるといわれる著名ファンドだ。米ヤフー、サザビーズ、ダウ・ケミカルなどに投資し、取締役を送り込んで企業価値向上に向けプレッシャーをかける、典型的なアクティビストファンドとして知られている。
日本でもこれまでにソニーやソフトバンク、IHIの株式を取得しているが、基本的にサードポイント自身の名義で取得するのではなく、複数の外資系金融機関の証券管理口座名義で取得しているので、保有割合を大量保有報告書などの公表データから把握することはできない。このため、情報はサードポイントが投資家に送る報告書と、同社がメディアの取材に応じて回答した内容に限定される。ソニーの場合は、7%程度という保有割合の数値も、昨年秋に株式を売却して撤退したという事実も、サードポイントが投資家に送った報告書から判明した。
アクティビストファンドは、取得した株式の発行企業には手厳しい。サードポイントから経営改善に関して何もコメントされていないのはソフトバンクくらいで、東京・豊洲に広大な不動産を所有するIHIについては、「不動産事業を分離すれば株主価値はさらに上がる」と要求しているとされ、ソニーにはエンタテインメント部門の分離と上場を要求し、ちょっとした騒ぎになったことは記憶に新しい。
かなり「変わっている」企業
そのサードポイントの新たな標的に選ばれたのがファナック。グローバル企業でありながらかなり変わっている企業で、本社は富士山の麓、山梨県南都留郡忍野村にある45万坪もの広大な敷地を有する「ファナックの森」の中にある。アクセスはひどく不便で、東京・新宿から山梨県・大月まで特急スーパーあずさで行き、富士急行に乗り換えて終点の富士山駅で降り、さらにそこからバスかタクシーで20分かかる。新宿からざっと3時間弱の行程だ。
筆者は今から27年前の1988年にリース会社の営業担当者としてファナック本社を訪れたことがある。深閑とした森の中に突如黄色い建物が現れ、第一印象はまさに秘密基地。社員は管理部門の人も全員黄色い制服を着用していた。スーツではなく、建設現場の作業員が着ている作業服のようなものだ。筆者が訪れた頃はバブル前夜で、円高不況も去って世の中はだいぶ明るくなっていたが、この会社は節約モード全開。蛍光灯を間引きしていたので廊下は昼間でも薄暗く、社内はひっそりとしていた。
ファナックは富士通のNC部門が分離独立するかたちで72年に設立されている。4年後の76年には早くも上場。富士通時代からNC部門リーダーを務め、ファナックを世界トップ企業に育てた中興の祖が稲葉清右衛門氏だ。75年から約20年にわたって社長、会長を務め、相談役名誉会長に退いたのが2000年。3年後の03年5月に社長に就任したのが、清右衛門氏の長男で現社長の善治氏。もっとも清右衛門氏への権力集中は、会長就任後のほうが加速したといっていい。
偉大なる創業オーナーを頂く企業に多いケースだが、実は稲葉一族はファナック株式をほとんど保有しておらず、清右衛門氏は創業者ではあってもオーナーではない。長年富士通が約4割、富士電機が約4%を保有し、両社で5割弱を押さえていたためか、かつては上位株主の顔触れは銀行や年金資産運用機関ばかり。年間売買高も発行済み株式総数の半分程度でしかなく、世界的に有名な企業でありながら外国人持ち株比率も2割に届かないという会社だった。
だが、富士通が持ち株を処分し始めた03年以降、徐々に変化が現れる。03年11月に発行済みの10%というまとまった量を公募で売り出し、それ以降は少しずつ処分していく方法をとった。富士通が保有株を放出するたび、会社側は自己株取得を繰り返したが、大量の株が市場に流入した結果、売買は活発化し、瞬く間に上位株主には外資系金融機関の資産管理口座がずらりと居並ぶことに。外国人持ち株比率も年々上昇し、ついに5割を超えたのが11年。富士通が株を放出するたびに自己株取得を続けてきたため、ファナックは現在、発行済みの約18%の自己株を保有しており、サードポイントが目をつけたのもこの自己株。
もともとEPS(一株あたりの当期純利益)やBPS(一株あたりの純資産)は、発行済み株式総数から自己株を除外した株数を分母にして計算するが、企業が第三者割当や公募などで放出すれば、これらの数値の計算上の分母は発行済み株式総数に戻るので、数値は下がる。ゆえに償却してくれると株主としては後顧の憂いから解放される。
巨額の現預金
そしてサードポイントが最も着目しているのが、この会社が持つ巨額の現預金だ。ファナックは14年12月末時点で8087億円もの現預金を持っている。この額は14年3月期の年商の1.8倍、15年3月期の予想売上高の約1.2倍に相当する。ローブ氏は日本経済新聞の取材に対し、この巨額現預金をもっと効率よく使うべきだと主張している。
ファナックは12年3月期、13年3月期の2期間で、減価償却費の3倍に当たる総額900億円の設備投資を実施しているが、直近の14年3月期は減価償却費183億円に対し、設備投資は139億円でしかない。この点は株主から問題視されてもおかしくないが、要は必要な投資をしていないわけではなく、現預金の額が巨額すぎるのだ。
実際にサードポイントが問題視しているのかは定かではないが、ファナックの情報開示姿勢も今後追及される可能性がある。2年ほど前までは、期初に出す業績予想は上期のみ。通期予想は中間決算発表時で、配当は予想を出さず期末に決定するまで公表しない。メディアの取材はいうに及ばず、アナリストのインタビューにすら応じなかった。企業HPも素っ気なく、過去3期分の決算短信と業績修正、それに配当決定のリリースしか載せないという徹底ぶりだった。つまりは、最低限度の開示義務を履行するのみで、「気に入らなければ株を買わなければいい」と言わんばかりのスタンスだったのだ。
だが、今では決算説明会は開催していないが、期初に中間業績予想を出し、HPには過去5年分の決算短信と、パワーポイントで作成した説明補足資料が載るようになり、会社の沿革や製品情報も掲載されるようになった。上場企業として当たり前のことだが、以前と比較して劇的な変貌といえる。
クーデターで中興の祖を排除
その劇的な変貌のきっかけは、13年秋に社内で起こったクーデターだ。国内7つの子会社で清右衛門氏が取締役を解任される一方で、副社長に就任した3人の取締役が代表権を取得した。この3人は同年6月に業績悪化の責任を取らされてヒラの取締役に降格させられていた元副社長だ。
この時は常務以上の役職者12人全員がヒラの取締役へ降格させられたのに、ただ一人社長の善治氏はおとがめなし。加えて清右衛門氏の孫が入社4年目で取締役に就任する人事だったので、明らかな同族支配強化だった。清右衛門氏はファナックを世界一の会社に育てた中興の祖とはいえ、オーナーではない。清右衛門氏はやりすぎたということか。この一件は「週刊東洋経済」(東洋経済新報社)がスクープしたが、どのメディアも追随しなかった。他のメディアは同社が取材に応じず記事にできなかったものと見られるが、このクーデター報道に株価は明らかに反応した。
致命的な急所
サードポイントは現時点では現経営陣をクビにすべきだとはしておらず、前出の日経新聞インタビューでも「事業面を変える必要はない」と答えている。
ファナックの最大のネックだった閉鎖性と同族支配は、改善方向に向かっている。何よりも15年3月期は前年比で売上高は1.5倍、営業利益は1.6倍を見込む。これだけの結果を出した現経営陣を、他の外国人株主はどう評価するのか。盤石な財務がこの会社に高い評価を与えていることも事実で、外国人といえども潤沢なキャッシュの流出を歓迎するとは限らない。
ただ、長年メディアと向き合うことを拒絶し続けたファナックには、おそらく危機管理広報のノウハウは蓄積されていない。危機に瀕した時にメディア対応を誤るリスクは甚大だ。同社に急所があるとしたら、それはメディア対応力である気がしてならない。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)