1人は次期社長候補と目されていた岡田大介・中国総代表兼丸紅中国会社社長兼北京支店長で、4月1日付で日清丸紅飼料顧問に転出した。もう1人は敏腕穀物トレーダーとして知られる若林哲・食糧部門長で、同日付で米子会社Pasternak,Baum&CO.,Inc.Directorに異動した。「買収した米穀物大手ガビロンの経営不振の責任を問われた懲罰人事」(業界関係者)とみられている。
丸紅は2015年3月期連結決算で、1200億円の減損損失を計上する。この結果、純利益は従来予想の2200億円から1100億円に半減する。巨額減損のひとつが、13年に2700億円で買収したガビロンの経営不振による減損だ。ガビロンは中国を中心に販売が伸び悩み、利益は計画を50億円下回る100億円にとどまった。収益計画を見直し、のれん代の減損500億円を計上する。1000億円強あったガビロンののれん代を今回の処理で半分に圧縮する。
岡田、若林両氏は朝田照男社長(現会長)時代にガビロン買収を牽引した。丸紅、伊藤忠の創業者である伊藤忠兵衛の末裔を妻に持つ岡田氏は、米カーギルなど穀物メジャーと渡り合える数少ない日本人だ。穀物ビジネスの世界では「ボリス」という愛称で呼ばれ、世界の穀物取引関係者にも一目置かれていた。
その岡田氏は06年、東食(現カーギルジャパン)で「穀物の世界を動かす25人」の1人に選ばれた世界的トレーダーの若林氏を引き抜いて業界を驚かせた。東食時代の若林氏は崩壊前のソ連で米カーギルを凌ぐ量のトウモロコシを売買するなど、世界に名を轟かせた。
岡田氏は、その後も穀物メジャー4社を渡り歩いた辣腕トレーダー7人を年俸数億円でスカウトし、穀物メジャーのお株を奪う積極的な人材投資で取扱量は急増した。
岡田氏が率いる穀物部隊が穀物メジャーの仲間入りするために勝負をかけたのが、米ガビロンの買収だった。穀物メジャーと呼ばれる企業は5社存在する。米カーギル、米アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、仏ルイ・ドレフュス、蘭ブンゲ、スイスのグレンコアである。ガビロンは、正確には準メジャーだが、米国ではADM、カーギルに次ぐ3位の穀物商社である。ガビロンの買収によって丸紅=ガビロン連合は一気に米国2位に躍り出て、穀物メジャーの一角を担うことになった。
中国での誤算
だが、ガビロンの買収は誤算が続く。最大の誤算は中国である。丸紅は12年5月にガビロンの買収を発表、同年9月に子会社にする予定だったが、12年秋以降、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中対立が激化したことが原因で、中国当局の合併・買収審査が大幅に遅れた。中国商務省は13年4月、丸紅によるガビロンの買収を条件付きで承認した。中国向け大豆輸出で首位の丸紅がガビロンを買収すれば、中国市場の寡占化が進むと判断し、両社の中国事業に以下のような厳しい義務を課した。
(1)中国向け輸出・販売業務を独立して行うこと。
(2)丸紅はガビロンから大豆を買い付けてはならない。
(3)市場情報を交換してはならない
これは事実上、中国でのビジネスを両社が一体となって行うことを禁じる内容である。中国では食料の安定確保のために、国有穀物会社の中糧集団を柱に据えている。中国の大豆輸入で首位の丸紅が、ガビロン買収で圧倒的シェアを占めることを阻止する中国の意図が見て取れる。
丸紅はガビロン買収後、中国でのビジネスが苦境に陥った。大豆販売をめぐり契約不履行(デフォルト)に直面し、丸紅の中国部門の社員3人が脱税の疑いで拘束された。日中間の政治的対立が経済関係に暗い影を落とした。
丸紅は大豆の輸入大国となった中国を無視することはできない。無理難題を突き付けられても中国市場から撤退するわけにはいかないのだ。丸紅がガビロンののれん代を減損計上した背景には、中国事業の厳しい事業環境がある。「中国という国のカントリーリスクに対する読みが甘かった」(業界関係者)との指摘もある。
問われる朝田会長の責任
丸紅は13年3月期に純利益が2000億円を突破した。13年4月に朝田現会長から社長を引き継いだ国分文也氏は、ガビロンの利益貢献を柱として16年3月期に純利益2500~3000億円への飛躍を目指した。非資源分野を強化してきた丸紅にとって、ガビロンは「丸紅の将来を背負う」重要な案件だった。これまでは、電力業界と紙パルプに強いといわれてきたが、いまや穀物が丸紅の主力事業だ。その穀物事業大躍進の立役者である岡田氏と若林氏の二枚看板が、ガビロンの減損計上の責任を問われ丸紅本社を追われた。
ガビロンの買収額2700億円と丸紅にとって過去最大の大型M&A(合併・買収)だ。ガビロン買収を決断したのは、当時社長だった朝田氏だった。巨額減損を受け、国分社長と朝田会長が2・3月の役員報酬を50%自主返上した。穀物事業のキーパーソンの2人は更迭されたが、最終決断した朝田会長は役員報酬の返上にとどまる。社内では「トカゲの尻尾切り」と見る向きも少なくない。
(文=編集部)