2017年1~3月期の米国の実質GDP成長率は、前期比年率で0.7%の伸びにとどまった。特にGDPの70%程度を占める個人消費の伸びは低調だったことに関してエコノミストらは、例年同様に天候要因から一時的に消費が鈍化したと指摘してきた。
しかし、大手自動車メーカーの販売減速や製造業の景況感の悪化など、4月に入っても米国経済の減速を示唆するデータは多かった。そのため、景気の減速が一時的か否か、先行きを警戒する投資家が増えてきた。
5月に入り4月の雇用統計が予想を上回ったことは、米国の景気減速が一時的なものであることを確認する機会になったといえる。雇用統計の発表後、6月の連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ予想が上昇し、世界的に株価も上昇するなど、強気な投資家は増えているようだ。
同時に、先行きへの強気な見方が市場全体に浸透しているとはいいづらい部分もある。特に、リスクオンの裏返しともいえる円売りの動きは緩慢だ。この背景には、中長期的な世界経済の見通しが不透明であることが影響しているようだ。
悲観から楽観へ―変容する世界経済の短期的な見通し
4月、世界経済の先行き見通しは、月の前半と後半で大きく変化した。上旬から半ばまでは、先行きへの不安が高まった。北朝鮮問題の深刻化に加え、消費を中心に米国経済の減速を示唆するデータが発表されたからだ。
4月半ば以降、状況は変わった。まず、中国が北朝鮮の今後に懸念を示し始めたことから、北朝鮮問題が鎮静化に向かうとの見方が広がった。米国の景気先行きへの懸念はあるものの、地政学リスクへの悲観論は行き過ぎとの見方が広まり、株やドルを買い戻し、先行きを見定めようとする投資家は増えた。
5月に入ると、目先の世界経済への見方は強気に転じた。特に、米国の労働市場の回復が確認されたことは重要だった。4月の雇用統計では、非農業部門の雇用者数が予想を上回る21.1万人の増加となり、失業率も約10年ぶりに4.4%まで低下した。米国経済の減速は一時的であり、緩やかな景気回復が続くと考える投資家が増えた。
欧州では、ポピュリズム政治が進行するか否かを見極めるうえで重要といわれてきたフランスの大統領選挙にて、マクロン氏が当選した。この結果に対してさまざまな指摘、分析があるが、欧州各国の連携を支えてきた中道派の政治が支持されたことは確かだ。それが先行きへの楽観的な見方を醸成している。
また、中国経済が安定していることも重要だ。習近平国家主席は、秋の党大会に向けて支配基盤の整備に力を入れている。北朝鮮問題が燻るなか、同氏は国内の社会心理が悪化することは避けたい。当面の景気を支えることは、習政権の最優先事項といえる。年内は金融政策を引き締め気味に運営しつつ、財政政策による景気の支援が重視されるだろう。
このように考えると、5月上旬の時点で、先行きの不透明感、懸念材料は少なくなってきたといえる。米国のS&P500株式指数全体の価格変動率を示す「VIXインデックス」は、足許、史上最低の水準で推移している。これは、投資家が先行きの株価が堅調に推移すると楽観していることを示唆している。
安定は一時的か 世界経済を取り囲む中国、欧州のリスク
ただ、「来年以降の世界経済がどうなるか読み切れない」と考える専門家もいる。先行きの見通しづらさが、投資家のリスク許容度を圧迫し、円売りを抑制しているのではないか。この問題を中国と欧州に分けて考えてみる。
足許の中国経済は、右肩下がりの経済を拡張的な財政運営によって支えている。金融取引の規制・監視強化を受けた国内への資金回帰から、資産価格も過熱気味だ。回復の持続性に懸念があり、不動産バブルの軟着陸(ソフトランディング)への不安もある経済をどう運営するか、中長期的な見通しは不透明だ。
加えて、鉄鋼業などでの過剰生産能力のリストラの進展、GDPの200%を超えた民間債務残高をどう減らすかなど、中長期的な経済動向に関する懸念材料は多い。
欧州にも懸念材料がある。ECBの金融緩和によりユーロ安が進み、ドイツなどの輸出競争力が高まることでユーロ圏の経済は回復してきた。今、ECBの金融政策が限界に近づいている。
マクロン氏の勝利を受け、ECB内部では金融緩和を重視する主な理由であった政治リスクが後退し、出口戦略を模索すべきとの意見が増えているようだ。早ければ、6月の理事会で今後の金融政策の方針などに関する文言が修正される可能性がある。その場合、かなり繊細な配慮が必要だ。
実際にECBが金融緩和の可能性を示唆すれば、ユーロ圏の国債利回り(金利)は上昇するだろう。南欧を中心に雇用の回復が十分には進んでいないなか、各国経済が金利上昇に耐えられるかは懸念が残る。
南欧で景気が悪化した場合、ユーロ圏に加盟していることが自国の経済を束縛しているとの不満・批判は高まりやすい。特に、イタリアの政治動向には注意が必要だ。想定されたよりも早い段階でイタリアは総選挙を実施する可能性がある。そうすることで与党である民主党はポピュリズム政党の躍進を抑えられると考えているが、その確証はない。政治が不安定化すると、イタリアの銀行セクターにおける不良債権問題への不安が高まり、ユーロ圏全体の金融システムが動揺するおそれもある。
トランプ政権の政策運営が左右する今後の世界経済
中国の景気は財政政策に依存し、ユーロ圏では緩和的な金融政策が景気を支えている。これをいつまでも続けることはできない。世界経済の安定のためには米国の緩やかな景気回復の継続が重要だ。
問題は09年6月に底を打ち、8年近くに及ぶ米国の景気拡張が、いつまで続くかだ。第2次世界大戦後の米国経済は、平均的に5年間の景気回復を経験してきた。経験則に照らせば、今すぐではないが、徐々に景気がピークに近づいている可能性は排除できない。
息の長い景気回復を実現するためには、少なくとも、生産性の引き上げは不可欠だろう。足許、米国では労働市場が完全雇用に近づき、雇用コストが増えている。一方、企業は設備投資には慎重だ。この状況を打破するには、トランプ政権が企業のイノベーションを引き出し、アップルのiPhoneのようなヒット商品が生み出される環境を整備する必要がある。
自動運転、人工知能などの分野だけでなく、環境分野などでも今後の技術開発が期待されている。法人税率の引き下げに加え、これまでにないモノやサービスの開発をサポートし、需要の創出につながる政策が打ち出されるか否かが問われる。
トランプ政権の政策運営をみると、その期待は抱きづらい。依然として、トランプ大統領は鉄鋼や石炭などの重厚長大産業=オールドエコノミーの復活を重視している。政治的な公約を果たすために、ある程度はそうした取り組みが必要なことはわかる。しかし、米国の経済成長を支えてきたのは、多様な人材を受け入れることで進んできたイノベーションだ。
トランプ政権は、経済運営のための財源を示すことができていない。この状況が続くと、米国財政に対する懸念の上昇は避けられないだろう。それを反映して金利が上昇し始めると、自動車販売だけでなく、住宅市場も悪化に転じるおそれがある。
トランプ政権がイノベーションの重要性を理解できるか否かが、世界経済の安定に必要だ。短期的にはリスクオンの雰囲気が広まり、円が一段と売られることはあるかもしれない。その動きがどの程度続きうるものかは、冷静に考えていく必要がある。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)