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永濱利廣「“バイアスを排除した”経済の見方」

「円の実質実効為替レート低下の主因は円安」という誤解…政府債務削減優先の弊害

文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
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「gettyimages」より

悪い円安の裏づけとされる実質実効レート

 円の総合的な実力が50年ぶりの低水準に迫ってきたと騒がれている。実際、日銀が公表する実質実効為替レートは1972年並みの水準となっている。このため、実質実効レートの低下は円安と物価低迷が相まって円の相対的な購買力が下がっているとする向きもある。

 ただ、実質実効為替レートは貿易量などを基にさまざまな国の通貨価値を計算した名目実効為替レートに物価変動を加味して調整した数値であることからすれば、低下の主因が円安によるものなのか、物価低迷によるものなのかで求められる政策対応も異なると考えられる。

 そこで本稿では、日銀が実際に公表している実効為替レートを為替要因と物価要因に分解し、今後の政策対応について考えてみたい。

低インフレと円安で実質実効レート低下

 そもそも実質実効為替レートとは、貿易量や物価水準を基に算出された通貨の実力を測る総合的な指標とされている。具体的には、2通貨間の一般的な為替レートについて、貿易額などで測った相対的な重要度でウェイト付けしたものが名目実効為替レートとなる。そして、それぞれの物価変動分を調整して集計・算出したものが実質実効為替レートとなる。そこで、実際に日銀が公表している過去の実質実効為替レートを見ると、1970年から1995年にかけては上昇傾向にあったが、その後は下落傾向に転じていることがわかる。

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 日本円の実質実効レートが上昇した1970年から1995年にかけての特徴としては、日本の貿易黒字の拡大やプラザ合意によるドル高是正、日米貿易摩擦の深刻化などにより日本円の上昇トレンドが続いたことがある。事実、ドル円レートで見れば、1970年の360円/ドルから1995年前半には80円/ドル台まで円高が進んでいる。

 しかし、1990年代後半以降は低下トレンドに転じている。この背景には、バブル崩壊以降に金融緩和が後手に回ったこともあり、日本円が実力以上に強まったことで国内の景気低迷を長引かせ、結果としてそれがデフレ長期化の一因となって、実力以上に高かった日本円の価値が修正され、実効為替レートの低下につながったこと等がある。実際、ドル円レートも足元では110円台半ばまで円安が進んでいる一方で、消費者物価も90年代後半から2010年代前半までデフレに突入した。

 こうしたことからすれば、円の実質実効レートの価値が下がったのは、円の価値が下がったことに加え、海外に比べて相対的にインフレ率が低かったことが影響しているといえる。

名目実効レートとインフレ率格差に分けることが重要

 こうしたことから、実質実効レートの低下だけで円の実力を判断することには注意が必要だ。というのも、実質実効レートを判断する場合、為替要因で価値が下がっている場合と、インフレ率格差で価値が下がっている場合では、求められる政策対応も変わってくる可能性が高いからである。

 実質実効為替レートとは、名目実効為替レートにインフレ率格差を調整して求められた数値である。ただ、名目実効為替レートの低下が主因であれば、金融政策の正常化が正当化される一方で、インフレ率格差が低下の主因であれば、むしろ相対的なインフレ率格差を縮めるために金融緩和が必要になる。従って、実質実効為替レートを評価する際には、名目実効為替レート要因とインフレ率格差要因に分解して評価しないと政策対応を誤ることになる。

 特に、為替の実力を判断するに「名目実効為替レート」が重要であり、インフレ率格差を反映せずに単純に通貨の交換比率を反映したほうがより現実に近いものと思われる。従って、実質実効為替レートを名目レートとインフレ率格差に分けて判断することは非常に重要と言えよう。

主因は円安ではなくインフレ率格差

 そこで、実際に実質実効レートを名目為替レートとインフレ率格差要因に分解してみた。下図は、名目実効レートとインフレ率格差を時系列で示したものである。1970年代以降の局面を見てみると、物価要因は1977年まで上昇トレンドにあったが、それ以降は低下トレンドに転じていることがわかる。これは、海外より日本のほうが相対的にインフレ率が低下し、実質的な購買力が低下していることを意味している。

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 一方、名目実効レートを見ると、2012年までは上昇トレンドにあり、そこから水準は低下しているものの、足元では1970年代に比べてかなり高水準にあることがわかる。そして何よりも、実質実効レートが直近と同水準にあった1972年1月から足元までにどれだけ名目レートとインフレ率格差の変化があったかを計算すると、名目レートは+200%以上増価しているのに対し、インフレ率格差は▲7割程度減価していることになる。

 つまり、実質実効為替レートの低下は名目レートの円安ではなくインフレ率格差が主因であり、実質実効レートの動きのみで判断すると、あたかも日本円が減価しているとミスリードしてしまうことにもなりかねない。

需要不足の解消が最優先課題

 このように、実質実効為替レートは、海外とのインフレ率格差を反映する。このため、この円安は日本のデフレがいかに長期化していたかを意味するものといえよう。

 これまで見てきた通り、実質実効為替レートは直近で50年ぶりの円安水準となったが、名目為替レートは当時から3倍以上の円高であるにもかかわらず、実質実効為替レートが円安なのは、その分海外とのインフレ率格差が継続しているからに他ならない。

 実質実効為替レートがピークだったのは1995年ごろだ。そこから円安基調に転じた時期は、日本経済がデフレによる長期低迷に入った時期と重なる。これ以降に社会に出たロストジェネレーションを中心に、日本人は将来に対する成長期待が持てていない。このデフレマインドが海外とのインフレ格差を作り出したといえる。

 ウクライナ危機で資源高が続く中、インフレ率格差の加速は相対的な購買力の低下につながる。このまま何の手も打たなければ、日本は資源などで他国に買い負け、一層「貧しい国」へと転落するだろう。低賃金が究極まで進めば日本の安く勤勉な労働力が海外から求められ、それによって購買力が反転するかもしれない。しかし、それによって失われるものもまた大きいだろう。

 かつて元米財務長官のローレンス・サマーズ氏は、過剰貯蓄や投資不足によって均衡金利が極端に低下し、金融政策のみでは機能不全に陥る「長期停滞論」を打ち出した。この典型が日本である。これを脱却するには財政出動や減税により需要不足を解消し、デフレマインドの解消につなげるしかない。ただ、財政健全化を重視する政府がそうした動きに出る気配はないのが現状だ。

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 日本はこの20年、政府債務残高の抑制に努めてきた。2001年を基準とすると、日本の政府債務残高はコロナショック後の2021年でも1.8倍。英米の5倍以上に比べ、はるかに増加ペースは緩やかなものにとどまる。

 これはプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化を最優先課題として掲げた結果、本来行われるべきはずの財政出動や減税がなされなかったと解すべきだろう。その帰結が低いインフレ期待と、それに伴う実質実効為替レートの低下といえる。

 政府が財政を拡張すべき分野は多いはずだ。例えば国土強靱(きょうじん)化や経済安全保障・環境対策等は、長期間にわたる安定的な支出計画が必要な分野といえる。米国をはじめとした主要国は、こうした分野を成長分野と位置づけ、積極的に投資を行っている。日本もこうした方策をとるべきだろう。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

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永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
第一生命経済研究所の公式サイトより

Twitter:@zubizac

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