本稿では、TBS系で現在放送中のドラマ『半沢直樹』の、最大の謎ともいえる部分に斬り込んでみたい。
『半沢直樹』第2作(以下、「20年版」)は、2013年に放送された第1作(以下、「13年版」)から実に7年を経て製作された。7年という歳月は、短いようで長い。世の中も大きく変わる。現実世界におけるそのブランクで、ドラマの展開にも無理が生じることもある。
そういったこともあってか20年版は、ある部分に関しては13年版からそれほど時間が経っていないようにも解釈できるし、別の部分においては7年程度が確実に経過したように捉えることもできるという、時間の歪み現象が起きている。これはおそらく製作者側が意図したものであり、あえて時の流れを不鮮明に、曖昧にしているのだろう。
しかしそのために、『半沢直樹』製作者は、ある大胆すぎる、信じられない荒業を行使しているのだ。
スマホとガラケーが共存していた13年版
ドラマ『半沢直樹』は、『別冊文藝春秋』(文藝春秋)に連載された池井戸潤の小説が原作である。13年版の第1部「大阪西支店編」は『オレたちバブル入行組』(2003年11月号~)、第2部「東京本店編」は『オレたち花のバブル組』(2006年5月号~)がベースとなったストーリーだ。
だが、そもそもドラマの13年版は、舞台となる時代や登場人物の年齢設定が原作と違っている。原作では、半沢直樹(ドラマでは堺雅⼈)、渡真利(同:及川光博)、近藤 (同:滝藤賢⼀)らは1988年⼊⾏で、それから⼗数年後……つまり、原作の初出同様に2000年代前半から中盤が舞台になっている。半沢らはまだ30代ということになる。
一方13年版では、半沢らは「平成4年度(1992年度)」の入行組であること、年齢が40代であることが明確に描かれている。1992年春に大学を卒業した人が40代になるのは、ドラマの放送と同じ2010年代前半だ。
また、登場する小道具を見ても、13年版の舞台は、なんとなくドラマが放送された時代にアップデートされていることがわかる。たとえば、2000年代前半にはこの世に存在しなかったスマートフォンやタブレットが登場するのだ。
「東京中央銀行」大阪西支店の支店長である浅野(石丸幹二)はデジタル派とみえて、その時点で、部下とPCを介したリモート打ち合わせをしており、家族とスマホのテレビ電話機能で会話を楽しんでいた。一方で、半沢と渡真利はガラケー派だった。その端末は勤務先から支給された業務用だとも考えられるが、いずれにしても、ビジネスの現場でスマホとガラケーのシェアが拮抗していたというのは、まさに13年版が放送されていた頃のケータイ事情に近いだろう。
前作になかったLINEが登場、喫煙者はゼロに
ドラマ『半沢直樹』20年版は、『オレたち花のバブル組』に続く、同じく池井戸潤による小説『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』が原作だ。IT企業の買収騒動を描いた『ロスジェネの逆襲』の舞台は2004年、半沢直樹が子会社の「東京セントラル証券」に出向になって約2カ月後以降のストーリーがつづられる。
だが、20年版のドラマは、13年版の最終回で「東京中央銀行」の常務だった大和田(香川照之)が半沢に土下座してからわずか2カ月後以降を描いているかというと……そうでもなさそうである。
原作を離れた展開が多い20年版において、渡真利(及川光博)は「融資部融資課調査役」から「融資部企画グループ次長」に、黒崎(片岡愛之助)は「金融庁検査局主任検査官」から「証券取引等監視委員会事務局証券検査課統括検査官」に出世している。子会社から銀行の広報のセクションに栄転した近藤(滝藤賢一:20年版には未出演)はシンガポールに長期出張中という設定になっている。半沢花(上戸彩)は自宅でフラワーアレンジメントの教室を始めて盛況のようだ。いずれも、13年版最終回から60日程度しか経っていないという雰囲気ではまったくないのだ。
また、登場する通信ツールも大きく変わった。13年版に登場したガラケー、キャリアメール(いわゆるケータイメール)、それからファックスも一掃されており、スマホを介したメッセージ送信手段として、LINEが用いられている。LINEの利用者が爆発的に増えたのはまさに13年のことだが、職場で当たり前のように利用されるまでには数年のタイムラグがあったように思われる。また、クラウドが常識になっているのも、どちらかというと2013年ではなく2020年のビジネスシーン寄りだろう。
なお、13年版には喫煙者がわずかに登場したが、20年版では、飲み屋でのシーンであっても、加熱式を含め誰ひとりタバコを吸っていない。この変化も、やはり「2カ月後」とはとても感じられないゆえんである。
堺雅人と上戸彩の息子がドラマから消えた怪
では、20年版は13年版の7年後の世界なのか?
20年版の第1話は、「東京中央銀行」証券営業部・部長の伊佐山(市川猿之助)が、目標としていた大和田(香川照之)が半沢(堺雅人)に土下座した場面を述懐し、「東京セントラル証券」に出向となった半沢を更に追い込むことを誓うところから始まる。ただ、伊佐山が土下座事件から行動を開始するまで、7年間も頃合いを見計らっていたとは考えにくい。13年版の最後で平取締役に降格となった大和田(原作には未登場)が、同じように長らくそのポジションで燻っていたのも不可解だ。
「7年間のブランクをどう処理するか」という問題は、製作者側が頭を悩ませた部分なのだろう。そこでとられたのが、“劇中で時間の経過については言及せず、ぼんやりさせる”という手段である。
ただし、「時間の経過を明確にしない」というこの作戦において、どうにもならなかったのが、13年版に登場した半沢家の長男・隆博の存在だ。子どもの成長ぶりだけは、どうしても不明確にすることはできない。そこで製作者は、かなり強引な策に出た。隆博を消したのだ。
13年版で幼稚園児だった隆博は、20年版では第5話までにただの1度も登場していない。在宅率が高い花が隆博を気にかけている様子もなく、夫婦間の会話にも子どもの話題が出てこない。家のなかに家族の写真や隆博が描いた絵が飾ってある、玩具が転がっている、といった描写もない。『半沢直樹』の公式サイトや公式ブックでも、相関図に隆博の名前はないし、出演者リストにも演じる人物の名前が記されていない。半沢直樹の息子、半沢隆博は、明らかに抹消されているのだ。
確かに、花と隆博はそもそも原作の『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』には登場しないキャラクターだ。だが、20年版のドラマ独自の展開として花を登場させた以上、半沢家にその息子である隆博がいないのは、なんとも不可解である。
どうやら『半沢直樹』20年版は、13年版から直結した続編ではなく、パラレルワールドの近未来を描いた作品である……と考えるのが正しいのかもしれない。