日米通算最多4257安打に加え、メジャー史上30人目となる3000安打を達成したことで、日米で大きな注目を集めている、米マイアミ・マーリンズのイチロー。
球界のレジェンドともいえるイチローのルーティンのひとつとして有名なのが、試合開始1時間前に栄養ドリンクの「ユンケル」を飲むことだ。イチローの影響でユンケルを飲むようになったメジャーリーガーも多いという。
しかし、栄養ドリンクやエナジードリンクの常用は、ひとつ間違えればカフェイン中毒を引き起こして体に害を及ぼす上、最悪の場合は死に至るリスクもあるという。
日米で中毒死者が出たエナジードリンク
実際、日本でもエナジードリンクの飲みすぎによるカフェイン中毒死が起きている。2015年12月、福岡大学医学部法医学教室の分析により、カフェイン入り清涼飲料水を頻繁に飲んでいた九州地方の20代男性が14年に死亡していたことが発表されたのだ。
「解剖の結果、その20代男性には『カフェイン中毒』という病名がつきました。それまで、国内ではエナジードリンク常用によるカフェイン中毒死の前例はなかったため、『カフェイン中毒などあるのか?』と議論を呼んだのですが、現実として、カフェイン中毒という症状は存在するのです」
そう語るのは、北品川藤クリニックの石原藤樹院長だ。もっとも、一口にエナジードリンクといっても、日米ではカフェインの含有量をはじめ、成分やドリンクそのものの容量がかなり違う。
アメリカでエナジードリンクが問題になり始めたのは、11年に14歳の少女がエナジードリンクによるカフェイン過剰摂取で不整脈死して以降のこと。この少女が摂取したのは700ミリリットルの「モンスターエナジー」2本で、カフェインの量は350ミリリットルのコカ・コーラ14缶分に相当する「480ミリグラム」だった。
一方、日本のエナジードリンクに含まれるカフェインの量は、それとくらべるとかなり少ない。実際にモンスターエナジーを購入して確認すると、355ミリリットル缶に含まれるカフェインの量は約142ミリグラムだった。「レッドブル」は250ミリリットル缶で80ミリグラム。ユンケルなどの栄養ドリンクは、いずれの商品もカフェイン量は最大50ミリグラム程度に設定されている。
マグカップ1杯のコーヒーのカフェイン量が100ミリグラム前後ということを考えると、日本のエナジードリンクや栄養ドリンクに含まれるカフェイン量は、かなり少ないことがわかるだろう。
石原院長によると、「カフェイン中毒は、3~10グラムのカフェインを1時間前後の間に一気に摂取すると、死亡のリスクがある」という。コーヒーなら5リットルを一気飲みするレベルなので、現実には、そう簡単にカフェイン中毒など起こり得ないのだ。
では、いったい、エナジードリンクのどのあたりが危険なのだろうか。
エナジードリンク×酒で突然死の危険?
そのひとつは、アルコールと一緒にエナジードリンク(および栄養ドリンク)を飲むことだという。
「カフェインとアルコールの同時摂取は、心臓に負担がかかります。肝臓には『CYP1A2』というカフェインの代謝酵素があるのですが、お酒を大量に飲むとアルコールに代謝が回り、カフェインの代謝が落ちます。その結果、カフェインがたまりやすくなるのです。
また、先天的にカフェインの代謝酵素が少ない人や、もともと肝障害を持っている人の場合、3グラム以下のカフェイン量でもカフェイン中毒は起こり得ます。心臓に持病を抱えていたり、不整脈の出やすい人にとって、エナジードリンクが突然死の引き金になる危険性も否定はできません」(石原院長)
さらに、心臓やぜん息の治療薬など、ほかの薬剤との同時摂取も、カフェインの代謝酵素と薬剤の代謝酵素が拮抗する可能性があるため、危険だという。
「よく風邪気味で具合が悪いからといって、『風邪薬とユンケル、お酒を飲んで寝ちゃおう』という人がいますが、これも危険です。風邪で体が弱っている際は、心臓も弱っている可能性が高い。そんな時に、風邪薬とエナジードリンク(栄養ドリンク)、アルコールのちゃんぽんのような飲み方をすれば、心臓に大きな負担がかかります」(同)
しかも、エナジードリンクは現状、カフェインの含有量や心臓への負担だけが問題視されているが、実際の危険性はまだ不明な部分が多いのである。
「エナジードリンク(栄養ドリンク)には、カフェイン以外にもさまざまな成分が含まれ、何が悪いのかは、まだ厳密には解明されていません。イチロー選手のように景気付けで飲んだり、徹夜の時に1本飲んだりする分には特に問題はないと思いますが、体調不良や風邪の際は原則、飲むのを控えるべきでしょう。
健康な人なら、よほど無茶な飲み方をしない限り、いきなり心臓疾患を引き起こすようなことはありません。しかし、不整脈は知らずに持っている人もいますし、だからこそ、若い方でも突然死する人がいるのです」(同)
すでに死亡者が出ている上、すべての危険性が解明されていないエナジードリンク。これまで何も考えずにガンガン常用してきたような人は、こうしたリスクを頭の片隅に入れておいたほうがよさそうだ。
(文=青柳直弥/清談社)