現役の医師2人が、全身の筋肉が動かなくなっていく神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)で闘病中の患者を安楽死させた疑いで、京都府警に逮捕された。医師とはいえ、安楽死が認められていない日本で、患者の死を幇助することは許されない。事件の詳細は、これからさらに明らかにされていくと思われるが、医師のあり方について見直されるべきだろう。
ALSは、運動神経が徐々に壊れ脳からの指令が筋肉へ伝わらなくなる難病である。発症メカニズムは解明されておらず、全体の5%程度は遺伝性の家族性ALSと呼ばれ、それ以外は遺伝に起因しない孤発性のALSである。
根本治療はいまだ確立されておらず、発症から短期間で急速に進行するケースもある一方で、10年以上にわたってゆっくり進行するケースもある。初期症状は、手足の筋力が低下する「四肢型」、舌や口の動きが鈍くなり発音がしにくくなる「球麻痺型」、呼吸が弱って心不全などを引き起こす「呼吸筋麻痺型」など、さまざまである。
報道によると、安楽死した女性は「早く終わらせてしまいたい」「話し合いで死ぬ権利を認めてもらいたい。疲れ果てました」などと周囲に漏らしていたとの情報もあるが、そういった気持ちとは真逆に、同じような難病に苦しむ患者に向けて「治る希望を持ってほしい」などのメッセージをSNSで発信していたという。
また、嘱託殺人の疑いで逮捕された2人の医師との接点もSNSだったとみられる。今回の事件は、長年の闘病を支えた主治医でもなく、患者と面識がほとんどない医師による犯行であり、容疑者の医師としての資質に疑問を感じる。日本では医師に対して無意識の信頼を感じる傾向にあることは否定できない。多くの医師が“患者を助けたい”という使命感に溢れ、自己犠牲もいとわず治療に邁進するといったイメージを抱く人も少なくないだろう。
しかし、今回の事件は、そういった信頼を大きく裏切る医師がいると我々に知らしめることとなった。医療現場では、医師の「性善説」が前提であり、患者が安心して命を医師に委ねることができる。しかしながら、その医師の性善説が幻想であるとしたら、医療現場はもはや安全な場所とはいえなくなる。
容疑者らは『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術 -誰も教えなかった、病院での枯らし方-』を出版しており、そのなかでこう述べている。
「『今すぐ死んでほしい』といわれる老人を、証拠を残さず、共犯者もいらず、スコップや大掛かりな設備もなしに消せる方法がある。医療に紛れて人を死なせることだ。(略)急変とか病気の自然経過に見せかけて患者を死なせることができてしまう。違和感のない病死を演出できれば警察の出る幕はないし、臨場した検視官ですら犯罪かどうかを見抜けないこともある。荼毘に付されれば完全犯罪だ」
このような思想は、医師としての道徳観から大きく外れていると感じるが、誰も容疑者らに苦言を呈することができなかったのだとしたら、医療の社会に大きな歪みを感じる。
難病に苦しみ「死にたい」と嘆く患者がいたら、励まし、治療を継続させることが医師の本来の使命であろう。今後、二度とこのような事件が起きないよう、事件の解明が急がれる。亡くなった患者のご冥福をお祈りする。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)