「経口中絶薬」の承認の申請を、イギリスの製薬会社ラインファーマが行ったことが話題となっている。承認されれば国内で初となる。その薬は、妊娠継続に必要な黄体ホルモンの働きを抑える「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させる「ミソプロストール」である。
一部の報道では、“海外ではすでに多くの国や地域で使用されている”として安全な薬との印象を与えるが、流産が中途半端で止まってしまい大量出血を起こす不全流産や子宮破裂など命にかかわる副作用を起こす可能性もあり、日本で経口中絶薬を承認する前に論議されるべきことは多くある。
経口中絶薬について、三軒茶屋ARTレディースクリニック院長・坂口健一郎医師に話を聞いた。
掻爬法は主流ではない
経口中絶薬の国内承認を求める推進派からは、「日本では、金属製の器具で子宮内の胎盤などをかき出す『搔爬(そうは)法』がいまだに主流であり、女性の体に負担がある」という意見があるようだが、その主張自体にズレがある。実は、現在の医療現場で、掻爬法を行う医療機関は極めて少ないという。
「確かに、掻爬法では子宮に傷をつけてしまったりする可能性や、初めての妊娠の場合には手術前に子宮の入り口を広げるための処置を行う必要があり、患者さんが受ける身体的負担は大きいと思います。しかし、現在は掻爬法を行う医療機関は少なく、中絶手術は『吸引法』が主流です」
吸引法は子宮の内容物を吸い出す方法で、掻爬法に比べて手術時間が短く、出血も少ないうえ、子宮内膜へのダメージも小さい。
「吸引法の場合、入院の必要もなく、一般的には子宮口を広げる処置も不要で、安全性が高い手術です」
吸引法よりも経口中絶薬が安全だという確証はなく、現段階では安全性に疑問を感じる。
デメリットが多い経口中絶薬
これまでも、海外から経口中絶薬を個人輸入して使用し、健康被害を起こす事例もあり、厚生労働省は注意を呼びかけていた。
「妊娠が進んでからの経口中絶薬の使用は不全流産となり、母体は大きな痛みや出血を起こす可能性が高いと思います。また、帝王切開をした人のなかには、子宮収縮薬が禁忌(使用してはいけない)というケースもあり、知らずに使用すれば子宮破裂を引き起こすこともあります」
経口中絶薬を使用する場合、妊娠7週未満の初期に限定されるが、妊娠7週を過ぎてから妊娠に気づく人も少なくない。
「経口中絶薬の使用には、専門医による厳格なガイドラインが必要です。経口中絶薬の承認申請がなされたとしても、日本国内での使用開始まではまだまだ遠いのではないかと思います。むしろ、話題性だけが先行し、個人輸入などによって誤った使用による健康被害が出ないように対策が必要だと思います」
日本での中絶手術は母体保護法の規定に基づき、都道府県医師会の指定を受けた「指定医師」が、一定の要件を満たす場合に行うことが許されている。経口中絶薬が承認された場合、その点も広く周知すべきだろう。
刑法第212 条では、「妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1 年以下の懲役に処する」と規定している。また第213 条では、「女子の嘱託を受け、又は その承諾を得て堕胎させた者は、2年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する」とあり、指定医以外が「堕胎」を行った場合は、たとえ妊娠した本人であっても罪となる。
記憶に新しいところでは2021年2月、会社員の男が妊娠中の交際女性にインターネットで買った国内未承認の中絶薬を飲ませて中絶させようとした事件があった。被害女性は、流産する結果となった。経口中絶薬が国内で使用されるようになれば、同様の事件が起きる可能性もあり、流通にも厳しい規制を設けるべきだろう。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)