IT企業を中心に広く普及しているビジネスチャットツール・Slack。5月20日、モニタスが発表した「利用実態調査 ビジネスチャットツール編」によると、各ツールの認知率は、LINE WORKSの37.1%、Microsoft Teamsの32.7%、Chatworkの16.8%に続き、Slackは15.0%という結果に。20社中3社が知っているという割合を考えると、認知率はそこそこ高いといえるだろう。ビジネス向けに設計されたツールということもあって「使いやすい」という声も多いようだ。
しかし、最近Slackよりもゲームチャットなどでよく利用されるチャットツール・Discordのほうが、生産効率の向上を見込めビジネスにも適していると、一部で話題になっているようだ。たとえば9月にTwitterに投稿された以下ツイートは、8000以上の“いいね”を獲得するなど話題を呼んだ。
「今年の授業はSlackじゃなくてDiscordにしたんだけど、それだけで学生の反応がぜんぜんちがってびっくりした。サーバーに参加した学生同士で勝手に会話を始めている。SlackでもDiscordでも機能的にみて同じようなもんでしょと思ってたけど、UIとコンテクストがちがうと受け止め方が全然違うんだな。」
ツイート主は大学教授であり、今年から授業の連絡手段をSlackからDiscordに変更したというのだが、Discordのほうが学生の反応が活き活きしていたとのこと。これに対し、
「DiscordとSlackだと会話量が全然異なる」
「なんとなくDiscordのほうが使いやすい」
などDiscordに軍配が上がると指摘する声が続出。またDiscordはゲームチャット向けのサービスということもあって「若い人の利用率が高い」「導入が簡単で動作も重くない」という意見も見られた。
そこで今回はITジャーナリストの三上洋氏に、SlackとDiscordの違い、それぞれのメリット、デメリットを忌憚なく解説してもらった。
Discordは会話が弾みやすい、Slackはやや堅苦しい印象?
まず、Slackの特徴や、どんな層にどのような目的で利用されているのかについて確認してみよう。
「Slackは企業向けのビジネスチャットツールで、社内や取引先同士で利用する機会が多いです。ビジネスチャットとしてのSlackの特徴は、仕事場となる「ワークスペース」ごとにアカウントを作成すること。たとえば企業、プロジェットごとなどのグループを作り、その中で個別にチャットルームをつくって、業務や情報共有を行い合う空間を想定しているんです。
それにくわえて、スケジューラーやテレビ会議などさまざまな拡張機能を追加していけるのも大きな特徴。企業ユースで自由に機能を追加することが可能であり、必要なツールだけを使用できるので、操作面で煩雑になりにくいんです」(三上氏)
ではDiscordのほうは、どのような特徴があるのだろうか。
「Discordはゲームプレイヤーの間でよく利用されているチャットツールです。特徴としては、同じ目的を持った人同士でサーバーを立ち上げること。Slackとは違い、各ユーザーが別々のアカウントを持つので、ユーザーの意思でどのサーバーに参加するかを決められます。ですから仲の良い人、趣味が同じ人が集まりやすい空間になります。
また最初から画像、動画共有機能、ボイスチャット機能などさまざまな機能を搭載しているのもDiscordの特徴。Slackと大きく異なるのはこの部分で、Discordはデフォルトで多機能ということなんです。またコメントを書き込める人・できない人の管理もでき、権限の管理を細かく設定できます」(同)
簡単にまとめるならば、Slackは組織内での業務遂行、Discordは自発的なコミュニティの創出に適しているツールだということか。
「連絡手段にくわえ、さまざまな機能を兼ね備えたという面では、どちらも同じ目的を達成することができるチャットツールでしょう。しかし、ツールの設計や仕組み、メインとなるチャットのつくりはかなり違うので、似たようなツールとはいえませんね」(同)
SlackよりもDiscordのほうが、気軽に会話を続けられる仕組みになっているという。
「Slackは職場で使用するツールの印象が強く、仕事という意識、圧迫感を覚える人が少なくなく、会話もかしこまった内容になりがち。対してDiscordは、もともとの設計思想が趣味、エンターテインメント、ゲームから出発していますので、コミュニケーションに対するハードルが低めになっているのではないかと思います。会話のノリも業務報告といった堅苦しいものではなく、ネット掲示板のようなライブ感と言い換えることもできますね」(同)
Discordは見やすいが、サイバー攻撃などのリスクも……
また両者のUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)の違いも大きいそうだ。
「Slackはチャットルームがたくさん立ち上がる形になるので管理が大変。会社、部署、社員同士の1対1、取引先などすべてのチャットルームを確認しなければなりません。一方、Discordは、サーバー内であれば、基本的にひとつのウインドウの中で完結します。メッセージを送るにも、ファイルを共有するにも全員向け、個人向けと分けられますし、いちいち別ウインドウを開く必要がないからです。
また電話など機能がたくさんあるので、インターネットで考えられるコミュニケーションを即座に行えるのもDiscordが使いやすいと考えられる理由のひとつでしょう。ですからDiscordはビジネスの連絡手段としても有効に使えるかもしれませんね。現にゲーム、ネット文化に根差した職業であるVTuberやe-sports系の事務所ですと、Discordを社内ツールとして利用するところも多いようです」(同)
SlackとDiscordでは基本料金も異なる。Slackはビジネスとして導入するのであれば、中小規模の組織向けプラン「プロ」でも月々925円。しかし、Discordは有料プランこそあれど、おおよその機能は無料で利用できる。このような課金の有無が両者の導入のハードルを変えているともとれる。ただ現状、ビジネスの現場ではSlackのほうが圧倒的に普及しているのは事実だ。
「やはりDiscordは、ゲーマー向けという先入観があるからか、ビジネスで利用する発想に至らない企業がほとんどなのではないでしょうか。Slackは企業向けに作られたツールで普及もしていますし、導入、管理がしやすい。一方のDiscordは、企業をベースに設計されていないので、導入するとなってもしっかり運用できるかどうかという懸念があります。
またDiscordは、セキュリティ対策をしっかりする必要があります。身元不明の招待リンクを開いてアカウントを乗っ取られる詐欺やサイバー攻撃など、Discordからはネット犯罪の被害をよく聞きます。顧客の機密情報を管理する会社はそんな危険性があることも留意すべき。そう考えると、Slackはシステムに慣れてしまえば、機能を駆使してコミュニケーションを取れる最適なビジネスチャットツールです。Slackを導入している会社同士であれば連絡もスムーズにいきやすいのもメリットでしょう」(同)
では最後に結論をまとめていただこう。
「結論としては、どちらも優秀なツールであることは確かというのが前提で、会話の弾みやすさはDiscordに軍配が上がり、企業への高い普及率による利便性ではSlackに軍配が上がるでしょう。もしDiscordをビジネスとして使うのであれば、納品物のやりとりを頻繁に行う動画制作やイラストレーター、デザイナーなどのクリエイティブ系の仕事が適しているのではないかと思います」(同)
どちらを導入するか迷っている場合は、業界・業種、利用者属性などを踏まえて検討する必要がありそうだ。
(取材・文=文月/A4studio)