ユーロ離脱の可能性
ドイツとフランスの対立を軸に2度の世界大戦で荒廃を繰り返した欧州では、地域が丸ごと結束することで経済復興と平和を実現しようとの理念が広く浸透している。EUの単一市場はその理念を具現化したもののひとつであり、単一通貨のユーロはその象徴だ。各国が独自の金融政策を発動できなくなるという弊害を指摘する声が強い中で、EU28カ国のうちの19カ国がユーロ圏に参加した経緯があり、参加各国だけでなくたとえば米国でも、ひとたびユーロに参加した国の離脱を歓迎するムードは存在しない。
また、ドイツのようなユーロ圏の経済大国にとっては、かつての自国通貨であるマルク建てで輸出するのと比べて実利が大きい。マルクが強い経済力を反映して通貨高になりやすかったのに対して、ギリシャのような経済力の弱い国も参加するユーロなら、高い価格競争力を保って輸出を伸ばすことが可能だからだ。
もちろん、チプラス首相自身も「反対」への投票を呼びかけた国民投票で「(「反対」が)ユーロ圏離脱を意味するわけではない」と強調しており、ユーロ離脱が招くギリシャ経済への信用力低下のマイナス影響を十分に理解しているとみられる。瀬戸際の政治・外交手法を好むチプラス首相には、EU側もユーロからの離脱国を出したくないはずだとの読みがあり、その点を突いて譲歩を引き出そうとしているのは明らかだろう。
問題は、そんなチプラス首相の思惑通りに物事が進むかだ。今年2月のギリシャ支援策延長の際にも、ドイツ議会などの承認を得る作業は容易ではなかった。今回、自ら積極的に汗をかこうとしない他国民のために、血税で負担の埋め合わせを求められるドイツ国民の感情的な反発を再び抑えることは一段と困難なはずである。
チプラス首相の予想よりも交渉が難航すれば、ギリシャはユーロ紙幣の調達難に陥って資金繰りに窮する。そうなれば、ユーロの導入前に用いられていたドラクマのような自国通貨を復活させて、公務員給与や年金の支払いに充てざるを得なくなるだろう。
だが、そうした対応は、ギリシャの流動性危機を今よりも深刻なものにしかねない。オスマントルコから独立したギリシャが、1832年に当時のフェニックスに代わる通貨として古代通貨にちなんで発行したドラクマが際限なく切り下げを繰り返してきた事実が示すように、観光以外に外貨を獲得できるこれといった基幹産業を持たないギリシャが、自国通貨の信頼を維持するのは容易なことではないからだ。むしろ、ギリシャが新通貨を発行すれば、EU、IMF、ECBといった国際機関や債権国団から金融支援を引き出すことが一層困難になりかねない。