忍び寄るロシアの影
万が一そうなった場合、ギリシャ経済の救世主として名乗りを上げるのではないかと取り沙汰されているのが、ギリシャへの天然ガス輸送パイプラインの敷設をもくろんでいるロシアである。内戦が続くウクライナルートに代わるものとして計画しているが、実現すればギリシャは長期安定収入が得られるようになる。
実はチプラス首相は、債務問題をめぐるEUとの協議が難航していた最中の5月8日、モスクワでロシアのプーチン大統領と会談している。この会談でチプラス首相はEUの対ロ制裁への反対を表明し、ギリシャをロシアが発動した欧州産農産物の禁輸措置の例外にするとの言質を引き出したのだ。
ウクライナ情勢をめぐって、欧米との対立を深めるロシアが欧米陣営の切り崩しを狙っているのは明らかだ。プーチン大統領は会談直後、ギリシャから金融支援要請はなかったとした。しかし、ギリシャが一段と資金繰りに窮する事態になれば、EUやNATOからの離脱を条件にパイプラインの敷設だけでなく金融支援に踏み切り、交通の要衝にあるギリシャの取り込みを図っても不思議はない。
経済問題としてみれば、イタリアやスペインといった南欧諸国、バルト3国などの財政問題と連動しない限り、ギリシャ危機はたいした混乱を招かないはずだった。ギリシャのGDPはEU 全体の2%程度にすぎず、民間金融機関が保有していたギリシャ国債のECBによる買い入れも進んでいたからだ。しかし、賭けのような駆け引きを繰り返すチプラス首相の対外交渉戦略は、事態を大きく揺るがせた。
古代ギリシャのアテネは、デモクラシー(民主主義)を誕生させながら、モボクラシー(衆愚政治)に陥ったケースとしてあまりにも有名だ。耳触りのよい緊縮財政見直し策を訴えて勇ましい外交を展開するチプラス政権は、現代版モボクラシーの果てに、再び欧州に冷戦時代のような政治的・軍事的緊張をもたらすリスクを内包しているのかもしれない。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)