この4月から導入される高等教育機関の無償化の具体的内容は、「授業料や入学金の減免」と、生活費をまかなう「返済不要の給付型奨学金の支給」である。
その無償化の対象者の世帯年収については、給与所得者のケースで住民税非課税世帯(4人世帯のモデルで年収270万円未満)は授業料減免と給付型奨学金の金額の上限まで利用できる。270万円から300万円未満の世帯の場合は上限の3分の2、300万円から380万円の場合は3分の1となっている。対象は新入生だけでなく、在学生も利用できる。
2018年の全国民平均世帯年収は441万円。大学受験生の子を持つ世帯に該当すると思われる40代後半の平均年収は502万円、50代前半は527万円となっている。すなわち、50代前後の世帯はもとより、その平均より100万円も年収が低い400万円台の世帯の場合も、無償化支援の対象にならない。
成績優秀で授業料などの減免措置を受けていた地方の国立大学生で、年収380万円をやや超える程度の平均下位の世帯の学生が対象から外れてしまうことも、十分あり得るのだ。
17年の熊本大学の例で見ると、4人世帯で給与所得の場合、授業料全額免除の目安は自宅通学418万円、自宅外通学481万円である。それまで授業料全額免除だった年収400万円台世帯の学生が、今回の無償化政策によって、逆に授業料全額免除から除外されてしまうケースが続出する可能性がある。
税制による不公平感はどうするのか
また、非正規労働者でも給与所得の世帯の場合、収入算定は比較的はっきりしているが、自営業者などでは収入の捕捉が難しいという所得捕捉の問題がある。
裕福に見える自営業者の世帯の学生が税務申告の関係で無償化の対象になっているのに、夫婦2人の年収の合計がやっと380万円を超える家庭の子どもが無償化の対象外となる。税金だけの問題であれば、まだ他人事で済むが、同じキャンパスで実際に無償化対象の自営業世帯の友人と我が子を比べると、その心理的な不公平感は大きくなるだろう。
また、住民税非課税世帯などの基準も、未婚でひとり親の家庭では寡婦控除が適用されないため、既婚でひとり親の家庭と比べ、算定の所得に大きな差が生じてしまう。その結果、無償化の算定となる年収額が高くなり、このままでは未婚のシングルマザー世帯の大学生が無償化の年収条件で不利になる。
基本的に、向学心のある低所得世帯の高校生に進学の道を開くには、小中学校時代に学習環境の大きな差が出る所得格差の是正から着手すべきだろう。高校の授業料の無償化だけでなく、広い視点から長期的に教育格差の是正に取り組むべきであろう。
途中で資格喪失、中退する大学生が増加か
上の図表には、学生が支援を直ちに打ち切りとされる個人要件が明記されている。退学や停学はともかく、修業年限で卒業できない、あるいは修得単位数が標準の5割以下などの場合も、直ちに支援が打ち切られることになっている。毎年、マスコミ就職希望や国家試験受験のための就活留年組が一定数いる大学もあり、その場合は5年生になると授業料が有償となり、給付型奨学金も打ち切られる。修得単位数が標準の5割以下なら無償化の対象外というのは当然のようであるが、アルバイトに励む苦学生など、個々の事情で取得できないこともあろう。
まして、警告後に打ち切りとなるケースのGPA(平均成績)等が下位4分の1や出席率8割以下の例は、相当数の学生が該当する可能性がある。学生数の多いマンモス大学では、警告と打ち切りを実行する学校当局と該当学生の交渉次第では、支援を打ち切られた学生の退学が増加し、中退率の急上昇を招きかねない。大学経営にとっても、頭の痛い問題が多くなるだろう。
逆に、大学が学生とのトラブル発生を恐れて成績管理や出席管理を甘くすれば、長い目で見て大学生の学力低下を招きかねない。
高卒で就職する若者にも支援の手を伸ばすべき
アメリカ大統領選挙の民主党候補の1人であるバーニー・サンダース氏の「公立大学の授業料無償化」という公約と違い、今回の無償化の本当の狙いがよくわからない。公金なので、いろいろと条件をつけたくなるのだろうが、学生のやる気と向学心を信用して、長い目でサポートすべきだ。
家計の事情から進学せずに就職する高校生もまだ多いが、最近は地方公務員も大卒対象の採用枠が広がり、金融機関も高卒の採用人数を絞っている地方が多い。大都市や求人が多い地方工業都市を除けば、思い通りの就職口は選びにくい。そのような、高卒で就職する若者にも支援の手を差し伸べるべきだ。
それには、息の長い産学連携が必要である。たとえば、静岡銀行は27年ぶりに高卒採用を実施する。静岡県内の高校を卒業し、大学の夜間コースまたは通信制大学に進学することが条件だ。在学中の4年間は、昼間は支店などに勤務しながら大学で学ぶ。受験料や学費は同行が全額負担する。このような地方の有力企業の施策を大学側が積極的に活用することで、高等教育の無償化が地方創生に結びつくことになる。
その点で、最近増加しつつある地方の専門職大学なども、無償化の恩恵を受けて進学した地方の高校生が地元就職をするルートとして注目したい。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)