1月22日付朝日新聞より
欧米の大手プラントメ-カ-や石油メジャ-は、資源開発/確保のためにリスクの高い紛争地域に進出する場合、政府の情報機関、軍隊、民間軍事会社(Private Military Company/PMC)などから、現地の詳細なリスク情報を収集し、事前に想定され得るあらゆるテロ・リスク対策に関するさまざまなアドバイスと支援を受けている。
アルジェリアをはじめ、リビア、マリ、ニジェ-ル、モ-リタニア、ナイジェリア、チャドなど北アフリカ地域は、石油、天然ガス、鉱物資源などの資源に恵まれているが、どの国も国民は貧しく、政府や軍隊の治安抑止力がきわめて弱い。そのため、欧米の外国資本による資源開発・市場進出に反発するイスラム武装勢力の活動が活発で、最もリスクの高い紛争地域とされている。この地域の現地事情やリスク情報に一番精通しているのは、米国よりも、植民地経営時代から経験、人脈、ノウハウを長年蓄積している宗主国の英国とフランスである。
アルジェリアには、日揮をはじめ伊藤忠商事、鹿島、大成建設、ハザマ、IHI(石川島播磨重工業)など日本の大手企業が数多く進出しているが、現地事情などは欧米の保険会社や民間軍事会社と契約して入手し、彼らからアドバイスを受けているのが実情だ。日本企業が、日本政府、情報機関(外務省、JETROなど)や損害保険会社などから具体的なアドバイスを受けるケ-スは限られる。欧米のような経験、人脈、ノウハウを持たないからだ。
例えば、日本企業がリスク対策として英国のロイズ保険会社の誘拐・身代金(K&R)保険に入る場合、系列の民間軍事会社であるコントロ-ル・リスク(CR)社から現地の詳細な情報を受け、誘拐人質対策のアドバイスを受けることが契約条件になっている。ちなみにCR社は、1982年に三井物産マニラ支店長若王子信行さん誘拐事件の人質救出に当たった民間軍事会社として知られている。
英国には、CR社のほかにア-マ-・グル-プ、オリ-ブ・セキュリティ社、グロ-バル・リスク・インタ-ナショナル社など民間軍事会社が数多くあるが、その職員のほとんどは英国秘密情報部(SIS)や、英軍・特殊部隊(SAS・SBS)などの軍人OBである。日本の場合、自衛隊が邦人救出のために現地に赴くことは法律的にできないし、欧米のような民間軍事会社はほとんどない。このため、テロ事件などが起きた場合、現地のリスク情報、在外邦人の救出交渉や救出作戦に関して、現実的には欧米の政府や情報機関、軍、民間軍事会社、あるいは現地の政府の力に頼らざるを得ないのが実情である。アルジェリア人質事件でもこの弱点がはっきりと現われた。
●なぜ日本人の犠牲者が一番多かった?
今回の人質事件の舞台となったアルジェリア南東部イナメナスの天然ガスプラントの建設は、日揮が英国の大手石油会社BP社、ノルウェ-の国営石油会社スタトイル、アルジェリアの国営エネルギ-会社ソナトラックの3社による合弁会社から受注したもので、そのプラント建設を日揮が請け負ったプロジェクトである。
そのためか、発注者側の石油会社よりも、現場でプラント建設に従事する日揮や協力会社など施工者側のプラントメ-カ-の従業員が、テロの主要なタ-ゲットされて犠牲になった。現実にテロリストに人質/殺害された39名の犠牲者のうち、日本人従業員10名が一番多く、次はフィリピン人従業員8名である。発注者のBP社よりも施工者側の犠牲者が圧倒的に多い。創業84年に及ぶ日揮の歴史の中でも、これだけの社員がテロ事件の犠牲になったのは今回が初めてのことだ。
ここでひとつ疑問に思うのは、アルジェリアの現地事情に精通しているBP社や同社が契約しているPMC、あるいはアルジェリア政府から、イスラム武装勢力の直近の活動状況や正確なテロ/リスク情報が施工者側の日揮に事前にきちんと伝わっていなかったのではないかということだ。仮にそれらの情報が伝わっていても、テロの発生を未然に防ぐことは難しかったかもしれないが、はっきりいえるのは、テロ/誘拐に関する最も重要な情報収集や人質救出の交渉/解決を他社や他国の力に頼らざるを得ないのは、あまりに危険である。それどころか、そうしたリスクを他国に肩代わりさせるのは、国際社会からも批判を受ける可能性がある。