北朝鮮、朝鮮史上最悪の大飢饉「苦難の行軍」再来に警戒…菅・新政権、経済援助再開か
北朝鮮では8月下旬から9月にかけての3回にわたる台風などによる洪水被害で、各地で多数の死傷者が出ているほか、農作物の凶作が懸念されるなど、経済が被害を受けている。金正恩朝鮮労働党委員長は2回にわたって被災地を現地視察したのに加えて、被災者救済のために党政治局拡大会議や党中央軍事委員会拡大会議などを矢継ぎ早に開催し、人民をいたわる最高指導者を演出してみせた。
その一方で、金氏は9月8日の党中央軍事委拡大会議で「予想外に襲ってきた台風の被害のため、われわれはやむを得ず国家的に推進してきた年末闘争の日程や成果などを全面的に見直し、闘争の方向を変更せざるを得ない状況に直面している」と経済的に大きな被害が出ていることを明らかにした。金氏が公式の場で、弱音を吐くような発言をするのは極めて異例。それだけに、対外的な支援があれば、喉から手が出るほどほしいのではないか。
このようななかで、日本が北朝鮮を経済的に支援することができれば、今後の日朝関係改善につながり、日朝間の最大の懸案事項である日本人拉致被害者の救済につながる可能性も出てくるのではないか。14日に新たな自由民主党総裁に菅義偉氏が選出され、首相に就任されることが確実なだけに、日本政府はこの機会に北朝鮮に改めて外交攻勢をかけることも一考に値するのではないだろうか。
経済の5カ年戦略が未達成
9月9日付党機関紙「労働新聞」は1面トップで、金氏が8日、台風9号による国家的な被害復旧対策を話し合うため、党中央軍事委拡大会議を招集し指導したと伝えた。9月9日は北朝鮮建国72周年の記念日だったが、金氏は記念日には一切触れず、北朝鮮有数の鉱工業地帯である咸鏡南道(ハムギョンナムド)検徳(コムドク)地域における被害状態を検討し、次のように触れている。
「検徳鉱業連合企業所と大興青年英雄鉱山、龍陽鉱山、白岩鉱山で、2000あまりの世帯の住宅と数十棟の公共建造物が被害に遭い、浸水した。45カ所で60kmの道路が流出し、59カ所の橋が引き裂かれ、31カ所、3.5kmあまりの区間の鉄道の路盤と、2カ所、1.13kmあまりのレールが流出した。このように交通が完全に麻痺し、非常事態に直面。検徳鉱業連合企業所の沈殿池の堤防が破壊され、多くの設備が流出するなど、莫大な被害を受けた」
金氏は会議を招集するだけでなく、自ら被災現場に駆けつけて、民衆を激励。朝鮮中央通信によると、金氏は台風被害が大きかった黄海北道銀波郡大青里一帯の被害復旧建設のため、朝鮮人民軍を投入したほか、自身も現場を現地で指導し、実際に稲田に分け入って稲穂を手に取り稲の生育状況を確認、専門家に収穫の見通しを聞くなどしたあと、次のように語っている。
「わが党と党の革命偉業に限りなく忠実な人民軍がある限り、いかなる自然災害も、災難もわが人民の幸せと笑いを奪うことはできない。私(金氏)の人民のために闘う朝鮮労働党の信念と意志を挫く力はこの世にない」
これは、最高指導者である金氏自身が被害状況を気にしていることを知らせるパフォーマンスともいえよう。その一方で、金氏は会議では「突然の台風被害でやむを得ず年末闘争課題を全面的に再考し、方向を変更せざるを得ない状況に直面した」と指摘し、経済計画の全面見直しに言及した。金氏は8月に経済の5カ年戦略の未達成を認め、来年1月に党大会を開いて仕切り直す方針を決めたばかりだったが、今回の台風被害でその計画も見直さざるを得なくなった状況に追い込まれたことを意味する。
今年の10月10日は朝鮮労働党創建75周年の記念日に当たり、大規模な軍事パレードなどの慶祝行事が予定されているが、金氏が明言しているように、内実は祝賀どころでなく、計画自体を見直さざる得ない状況だ。北朝鮮は国際社会による制裁や新型コロナウイルス対応に加えて豪雨や台風に見舞われるなど、金氏は就任以来最大級の危機に直面しているのは間違いない。
北朝鮮では、金正日総書記の時代の1994年後半から97年にかけて、いわゆる「苦難の行軍」と呼ばれる3年間におよぶ大飢饉が発生し数百万人が餓死したと伝えられる。このような状況が続けば、今後、再び「苦難の行軍」が現実化する可能性も否定できない。
政権の転覆も否定できず
金氏は中国やロシアからの支援を期待したいところだが、最悪の場合、日本や韓国などの近隣諸国からの経済支援をも拒むことはできないだろう。なぜならば、まだ36歳と若いうえに最高指導者に就任して9年足らずで、祖父や父と違ってカリスマ性や指導力が欠如しており、農民一揆ならぬ市民による暴動が発生すれば、政権の転覆も否定できないからだ。
本稿を書いている14日午後、菅義偉氏が自民党新総裁に選出され、16日には衆参両院の本会議で行われる首相指名選挙を経て第99代の首相に就任する見通しだ。菅首相を首班とする新政権が発足するだけに、これまでの安倍晋三政権時代の対北チャネルを活用して、新たな対北外交攻勢をかけるチャンスが到来したともいえるのではないか。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)