新型コロナウイルス感染症の拡大に対し、菅義偉首相は8日、首都圏の各自治体に向けて2回目となる緊急事態宣言を発出した。もはや首都圏で収まる事態ではなく、緊急事態宣言の対象地域はさらに拡大する様相だ。
一連の政府対応の遅さに世論の批判が高まる中、日本テレビのニュースサイト「日テレNEWS24」は11日、記事『不特定多数にPCR検査へ 3月にも無料で』を報じた。記事は「政府は3月にも、不特定多数を対象にしたPCR検査を始める方針です。都市部の繁華街や空港など多くの人が集まる場所で、唾液などの簡単な方法で無料で検査します」と報じているのだが、インターネット上からは「1年経って、この対応って……」「政府ってどこの誰?」などと困惑の声が上がっている。
「PCR検査を抑制するのか」「大規模実施するのか」に関しては、日本国内で感染者が初めて確認されて以来、国会の内外を問わず議論されてきた。その中で政府や厚生労働省、国立感染症研究所は頑なにPCR検査の拡大を拒んできた。なぜ、このタイミングで無料かつ大規模実施に舵を切ったのだろうか。
格安民間検査の登場が方針転換のトリガー?
今回の報道に関し、なぜか厚生労働省関係者の歯切れは良くない。
「昨年末に木下グループさんが東京都区内で始めた民間格安PCR検査が発端だというふうに聞いています。財務省から歳出抑制の指示を再三受けているので、うちで立ち上げた施策というより、世論の突き上げに焦った官邸主導ではないでしょうか」
一方、自民党衆議院議員秘書はこう話す。
「東京オリンピックを開催するには、不特定多数を対象としたPCR検査の実施は不可避という考えが首相官邸にはあるようです。現状ではデータが不足しすぎていて、いくら国際オリンピック委員会や出場予定国に『大丈夫だ』と言っても『水際対策に失敗し、感染者が多発している繁華街の検査も満足にせず、全容を把握できていないのにどこが大丈夫なのか』と突っ込まれる。
やはり木下グループをはじめとする民間PCRの拡大が大きかったと思いますよ。今回の決定が官邸主導かどうかはわかりません。厚労省は頑強に反対していましたが、このままだとまずいと理解したのではないですか」
それぞれが指摘しているように木下工務店を中心とする木下グループは昨年12月2日、同グループ内の医療法人の監修のもと株式会社新型コロナ検査センターを設立した。同月4日に同社が運営するかたちで、JR新橋駅前に店舗来店型の「新型コロナPC 検査センター 新橋」を開設し、2900円(税別)という検査価格に抑えた。これまで1万数千円かかっていた従来の民間PCR検査より格安で受診できることもあり、年末年始の帰省を控えた首都圏の人々の間で注目されたことは記憶に新しい。
ちなみに検査は、自分自身で唾液をとる「唾液検体」方式で、政府や自治体が実施する「鼻咽頭ぬぐい液」を検体として採取するより簡単だ。同グループのプレスリリースによると、検査精度は「感染研法との陽性一致率及び陰性一致率ともに100%という。そのうえで新橋駅前店や新宿歌舞伎町店など、「店舗来店型の『新型コロナPCR検査センター』の開業を進め、併せて配送・集配式にて企業団体への検査の提供を強化しながら、2021年1月には、店舗来店型検査と配送・集配式検査の合計で 1日2万件の検査実施を目指します」(同リリース)としている。
厚労省はなぜ民間PCR検査の拡大に懐疑的なのか
こうした民間の動きに厚生労働省はこれまで懐疑的な見解を示していた。当サイトが12月25日に配信した記事『帰省前に人気殺到、民間PCR検査サービスを受けてみた…2900円、たった5分で終了』から厚労省関係者の談話を引用する。
「カタログスペックでは検査は国立感染症研究所の検査法と陽性一致率及び陰性一致率ともに100%となっています。保健所の指導の下、受ける検査と大きな差は出ないとは思います。つまり、どうしても偽陽性、偽陰性の誤差が出ます。
それにこうした店舗来店型の検査ですと、医療機関で受診するのと違い、どうしても検査に携わるスタッフの質の問題や、会場に来る受診者間での感染防止に不安が残ります」
厚労省の関係者による似たような見解は朝日新聞デジタルでも紹介されていた。昨年12月10日に配信された記事『格安の民間PCR検査に予約殺到 その「陰性」過信禁物』で「ただ、タイミングや精度によっては実際に感染していても『陰性』と判定されることがあり、厚生労働省は注意を呼びかけている」と記載されていた。
また毎日新聞インターネット版で同月22日に配信された記事『格安民間PCRが乱立 陽性でも届け出義務なし 精度は? 感染対策は?』でも、「こうした施設は陽性判定が出ても都道府県への届け出義務がなく、感染対策上の問題も指摘される。現場からは検査精度のばらつきを懸念する声も上がる」と民間PCR検査に疑念をはらむ書き方がされていた。
立憲民主党の参議院議員は、一連の政府や厚労省の場当たり的な対応や当事者間の横槍に不快感を示す。
「規定の感染防止ガイドラインに基づいて、適正に検査が実施されるのであれば実施主体が医療法人であろうと民間企業だろうと問題はないのではないですか。
今回報道にあった大規模検査を提案したのが、首相官邸でも厚生労働省でも、そんなことはもうどうでいい。自分たちの小さな手柄や利権を確保しようと躍起になり、一方で失敗の責任を押し付けあっているに過ぎません。
本来であればもっと早く医療機関主体の検査を、大規模に行う体制の検討が行われていれば良かったというだけです。こうなってしまっては民間でもなんでも使わざるを得ません。少なくとも首都圏では感染者の受け入れと治療で、保健所も医療機関も限界です。彼らに新たに大規模なPCR検査を実施する余力があるのかは疑問です」
この混沌とした状況の原因はなんなのか。PCR検査の大規模実施と、これまでの厚労省の取り組みに関し、特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏に聞いた。
上昌広氏の解説
まず、無症状感染者対策が現在は世界のコロナ対策のコンセンサスになっていることを考えなければなりません。
今回のPCR検査の政府方針は、厚生労働省や専門家のアリバイ作りだと思います。しかし、政府主導で保健所を介して検査をするのは現実的ではありません。保健所の代表者の集まりでは、「濃厚接触者の調査をやめさせてくれ」との声が上がっています。この状況下で新たな仕事を課すのは無理です。
いずれにしても、大規模検査をやるということは、これまでの対策がダメだったということを改めて検証しないといけません。
上の表はPCR検査数を感染者の数で割ったものです。1人の感染者を見つけるために、検査数がどれくらい必要だったのかを表しています。中国では、感染者1人を見つけるために1000件以上検査をやっています。つまり無症状感染者が0.1%街中にいるのであれば、1人を見つけるためには1000人検査をしなくてはならないのです。
グラフにある感染者が多い国は検査数が足りないんです。日本では武漢に対して、中国政府が命じた厳しい都市封鎖にばかり、関心が集まりましたが、注目すべきは再燃を許さなかったことです。PCR検査を徹底して、感染が小規模なうちに封じ込んだのです。
欧米先進国は感染者数に比して、検査数が足りませんでした。多くの無症状感染者を見落とし、彼らが市中で感染を拡大させています。しかし、中国とは政治体制が異なる欧米先進国でも、中国とは異なる方法で検査数を増やそうとしています。
例えばアメリカです。カリフォルニア大学サンディエゴ校は1月に入り、11台のPCR検査自動販売機をセットしました。今後、1~2週間でさらに9台を追加するそうです。同大学の学生はIDカードをスワイプするだけで、無料で検査を受診できます。これまでの2週間に1回から、毎週1回検査を受けるように推奨されるといいます。
アメリカ国内では各地で無料あるいは定額で検査が受けられますが、多忙な現役世代はわざわざ検査を受けに行けない。このような人たちへの商品開発も進んでいます。
昨年11月17日に、自宅で利用できる検査キット(Lucira COVID-19 All-In-One Test Kit)に緊急使用許可が与えられました。30分程度で結果がでるものですが、このキットを入手するには医師の処方箋が必要でした。そこで12月15日には処方箋不要の抗原検査(Ellume COVID-19 Home Test)に対して緊急使用許可が与えられました。そして、1月6日には、アマゾンがデクステリティ社の検査キットのオンライン販売を開始しました。1パック約1万1300円です。
企業も検査体制強化に協力しています。ネットフリックスやゴールドマンサックスなどの一部の企業は、無症状の感染者を判別するために、企業が費用を負担し、検査を提供しはじめています。グーグルは9万人の社員に対して、毎週検査を実施することになりました。
この病気の本質と抜本的な対策は、『無症状感染者がうつす。数が増えてどうしようもなくなったらロックダウンする。そうでなければ徹底的に検査をして、無症状感染者を家あるいは医療施設にいてもらう』ということです。
日本は第一波をうまく抑制したので、そのあとうまくできれば中国みたいに感染を再燃させずに済むはずでした。感染者が少ないうちは、1000倍やるのも簡単です。アメリカやヨーロッパのように感染者が膨大に出れば、もうロックダウンするしかありません。
政府や専門家会議が提案するように、飲食店の営業規制だけやって、感染抑制がうまくいくのなら、世界中どこでも飲食店の規制だけでやめています。無症状感染者を同定できないので、全員まとめて家にいるよう求める。それがロックダウンです。
日本はそれでもまだ感染者は少ないので、検査だけでやれる可能性はあるとは思います。
これまで日本が重視してきた『クラスター対策』は発熱者と濃厚接触者を明らかにするものでした。しかしここに無症状感染者の同定はふくまれません。欧米が大量の検査に着手し、無症状感染者の同定をはじめているのに、日本の厚労省や専門家会議は『検査を増やすと医療現場が混乱する』と主張し続けています。そして、もはやそんなことは世界の誰も言わなくなっています。
アメリカなどが産官学を挙げて、検査体制の構築を図っているのに、日本の厚生労働省は民間PCR検査の拡大などに、なおも懐疑的な主張をしています。理由は『検査』そのものを厚生労働省の管理下に置きたいのだと思います。また、一連の対策の責任を追及されるのが嫌なのではないでしょうか。いずれにせよ、政府の専門家会議のメンバーや、一連の対策を起案していた厚労省の医系技官の責任は追及されるべきだと思います。
(文・構成=編集部)