「総務省とほぼ同時にすることで農林水産省への関心が薄まった」(与党議員)
菅義偉首相の長男による総務省幹部への接待問題で国会が荒れるなか、農水省はどさくさに紛れて幹部職員の処分を下した。鶏卵汚職事件で在宅起訴された「アキタフーズ」(広島県福山市)の前代表から接待を受けたことが国家公務員倫理規定に違反したとして、同省は枝元真徹事務次官ら6人を減給などとした。会食代を支払ったのは、前代表から賄賂500万円を受け取ったとして在宅起訴された元農相の吉川貴盛被告という話だったが、省の調査で、アキタフーズが負担していた事実が判明したことが理由だ。
「氷山の一角」
業界との癒着が指摘される接待は計2回。調査では2回以外に利害関係者による接待はなかったと結論付けたが、農政に通じる永田町関係者は「嘘に決まっている」と断じる。調査はそもそも職員の性善説に基づくもの。当事者が虚偽申告すれば見破れない。今回の2回はたまたま発覚したにすぎず「氷山の一角」(先の関係者)という見方が根強い。
この関係者によると、かつて農水省の廊下には業者が贈った酒やイチゴなどが山のように転がっていた。古き良き時代が終わった現代でも物品を受領したり接待を受けたりすることが当たり前という風潮がいまだに残っていることが、今回の件から推測できる。利害関係者から物品を受け取ったりおごってもらったりすることは、国家公務員倫理規定で禁じられている。
今回の不祥事を受け、トップである野上浩太郎農相は大臣給与1カ月分を返納。野上農相は25日の記者会見で「信頼を大きく損なうものであることを真摯に受け止めないといけない。国民の皆さまに深くおわびする」と陳謝した。一方、幹部らの更迭人事を行わない方針を言明した。
ただ、今後国会審議がストップするようなことがあれば、枝元次官の退任は不可避となりそうだ。
甘い再発防止策
「いっそのこと利害関係者との食事を全面禁止したほうがいい」(農水省幹部)。利害関係者と政治家が同席する会食に参加する場合、金額の大小や誰が負担したかに関係なく届け出ることを柱とした再発防止策は甘いとの指摘がある。別の省幹部は「そもそも利害関係者とは食事をしない」といったように細心の注意を払っている。補助金行政の同省はさまざまな利権を抱え、業界は決定権を持つ官僚に食い込むため食事に誘うことが明白だからだ。
問題となった接待をめぐっては、会場に行くまでアキタフーズ前代表が列席することを知らなかった幹部がいる一方、中にはわかっていた者もいたという。自民党幹部は、官僚らが大臣だった吉川被告の誘いで参加したことを挙げ、「断れない。かわいそうだ」と擁護する。ただ、処分を受けた幹部の中には、ロビイストとして知られる前代表と何度も面会している職員もおり、脇が甘いといわざるを得ない。
今回処分を受けたのは退職者1人を除いた計6人。このうち、減給1カ月(10分の1)の処分は枝元次官、水田正和生産局長、伏見啓二官房審議官の計3人、戒告が2人だった。残る1人は訓告。減給や戒告は懲戒処分に当たり、今後の昇進や昇給に響く。総務省の接待問題で大量の懲戒処分者が出たことが農水省の量刑に影響した可能性もある。伏見審議官は過去にも接待問題で訓告処分を受けたことがある。
会食の目的不明
省独自の調査が終わり、処分内容が決定したからといって一件落着とはいかない。肝心要の会食の目的は依然としてわからないままだ。同省は「2年近く前のことで記憶があやふや」(秘書課)と言い逃れするが、そもそも調べるつもりがないのだろう。会食が行われた2018~19年の前代表の関心事はアニマルウェルフェア政策だったことはいうまでもない。
アニマルウェルフェアは家畜をストレスのない環境で育てることを指し、欧米で浸透している。国際機関が示したアニマルウェルフェアの基準案が業界に不利になるとして前代表は反対していた。会食の場で「アニマルウェルフェアの話をしないわけがない」(共産党の田村貴昭衆院議員)との見方が自然ではないだろうか。
真相究明は農水省が設置した第三者委員会での検証しか手段がない。弁護士などの委員は徹底的に調べ上げ、癒着の構図を明らかにする責務がある。同省は利害関係者との会食は2回しかなかったと説明するが、新たな事実が判明すれば、農林水産行政の信頼は地に落ちる。
(文=編集部)