7月に投開票される兵庫県知事選で半世紀ぶりの保守分裂が決定的となった。20年にわたり知事を務めた井戸敏三氏が不出馬を表明したことで、後継者争いが本格化。当初は最有力候補だった現職副知事を不服として、一部の自民党県議が新たに会派を設立し、前大阪府財政課長を候補として担ぐなど混乱を極めている。新会派は大阪維新の会との協力を模索するなど、保守王国として名をはせる兵庫県が揺れている。
井戸知事とシンパの自民県議団が強引に知事候補を一本化
「こんな拙速で強引な知事候補の決め方があるか」――。兵庫県議会最大会派の自民党県議団から離脱した県議11人からなる「自民党兵庫議員団」。その立ち上げの中心メンバー、石川憲幸県議はこう憤りを隠さない。石川氏は県議会議長も務めるなど自民党県議団の重鎮で、「これまで県政を議会サイドからまとめてきた大黒柱」(自民県議)だ。普段なら分派することなど考えられない保守本流というわけだが、なぜ今回の県議団脱退に至ったのか。石川氏はこう話す。
「自民党県議団のなかで、昨年8月に知事選候補を決める検討調査会を立ち上げたのですが、金沢和夫副知事は政治家には向いていないのではないかという声が少なくなかった。そんななか、井戸知事が次の選挙には出馬しないことは半ば既定路線でしたから、金沢氏が選挙に向けて支援者回りなどに取り組まなければいけなかったわけですが、その努力がまったく見られない。この人に知事を任せていいのかという不信感が自民県議団のなかで出始め、前大阪府財政課長の斎藤元彦氏や尼崎市出身の総務省官僚の名前が取り沙汰され始めました。
選考レースが激しくなることを恐れた井戸知事は、昨年12月の県議会最終日に電撃的に退任を表明し、金沢氏への支持を匂わせた。井戸知事から『金沢を頼む』と耳打ちされていた自民県議団幹部も歩調を合わせる形で、多数決で無理矢理、金沢氏への立候補要請を決めたのです。議論がまったく尽くされず、だまし討ちのような形を取られた。自民党有志で新たな候補を立てようと考え、知遇を得た斎藤氏への支持を打ち出したというわけです」
役人根性丸出しの金沢氏
では、今回の知事選の最有力候補となる2人について見ていこう。
まずは現職副知事の金沢氏から。金沢氏は1979年に旧自治省入省後、総務省大臣官房審議官などを経て2010年4月に副知事に就任した。総務省キャリアとして兵庫県知事含みでの副知事就任だったが、兵庫県政関係者の間では「デスクワークはそれなりにできるが、発想もなく決断もできない典型的なお役人上がり」との評価が定着しており、リーダーとしての資質が疑問視されていた。以下は内情に詳しい兵庫県OBの弁。
「そもそも、井戸氏は金沢氏と馬が合わず、総務省との関係を維持する必要から仕方なく副知事として扱っていた。県庁幹部もそのあたりはよく見ていて、肝心な情報はほとんど金沢氏には上げておらず、蚊帳の外という印象です。
金沢氏は本来なら前回の17年の知事選で禅譲されるはずでしたが、自分が本当に後継指名されるか不安だったため、公明党の有力県議と組んでクーデターまがいの政局を起こそうとした。これが井戸氏の逆鱗に触れ、出馬は不可能になりました。その後はとにかく『知事になれなきゃウソだ』と恨み節を吐く一方で、生殺与奪の権を握る井戸氏から反感を買わないようにすることだけを考えていたようです。
その証拠に昨年から知事選出馬がいよいよ迫っているにもかかわらず、自分から率先して支援者に会ったりするなどの主体性はまったく見られなかった。井戸氏に怒られたのがトラウマとなっていたようなのですが、これでは周囲が担ごうという気をなくすのも無理はありません」
金沢氏は10年間も兵庫県政のナンバー2の地位にいながら、ここまで支持基盤を固められていない時点で、そもそも知事の資格がないといわれても仕方があるまい。
対立候補は大阪財政課長出身
一方の斎藤氏は兵庫県神戸市出身の43歳と若さが強みだ。総務省に02年に入省後、同省自治税務局都道府県税課理事官などを経て、18年4月から大阪府財政課長となった(選挙出馬にともない今年3月で総務省を退職)。大阪府財政課長だった際に、金沢氏以外の候補を探していた新会派の自民県議11人と面談し、兵庫県知事選に立候補することを決めたという。
政治手腕は未知数なものの、井戸県政が20年もの間続き、「井戸の殿様ありき」で物事が進んできた結果、既存事業の無批判な踏襲など行政のたるみが起きていることを考えれば、新旧対決という構図は兵庫県民の注目を集めるのは間違いない。
井戸県政20年で県庁全体が「太鼓持ち化」、弊害の象徴「センチュリー」
井戸県政20年については、「1995年に発生した阪神淡路大震災への対応などは余人に持って代えがたい偉業」(兵庫県の自民県議)と評価は高い。確かに東日本大震災と違って阪神大震災は「地方の災害」とみなされ、国からの支援をほとんど得られなかった。そのなかで県政を率いてきたのは容易なことではないのは事実だろう。
ただ、「自治官僚出身で実務に通暁している井戸氏が20年も知事をやれば、県職員が意見することなど不可能。新しい意見を若手が上げても論破され、次第に新規提案する意欲すら県庁職員から失われていった」(先の県政関係者)のも確かだ。この結果として、「プロパー職員トップの荒木一総副知事を頂点に、能力以前に井戸氏の覚えのいい太鼓持ちの職員しか出世できない風通しの悪さがしみついた」(同)という。
最近でも自らの公用車をトヨタの高級車ブランド「レクサス」から同社の最高級車「センチュリー」に変更したことについて、「乗ってみればわかる」と選民思想丸だしの発言で物議を醸したのは記憶に新しい。新型コロナウイルス感染拡大で県民の生活も苦しさを増すなかで、数百万円単位で予算を積み増すとは“さすが殿様は違う”としかいいようがない。このあたりの感覚のズレが20年もの長期政権の弊害を象徴している。
兵庫県内に勢力を拡大する維新の会を井戸知事は警戒
井戸氏については、兵庫県からの人口流出が10年にわたり続いていることなどから、「ムラ社会での調整能力はあるがポジティブな政策に乏しい」(地元企業関係者)との批判がつきまとってきた。西日本最大の都市である大阪が隣にある以上、やむを得ない面もあるが、兵庫県への勢力伸長を企てる大阪維新の会への警戒感は井戸氏以下、並々ならぬものがあった。
19年の統一地方選では日本維新の会の公認候補18人のうち、17人が当選し、前回の10議席から党勢を拡大した。同年の参院選でも日本維新の会の元朝日放送アナウンサーの清水貴之氏がトップで当選するなど着実に支持を集めており、危機感は一層高まっていた。
そもそも井戸氏と大阪市長で大阪維新の会代表の松井一郎氏の不仲ぶりは有名で、「東大出で官僚上がりの井戸氏からすれば、松井氏はポッと出のチンピラ。上手くいくはずがない」(兵庫県庁幹部)のも納得だ。井戸ヨイショで固められた県幹部としても「大阪のようにかきまわされるのはごめん被りたい」との防衛本能が働き、選挙にも身が入ってきた。一方の維新からしても、地方自治改革を唱える以上、井戸氏は「ムダと惰性の地方政治の権化」としか写らなかった。
斎藤陣営、SNS活用で若手をターゲットに
そんななか、自民党の新会派と維新の会が政策協定するとの報道が流れるなど風向きが変わってきた。自民党県議団という最大会派から飛び出した新会派からすれば、少しでも知事選への協力を取り付けたい。たとえそれがかつて敵視していた維新でも、である。一方の維新にしても、斎藤氏は松井氏と吉村洋文大阪府知事に大阪府財政課長として仕えた旧知の仲であり、兵庫県内に勢力を伸ばすにはこれ以上ないチャンスだ。
兵庫県選出の国会議員の間からは「これを機に自民党の勢力が切り崩されるのは避けたい」との懸念も上がるが、先の石川氏は「知事になったら是々非々でやってくれと斎藤氏には言っている」と強気を崩さない。以下は石川氏の弁。
「斎藤氏はあくまで自民党からの推薦で出馬したと明言しており、維新からの過度な要求を飲むということはありえません。政策にしても方向性が一致すれば協力するという話で、意志決定のすべてにおいて維新が関与するという話でもないという点は強調したいと思います。
今回の選挙戦は地盤も看板もなく、とにかく“ないないづくし”の選挙です。厳しい闘いになるのはわかっていますが、金看板の自民党県議団を割って出た以上、退路を断って冷や飯を食う覚悟はできています。これからの兵庫県政を考えたら、金沢氏ではトップは務まらない。コロナ対応で40代の若手の首長が注目を集めており、勝ち目はあると考えています」
斎藤氏の陣営はSNSなどを活用し、若手をターゲットとした選挙戦略を展開していくという。
権力は必ず腐敗する。井戸県政20年のすべてが否定されるべきではないだろうが、弊害が大きかったことは否めない。新しいリーダーの下で兵庫県がどのように変わるのか。7月の投開票日に向けてどのような選挙戦が展開されるのか、注目したい。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)