急速なデジタル技術の発展により、革新的な医療機器を公的医療保険にどう取り込み、財政との調和を図っていくのかという課題に我々はいま直面しつつある。
その象徴の一つが、2014年11月、医療用ソフトウエア「Join」が医療機器として保険収載された事例であろう。この収載はソフトウエアとしての保険適用第1号の事例であり、当時話題となった。「Join」は、画像診断装置等から提供された人体の画像情報を(一定の処理後に)モバイル端末で共有可能なアプリで、診療のために利用するのが主な目的である。
この事例は5年以上も前のものだが、現在では、遠隔医療や予防・健康に関する保健医療分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)がさらに進展しており、医療や健康データの蓄積と大胆な活用等により、国民の暮らしや健康が大きく改善される可能性も高まりつつある。
しかしながら、現下の厳しい財政事情のなか、社会保障給付費(約120兆円)のうち約40兆円を占める医療費に対する改革圧力が高まっており、経済財政諮問会議や財務省は、CT(全身用X線CT装置)やMRI(超電導式磁気共鳴画像診断装置)といった高額医療機器に対する配置の適正化を求めている。
約10兆円の医薬品市場ほどではないが、国民医療費に占める医療機器のコストが急速に増加していると考えているためである。では、GDPに対する医療機器コストの割合は今後どう推移していくのか。
国民医療費における医療機器のコストが伸長
そもそも、国民医療費に占める医療機器のコストに関する正確なデータは存在しない。そこで、筆者が「薬事工業生産動態統計」から医療機器のコストの代用として医療機器の市場規模を推計し、GDPと比較したところ、医療機器の市場規模(対GDP)は2001年の0.37%から2018年の0.52%まで概ね一貫して伸びてきており、約17年で0.15%ポイント増加している。1年平均で約0.009%ポイントの増加スピードである。これは、名目GDP成長率を僅かに上回るスピードで、国民医療費における医療機器のコストが伸びてきた可能性を示唆する。
では、ミクロ的な視点で分析すると何が読み取れるか。一般的に医療機器の市場規模やその平均成長率で、医療機器コストの全体像を把握する場合、以下の4つのケースが考えられる。
① 医療機器の市場規模が大きく、平均成長率も高い
② 医療機器の市場規模が大きく、平均成長率が低い
③ 医療機器の市場規模が小さく、平均成長率が高い
④ 医療機器の市場規模が小さく、平均成長率も低い
この①から④のうち、医療保険財政の観点から最も問題になるのは①であり、最も問題がないのは④である。内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(2021年7月21日版)では、2030年度頃までの名目GDP成長率が概ね1%となっている。このため、例えば、市場規模が50億円以上かそれ未満か、また、平均成長率が1%以上かそれ未満かで、「薬事工業生産動態統計」の医療機器データを分類した場合、①は72製品、②は31製品、③は150製品、④は71製品が存在する。
高額医療機器のうち財政的に話題となるのは診療系医療機器のCTとMRIだが、例えば、CTの市場規模は449億円かつ平均成長率は▲1.1%であり、②に属する。また、MRI(超電導式磁気共鳴画像診断装置)の市場規模は349億円かつ平均成長率は3.6%であり、①に属する。
上記①から④のうち、①の72製品の一覧表が下記の図表である。この一覧表をみると、1000億円以上の市場規模を有する医療機器は、「滅菌済み血管用チューブ及びカテーテル」「その他のコンタクトレンズ」「人工関節、人工骨及び関連用品」であり、500億円以上1000億円未満の市場規模を有する医療機器は「他に分類されない処置用機器」「歯科用金銀パラジウム合金」「感覚機能補助器」「ステント」であることが読み取れる。
また、財務省・財政等審議会では、財政の持続可能性を高めるため、高額医療機器(例:CTやMRI)に対する配置の適正化を求めているが、革新的な医療機器の発展が新たな市場を創造し、経済成長・雇用や税収にも貢献する可能性があることも事実であり、医療機器と財政との調和についても再検討が必要な時期に来ていると思われる。
(文=小黒一正/法政大学教授)