中国の石炭炭鉱がある山西省で大規模水害が起こり、石炭鉱山の閉鎖が相次いだ。10月11日付ブルームバーグ記事によれば、662ある鉱山のうち60が閉鎖して石炭価格が高騰し、エネルギー危機が中国全土に広がっているという。
もともと中国のエネルギー危機は、「反中包囲網」に奔走するオーストラリアへの制裁として同国からの石炭輸入を禁止したことが発端だ。オーストラリアは中国にとってインドネシアに次ぐ石炭の供給国で、特に火力発電などに使われる一般炭の最大の供給国だったが、オーストラリア産石炭の禁輸措置により2021年の供給量はゼロになっている。
一方でロシアから天然ガスパイプライン「シベリアの力」の稼働が始まり、第2パイプラインの計画も進んでいる。習近平指導部はロシアからの天然ガス供給によってCO2削減とエネルギー供給の安定化を狙ったが、予想外の水害によって一気にエネルギー危機を起こすことになった。
もうひとつ誤算だったのが、2021年3月の全人代(全国人民代表大会)で、習近平指導部が内モンゴル自治区に対して石炭部門の汚職調査の強化を命じたところ、操業が一部止まり、石炭生産が大きく損なわれたことだった。山西省に続いて石炭生産の多い内モンゴル自治区で、一時的にせよ、石炭が大きく減産を余儀なくされた。
中国経済をむしばむエネルギー危機
エネルギー危機の影響は、広く国民生活全般に及んでいる。9月には東北三省で大停電が起き、いくつかの地域の工場では計画停電によって稼働率が大きく落ち込んでいる。断水やエレベーター事故、道路の街灯が点けられないなど、人民にかなりの負担がかかっている。
これまで中国は石炭や電力の価格が統制され、差額から発生する負担は発電業者が負ってきた。ところが、中国の経済政策を担う国家発展改革委員会は、石炭火力発電の電力価格を需給に合わせて上昇させ、基準値の20%以内の変動を認める措置を発表して、市場原理を部分的に導入することにしている。だが、電力を大量に消費する工場については、この20%の枠すら設定されておらず、自由競争に入るという。
これから電気料金の大幅値上げが始まれば、中国製品はコスト増から値上げが相次ぐ可能性がある。そうなれば中国国内の人民が困るだけではなく、中国の安い部品や製品に依存している国は打撃を受けることになる。
さらに困ったことに、北半球はこれから厳しい冬に入る。中国北部はかなり気温が低く、黒竜江省などシベリアと変わらないほど極寒の地だ。
脱炭素の足かせ
中国は、もうひとつ厄介な問題を抱えている。
それは、ドナルド・トランプ政権下のアメリカが自国優先主義に走ったのに対抗し、習近平指導部が環境問題に取り組む姿勢を見せて、脱炭素で国際協調をアピールしたことだ。
10月31日開幕のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも、中国は大胆なCO2削減案を用意していたと伝えられている。さらに、エネルギー危機に対応するとなると、本当に実行できるのか疑問だ。
もともと中国の発電や暖房の主力は石炭であるため、CO2削減が遅れていたという面がある。だからこそ、発電や暖房を石炭から天然ガスなどに切り替えるだけでCO2の大きな削減が可能になる。
ところが、このエネルギー危機で暖房用石炭の確保もままならない状況になっている。しかも、習近平指導部は「共同富裕」という、生活向上を約束する方針を打ち出したばかりで、電気料金や国産品の値上げが相次げば、舌の根も乾かぬうちに人民との約束を反故にするようなものである。
習近平指導部は国際的な責務と、国内の人民の不満解消の2つを同時にやらなければならないところに、エネルギー危機という想定外のお荷物を抱え込むことになってしまった。
先述したように、国際協調の立場から石炭に過度に頼るわけにはいかなくなっている。中国は石炭火力発電の抑制に入っており、石炭産業はすでに縮小を進めている。また、中国政府の方針として、2060年までにCO2排出量を実質ゼロにする目標を発表しており、ロードマップは10月26日に発表された。
また、CO2排出のピークを2030年に設定した中国政府に対して、この時期を前倒しにせよという要求が主要国から起こっている。それを受けて、習近平主席は昨年の国連総会で、「2030年前後」としていた中国のCO2排出量ピークアウトの目標時期を、「2030年以前」に変更している。いわば、自らエネルギー確保を阻害する足かせを強化しているのである。
中国の野望を砕きかねないエネルギー問題
ただし、ここには国際協調にとどまらない中国の野望がある。それは、すでに世界をリードしている太陽光パネルをはじめとする再生エネルギー関連で、国際市場を独占することである。
また、これから新興国で普及していくであろう原子力発電についても、日本や韓国で脱原発の機運が盛り上がるなかで、中国が原子力発電所市場を寡占する可能性も高まっている。
原子力発電は建設だけでなく、その維持にも高い技術が必要であるため、原発を中国に建設してもらった国は、その後もエネルギー政策を中国に頼らざるを得ない。原発の普及は、中国がアメリカに代わって覇権を取るための策略としても有効だ。
ただし、エネルギー危機が起こり、電力不足で生産活動が滞っているために、こういった目標を全面改定する必要に迫られている。習近平指導部の本音は「もはやそれどころではない」というところだろう。
10月6日付フィナンシャル・タイムズによれば、中国はオーストラリア産の石炭輸入を秘かに再開している。各地域の発電会社のために政府が石炭を手配しなければ、もはや発電がままならなくなっていることの証左だろう。
このままでは工場稼働が滞ったままになり、新型コロナウイルス禍から活気を取り戻し国際市場に再び存在感を見せ始めている中国製品が、今度は一人負けする可能性すらないではない。
特に、東南アジアが中国に代わって国際サプライチェーンに組み込まれ始めているために、このまま電力不足が続けば、その動きを加速しかねない。
また、中国製品はこれまで、「そこそこの値段で品質が悪くない」といった水準の製品を大量に供給することで高品質高価格の市場を一掃して世界市場を席巻してきたが、電気料金が上がっていけば製品価格は上げざるを得ず、国際競争力は着実に失われることになる。
これまでの中国であれば、手段を選ばずエネルギー危機に対応していっただろうが、環境問題で国際協調路線に入ったことで、対策が後手に回っている。現在は蜜月関係にあるロシアからの天然ガスパイプラインにしても、ロシアは天然ガス供給でEUに揺さぶりをかけるような「ならず者国」であり、長期的に見れば、本当に安定的に供給されるのか不安が残る。
このエネルギー危機は、中国の本質的な問題点であるエネルギー供給の脆弱性を露わにした。少しずつ対策を打たなければならないだろうが、今後も「脱炭素」の足かせは厳しくなる一方で、これといった打開策は見えてこない。
中国は覇権国への道を進みながらも、国内ではそのしっぺ返しとして矛盾が膨らむ一方である。
(文=白川司/評論家、翻訳家