ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、再び存在感を高めている。
ロシアはパイプラインで通して、ドイツを中心とするヨーロッパに天然ガスなどを供給しているが、そのことでヨーロッパに対する政治的影響力を高めているのだ。
ロシアからは中国へのパイプラインがすでに稼働を始めている(「シベリアの力」)が、第2パイプラインの建設も進んでおり、同時に韓国ルートも計画されている。中国がオーストラリアからの石炭禁輸措置を断行した背景には、ロシアからのパイプラインが完成したことも影響したのは間違いないだろう。ただし、天然ガス確保の効果を過信し、石炭鉱山での大規模水害の影響をもろに受けて、反対にエネルギー不足を起こして電力供給に支障を来したことは大きな誤算だった。
天然ガスは発電においてCO2の排出量が少ないことで、石炭・石油火力発電からの切り替えが進んでいる。中国の電力不足の表向きの原因は「温室化ガス削減のために石炭から天然ガスへの切り替えを進めているから」であり、安定感のない再生可能エネルギーより前に温室化ガス削減の主役になりつつある。
ロシアは、オイル市場シェアは約25%を占めて、サウジアラビアを上回る世界最大の産油国の一つでもある。ロシアに匹敵するエネルギー生産力を持つアメリカも、シェールガスの輸出を拡大しているものの、価格競争力においてはロシアの敵ではなく、実際、シェアをロシアにじわじわ奪われつつある。OPECが大規模増産に応じず、原油価格が高止まりしている裏に、ロシアの存在があるのは間違いない。
ここのところ、新型コロナウイルス禍からの反動消費でエネルギー消費が大きく拡大しており、冬に向けてエネルギー不足の懸念が起こっている。特に天然ガスの価格高騰が、ヨーロッパに深刻な電力料金の高騰を招き、庶民の生活を苦しめている。
風力発電が全電力使用量の25%を占めるイギリスでは、9月の風力量不足から電力不足を起こし、急遽、天然ガスの輸入を増やすなどの緊急措置をとっている。再エネシフトがさらに進むと、天然ガスがさらに重要になるというジレンマを抱えている。
ヨーロッパへの影響力を高めるロシア
中国を中心とするアジアにおける天然ガス消費拡大のあおりを受けて、ヨーロッパのガス供給が逼迫している。もともとヨーロッパはエネルギー備蓄が少なく、ロシアに増産を要求しているものの、ロシア側は応じる気配がない。明らかな「兵糧攻め」だ。
批判を受けて10月13日、プーチン大統領は「ロシアは欧州側との契約上の義務を完全に果たしている。原因はヨーロッパ側のシステムの不備にある」と述べて、ロシアが供給を意図的に抑えているという批判に真っ向から反論している。
プーチン大統領が暗に示しているのは「ロシアとドイツを結ぶ新パイプラインであるノルド・ストリーム2を、ドイツとEUは早く承認せよ」ということだろう。ロシア側はこの見方を否定しているものの、反ロシアの機運からノルド・ストリーム2を承認しないドイツやEUに、ロシアがいらだっているのは間違いない。
ノルド・ストリーム2は、ロシアとドイツを結ぶ、2011年に完成したノルド・ストリームに続くものだ。ロシア国営企業ガスプロムとドイツ・フランスなどの企業が出資しており、今や反ロシアになったウクライナやポーランドを回避して、ドイツに対して天然ガス供給を可能する。これが承認されれば、ヨーロッパのエネルギー危機は少なからず緩和されることになる。
ノルド・ストリーム2は、2011年に起きた日本の福島第一原子力発電所事故を受けて、脱原発の機運が盛り上がったことから建設計画が進んだ側面がある。だが、国際的に孤立して国際法を遵守しないロシアにエネルギーを依存することについては、ドイツ国内外から批判がくすぶり続けている。
特にドイツ国外で批判の急先鋒だったのが、アメリカのドナルド・トランプ前大統領だった。ドイツは2014年のクリミア侵攻でロシア制裁に参加したのに、ノルド・ストリーム2の建設を進めることは、アメリカへの裏切り行為だと疑ったのである。
また、NATO(北大西洋条約機構)を通してアメリカに対ロ安全保障にコストを払わせながら、ロシアにエネルギーを依存するのは「二股外交」であるというのがトランプ前大統領の見方だった。
ドイツのノルド・ストリーム2建設が、反米的政策の要素を含んでいるのはおそらく間違いない。またそれと同時に、ウクライナがNATOに接近しロシアと対立するようになったのは、パイプラインにおける不安要因になっている警戒感から来た面も小さくない。
ロシアとEUの間で板挟みのドイツ
トランプ前大統領は、ドイツへの制裁を何度か検討していたほど、ノルド・ストリーム2への反発を強めていた。後を継いだバイデン大統領は、当初こそドイツへの制裁を検討したものの、ノルド・ストリーム2がすでに完成していたことを理由に、制裁は実施しないと発表した。つまり、あとはドイツとEU次第という状況だ。
ただ、ロシア人反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏がロシア当局によって拘束されたことで、欧州議会もノルド・ストリーム2の工事中止を求める決議を出さざるを得なかった。ドイツがノルド・ストリーム2を承認すれば、ドイツがEUにおいて自国の利益のみを追求しているとして孤立する可能性もある。
だが、ドイツは2030年にCO2を65%削減(1990年比)するという、EUよりも一段厳しい目標を設定しており、目標達成には天然ガスの確保が欠かせなくなっている。また、国内世論も、確かに一部の環境NGOなどがノルド・ストリーム2承認に反対しているものの、国民の多くは「背に腹は代えられない」として承認に前向きだと伝えられている。
ロシアはすでにOPEC(石油輸出国機構)プラスの実質的なリーダーとなっており、アメリカが「地産地消」で中東への関与を抑えるなかで、原油価格でもその影響力はサウジアラビアを凌駕しており、世界のエネルギー政策の中心となりつつある。
GDPが米中やEUにはるかに及ばないロシアが、ここのところ存在感が増しているのは、軍事大国であることをバックに、世界のエネルギー政策に大きな影響力を及ぼせる立場になったことが大きい。EUの中心であるドイツが、ノルド・ストリーム2をきっかけにロシアとの結びつきを強めれば、今度はアメリカがエネルギー政策でロシアに追い詰められる可能性もないとは言い切れなくなっている。
日本の仮想敵が中国である以上、中ロ関係にくさびを打つためにも、ロシアとの友好関係が必要だ。サハリンからのパイプライン計画を進めるべきだと、筆者は考えている。中国もロシアも危険な国だが、中国の危険度はロシアの比ではない。なにしろ、ロシアは曲がりなりにも民主主義国家だが、中国は独裁国家だ。どちらを味方にすべきかは、言うまでもない。
(文=白川司/評論家、翻訳家)