ある自民党関係者は、こう嘆息した。
9月25日付産経新聞は、安倍晋三首相が消費税率引き上げに備えた経済政策として、法人税の実効税率引き下げや復興特別法人税の1年前倒し廃止など、企業減税に意欲を示したと報じた。
以来、予断を許さない状況が続いている。自公税制調査会の了承が完全に得られていないからだ。公明党は一丸となって反対しているし、自民党税調の野田毅会長も結論を出していない。前出の関係者は、与党内の苦しい状況を次のように明かす。
「復興特別法人税の廃止は野田会長に一任されている状態だが、公明党とのすり合わせがうまくいくかどうかまったく読めない。法人税本体の引き下げが難しいと見て、復興特別法人税廃止の前倒しをしようということなのだろうが、賃上げ企業の税制優遇で折り合ったとしても、復興財源をどうするのかなど課題は山積している」
経済成長率と税収増加率の上下はほぼ同じ動きをするが、近年は低い成長率が続く一方で税収が上下する状態が続いていた。税制問題を主導する甘利明経済財政担当相らは、4〜6月期の実質経済成長率が年率換算で2.6〜3.8%に上方修正されたことなどを受けて、
「景気が持ち直しているので、(復興特別法人税廃止分は)税収などでじゅうぶん穴埋めできる」
と、強弁しているが、国と地方あわせて借金が1000兆円を超えた今、前倒しで廃止する選択は危険に見える。
そもそも、復興特別法人税廃止の件が経産省と経産部会の後押しを受けて、企業向け減税に関する議論のテーブルに上ってきたのは23日だ。ちなみに、甘利経済財政担当相は、「経産省の上皇」と呼ばれるほど経産省に影響力を持つ。
復興特別法人税は基準法人税額の10%を上乗せして賦課するというものだが、廃止については年末までに議論して話を詰めましょうというのが当初の話だった。それが突如、急浮上してきたのだから、簡単に賛同を得られないのは当然だろう。
内閣府職員は、官邸の混乱ぶりを次のよう話す。
「今の政権は“経産省内閣”に近い。官邸は、今井尚哉政務秘書官と柳瀬唯夫秘書官の経産省コンビに牛耳られているようなもの。法人税の実効税率引き下げは小泉政権時代から経産省が主張してきたことです。本来ならもっと後に議論すべき題材だったのに、すべてが税という括りで一緒くたに議論され始めて大混乱です」
同職員によれば、この混乱に拍車をかけているのが大手メディアの報道だともこぼす。
「政局ネタがまったくないので、全国紙が次々と飛ばしに近い勢いで記事にしています」
例えば、設備投資額に対する利益の割合が15%以上(中小企業は5%以上)を見込める企業に税制優遇する設備投資減税は、8月から議論が始まっていて、そもそも9月末までに大枠を決めることになっていた。しかし、大手メディアは「最後の大詰めの段階」と報じ、一部新聞に至っては「決定」と報じている。同じく法人減税も、人件費を増やした企業に対し、増額分を法人税で減税する措置をとる政策は昨年の段階からあったが、どれだけ拡充するかも議論の真っ最中だ。研究開発費用を増やした企業の減税特例の3年延長も同様である。
●法人税引き下げの効果に疑問も
復興法人税の廃止前倒しはもはや避けられないのかもしれないが、加えて法人税の実効税率引き下げの検討が急ピッチで進んでいる。
法人税本体を1%引き下げると約4000億円の国庫負担がかかると試算されていて、甘利経済財政担当相らが提案する「10%引き下げ」では、4兆円の負担が国庫に押し寄せることになる。
「法人税が高すぎて日本の企業が海外に出ていってしまう」
「引き下げることで、海外の企業を日本に誘致することができる。日本は実際、魅力的な市場だ」
というのが引き下げ派の意見として上げられるが、日本の場合、企業の約7割は法人税を払っていない。理由のひとつに、一度赤字を計上すると、累積赤字が解消されるまで法人税を払わなくていいという決まりがあるからだ。企業の約3割しか払っていないのに、引き下げることで大きな効果が狙えるとは到底思えない。むしろ、日本をより魅力的なマーケットにするためには、構造改革や規制緩和を進めたほうがよいのではないか。
消費税率の引き上げ分は「社会保障」に使われるということは決定事項だ。
中国や韓国など近隣諸国との関係が悪化する中で、防衛予算などの拡充は必要になってくる。だが、国と地方の借金が1000兆円を超え、財源を見つけることができない中で4兆円の税収を一度に失うことは、国家として自殺行為に等しいはずだ。
いずれにしても、デッドラインとされる今月30日には、混乱も収まるのだろう。
(文=横田由美子/ジャーナリスト)