“過剰演出”があったのか、なかったのか――。『news zero』(日本テレビ系)は5日、さいたまスーパーアリーナで開催かれた東京ガールズコレクション(TGC)に出演したウクライナ人モデルのブラダ=Vlada Kravetss=さん(13)をクローズアップして報じた。その際の取材方法について、メディア関係者などからも疑問の声が上がっている。
問題はデイリー新潮が28日に報じた記事『ウクライナ避難民の13歳モデルに「news zero」がコメントを“強要” 「ストレスで少女は泣いて逃げてしまった」』で発覚した。
番組では「ウクライナから避難してきた13歳のモデル」とブラダさんを紹介した上で、3月に日本に避難してすぐにモデル事務所を訪ねた理由について、「“私はここにいて大丈夫、安全だよ”ってパパに見せたいです」と語るブラダさんの言葉を伝え、彼女に対して「なにも怖がらないで、うまくいくよ」とハグする母、ユリアさんの2人の様子を映した。
ユリアさんが、TGCのランウェイを歩くブラダちゃんの姿を動画に撮り、ウクライナに残った父親に見せるために動画を撮り、テレビ電話でそれを伝える様子なども紹介された上で、ブラダさんが「パパが誇りに思ってくれるように日本や世界中で有名になるのが目標です」と語る――という“構成”になっていた。
番組スタッフがブラダさんに渡した“メモ”も
新潮の報道では、ブラダさんへのTGC前日の取材時には「いいモデルになりたい。周りに優しいモデルになりたい」と答えていたのに、その部分は放送されず、「“お父さんに見せたい”という答えに替わっていたと指摘する。また「日テレ側が、自分たちが欲しい答えを押し付けたのです」「お父さんへのメッセージ、ウクライナへの気持ち、国の代表としての気持ち、といった質問ばかりしていた」とのTGC関係者の証言も報じている。
新潮は、番組スタッフが取材時にブラダさん側に渡したメモも入手したとして、その内容を以下のように示した。
〈お父さんを安心させたい/自分たちぶじよ〉
〈・本番前の緊張/・お母さんと2人で励まし合っている様子〉(いずれも原文ママ)
また番組で放映された「ユリアさんが動画を撮って父に送るシーン」を撮影するために、ランウェイから近い撮影禁止エリアで観覧する予定だったユリアさんを、遠く離れたエリアに連れ出したのではないか、との指摘もなされている。
日本テレビ側は「(取材)手順が適切」で「TGCの広報を担当する会社を通じて行い、この会社と事前に打ち合わせ、当日の取材場所や時間はその広報担当者が指示した」と説明しているのだが……。
「戦地の家族の話を無理強いするのは取材倫理に反する」
TGCを取材した他のメディア関係者からも「news zero」の取材クルーの手法について疑問の声が聞かれた。ファッション関連メディアに所属する女性ライターは、次のように語る。
「ブラダさんは、ウクライナ戦争の話題に関係なく、とても将来性を感じるモデルです。お話を聞きたいと思っていたファッション専門メディアの編集者やライターは私以外にもいたと思います。しかし、お母さんのユリアさんを含め日テレさんが密着していて……取材する隙はありませんでした。どんな取材が行われているのかと思えば、こんな状態だったとは」
男性がほぼ出国できず、女性や子どもが中心となっているウクライナ難民について、ウクライナ政府や駐日ウクライナ大使館は各メディアに対し、人権に配慮した取材、報道を求めている。全国紙国際ニュース担当記者は語る。
「細心の注意を払って取材していますよ。ほぼすべてのウクライナ難民の方々が、戦火にさらされるという極限のストレス状態で、“難民”という弱い立場になっています。しかも、みんな女性や子どもなのですから。当然、日本語が話せない方も多いので、取材する際は必ずしっかりしたウクライナ語通訳をお願いし、今の段階で話せる限りのことを伺います。
“戦地に残してきた家族の話”をしたがらない難民の方も多いです。思い出すと辛いでしょうから……。だから、あくまで記者は聞き役に徹し、話してもらったことを記事にするという方針で取材しています。無理強いして話をしてもらうのは取材倫理に反します。にもかかわらず、片言の英語や翻訳アプリなどを使って無理やり取材しようとするキー局の記者もいますが……。今回の新潮報道が事実だとすれば、問題だと思います」
“過剰演出”を生むテレビ局の慣習
別の全国紙デスクは語る。
「例えば、自分たちの聞きたいコメントが出るまで何度でも同じことを聞く。もしくは『〇〇だと思いますよね』と聞いて、取材相手が『うん』と答えれば、『じゃあ、“〇〇だと思う”とカメラの前で言ってみてください』と指示する。ひと昔前の新聞社にもそういう取材スタイルの記者がいましたが、テレビ局がそういう取材をしているのを今でも見かけます。いわゆる“取材現場あるある”です。特に取材相手が子どもだと、この傾向が強いです。
今回の話も、番組側の取材を企画する段階でブラダさんの人物像を『祖国の父に今の姿を見せたい13歳のモデル』と設定してしまっていたのでしょう。『取りたいコメント』があらかじめ決まっていて、その企画通りの内容にするために、ブラダさんにそう明言してもらう必要があったんじゃないですか。東日本大震災や熊本地震などの遺族取材時にもよくあった取材手法です。『祖国』を『天国』、『モデル』を他の職業に変えればいい。
実際にはブラダさんにも『父に見せたい』という思いがあったのかもしれません。それを自然に引き出すのには信頼関係の構築と、取材者の力が必要です。その双方がそろっていたのなら、今回のような報道が出ることはなかったのではないでしょうか」
氏家夏彦氏「テレビ局に構造的な問題」
元TBS経営企画局長でメディア・コンサルタントの氏家夏彦氏は、次のように語る。
「ウクライナから避難してきた13歳少女への取材であることを別にしても、ニュース取材としては明らかに行き過ぎです。バラエティー番組では、出演者に話す内容を指示する演出はありますが、報道番組では許されない行為です。もし今回の担当ディレクターが報道のルールを知らず、バラエティーの手法で13歳のウクライナ少女に無理矢理言わせたのだとしたら、それは言語道断です。
本来なら質問を慎重に準備し、自然な形で取材対象の心情を引き出すべきです。無理矢理言わせた言葉には真実の重みはなく、たんなる嘘でしかありません。もし予期していたコメントが取れないなら、取れたコメントを大切にし、取材対象の気持ちに沿った形で臨機応変に企画を修正すべきです。
ところが別のテレビ局のことですが、『最近の報道局では、デスクにあげた企画書通りのコメントを取らないと怒られる』という現場の嘆きを聞いたことがあります。その背景には、近年テレビ局の制作費が大きく削減され、少ないスタッフで金をかけずに短い時間でコンテンツを作らなければならないという非常に厳しい環境になっていることがあげられます。
今回の件の原因が、取材側のコンプライアンス欠如と、稚拙な取材技量のためであるなら、日本テレビは『この問題を真摯に受け止め再発防止に努める』という反応をすべきでした。しかしテレビ局自体の構造的な問題であるなら、社長や報道局長など経営幹部はもちろん、全社的に深刻に受け止めるべきです。そうしなければ、今回のように取材対象を傷つけ視聴者の信頼を裏切るようなことが、再び起きるでしょう」
(文=Business Journal編集部、協力=氏家夏彦/メディア・コンサルタント)