この事件では、すでに卒業し幹部自衛官となった者も含め、総勢100人以上の関与が疑われることから、事件の舞台となった防大はもとより、警務隊【編註:自衛隊内部での犯罪を取り締まる組織。自衛隊内では警察官と同等の権限を持つ】も、引き続き調査を行っているという。
防大総務部長こそ、“事態究明派”?
複数の関係者の話を総合すると、今夏、新聞報道に端を発した事件発覚当初から防大内では、これを契機に防大内に巣食う悪弊を徹底的に炙り出したいとする自衛官のグループと、元学生5人の懲戒退校で幕引きを図りたいとする事務官を主体とするグループが対立し、“自衛官vs. 事務官”の内部抗争の様相を帯びつつあるという。
こうした状況の中、防衛省・自衛隊内外ですっかり「悪玉」に仕立て上げられたとされるのが、防大の事務官グループだ。
とりわけ、防大の事務官の実質トップである本省採用キャリア事務官である同校総務部長は、この事件処理について「元学生5人の懲戒退校処分での幕引き」「元学生5人の実名を絶対に出さない」との方針で対応したとされることから、余計に「悪の権化」のレッテルが貼られたとの声も数多い。
今回、この同校総務部長を知るという防衛省本省勤務のキャリア事務官・A氏が「防大総務部長をはじめとする事務官側の真意を正しく伝えたい」と、話を聞かせてくれた。
発覚当初から“組織的大事件”との認識
防大の組織は、学校長を筆頭に、大きく分けて「総務部」「訓練部」「教務部」の3部からなる。教務部は一般大学と同じように講義をし、訓練部は自衛官としての教育を行う。そして総務部が学校全体のマネジメントをする。
この総務部長は、概ね防衛省本省のキャリア組の指定席となっている。現在の総務部長も防衛省本省採用のキャリア組、警察庁への出向経験もある“エリート”だ。
–防大総務部長は、事件発覚後、懲戒退校処分を受けた元学生5人以外の調査を行わなかったとの声も、漏れ聞こえますが?
A氏 事件については、防大のマネジメントを預かる防大総務部長も、発覚当初から大変憂慮されている。だが、自衛官のグループが拙速に事を運ぼうとした。それをあなた方マスコミが面白おかしく書き立てるから、事態を余計に混乱させた感はある。
–元学生5人は成人した公務員です。なぜ実名を公表しないのか。この点、総務部長の対応には不満を覚えます。
A氏 元学生5人は、保険会社との間で示談が成立しており、詐取した金も返金済みだと聞く。それに、この元学生5人はまだ若い。彼らにも将来はある。その辺りを総務部長が配慮されたと聞いています。
–元学生5人の処分発表前後、総務部長と思われる方が「外部から聞かれたら、調査していると言え。ただし、実際には何もするな」と発言したと聞きますが、本当でしょうか?
A氏 恐らく、総務部長は事件発覚後、元学生5人が捜査対象となった時点で、これは防大内に巣食う長年の大きな悪弊と把握されたのでしょう。とても防大内で対応できる案件ではないと判断されたはずです。そのため、防大以外の組織、防衛監察本部、もしくは外部の警察にこの件をすべて委ねるべく、防大内での動きは最小限にとどめようという意図だったと、ご本人に近い筋からは聞きました。
–総務部長という職責上、この件では率先して対処に当たるべきだと考えられますが?
A氏 率先して当たっているからこそ、“生”の状態で防衛監察本部や警察に引き渡さなければならない。総務部長は警察庁への出向経験もあるので、防大内の状況をそのまま保全するという行為が、防大OBをはじめとする自衛官の方々から誤解されたのではないかと、私どもは見ております。
保険金詐欺「すでに将官の階級にある者から手を染めていた可能性」
–つまり総務部長こそ“事態究明派”の急先鋒ということですか?
A氏 そうです。防大保険金詐欺事件は、現在将官職にある年齢の者から続く悪弊だとされ、今から十数年前にも46期生が懲戒退校となった事案もあります。総務部長ひとりが頑張ったところで、隠蔽なんてとてもできません。
–総務部長の真意は、どこにあるのでしょう?
A氏 まずは、保険金詐欺に揺れる防大とOBが勤務する第一線部隊の混乱を最小限にとどめること。同時に事件の全容を解明し、長年巣食う膿を出し切り、これに伴う誤解をすべて解くこと。ここに尽きます。
–“これに伴う誤解”とは、なんですか?
A氏 例えば、ある実施部隊で自衛隊OB、特に若手の幹部自衛官が着任したとします。下士官以下の兵隊は「もしかして、あの幹部は防大時代に保険金詐欺していたのかな」と、勘ぐられる。これが続くと、自衛隊という組織がおかしくなる。だから防衛監察本部や外部、つまり警察に委ねることで、膿を出し切るということです。
–そうすると自衛官が“事態究明派”、総務部長を筆頭とする事務官が“隠蔽派”というのは、見立て違いだと?
A氏 総務部長の立場で、防衛監察本部をはじめ、外部に捜査を委ねること。これは、いわば身内の恥をさらすようなもの。それをあえて表に出そうという総務部長の判断は、適切な措置です。むしろ、自衛官たちが「自分たちで事態究明を」というほうが、キナ臭い動きです。できるはずがないし、するはずもない。この前も海幕広報室の准尉が、取材を申し込んだ記者を「創価大学出身の記者からの取材は受けられない」と発言したと伝えられるなど、不適切対応で厳重指導された事案がありました。自衛隊はこのような体質ですから、とても無理です。
“事態究明派”を装い、適当なところで幕引き望む制服組自衛官
–防大OBをはじめとする自衛官たちでは、事態の究明は無理だと?
A氏 制服組同士が独自の基準で、なあなあのうちに「(すでに卒業した幹部自衛官数人の)首を差し出すから、これで終わり」としかねません。特に海自は、この事件発覚後、これ以上の事件拡大を望まなかったといいます。
–すでに卒業し幹部自衛官となった者のほかにも、今は民間で勤務するOBの関与も取り沙汰されています。
A氏 民間の防大OBとなると、これは警務隊の捜査も及び腰となる。ですから、防大が所在する神奈川県の警察など外部に、すべての捜査を委ねたほうがいい。そして防大は、粛々と幹部自衛官養成の教育に専念する。これを早期に実現すべく、対応されていたのが総務部長です。
–“事態究明派”を自称する防大OB現役自衛官の本音は、どこにあるのでしょう?
A氏 この機会に、“適当なところ”で幕引きしたいのではないでしょうか。今回の事件の処分も、当初元学生5人を出した第3大隊の責任者である大隊首席指導教官(2佐)のみで済ませようとしていたといいますから。
–防衛省・自衛隊では、今回発覚した事件の責任は誰にあると見ていますか?
A氏 学校長と幹事【制服組自衛官の副校長と同格の役職。陸将】は、事件対応の見通しがついた段階で勇退されるのではないでしょうか。他は、訓練部長(海将補)、学生課長(1空佐)です。いわゆる懲戒処分ではなくとも、必ず目に見えるかたちで、なんらかの責任は取っていただきます。こういっては失礼ですが「長年巣食う悪弊」を、大隊首席指導教官ひとりの責任で済ませるわけにはいきません。その道筋を、総務部長がつけられています。メディアの皆さんには、あまりかき回さないでいただきたいと申し上げます。
「『学生は腐っている』と発言する学生課長こそ腐っている」与党参院議員
さて、学生課長といえば、学生指導の直接的な総元締め的立場だ。一連の防大保険金詐欺事件報道以降、現役防大生から多数寄せられた情報提供によると、学生課長は事件後、「責任は学生、指導官にある。学生と指導官は腐っている」と、大勢の学生の前で放言したという。防大現役生、総務部職員らの話を総合すると、元学生5人とその受け持ちである大隊首席指導教官に、すべての責任をなすりつける意図のようである。
こうした状況について、与党参院議員は「『学生は腐っている』と発言するこの学生課長こそ腐っている。責任逃れも甚だしい。実に卑怯な振る舞い」とし、学生課長とその上席にあたる訓練部長(海将補)の責任を追及すると話す。
「現役将官でも保険金詐欺に手を染めた者がいるとされ、また防大では、無用と思われる備品購入などいくつかの調達絡みの不祥事疑惑も囁かれている。総務部長は防衛省本省採用のキャリア事務官として公正中立な立場で、こうした闇にひとりで切り込まれている。その事実を、メディアの方々にも知っておいていただきたい」(防衛省本省事務官)
果たして真相はどこにあるのか。いずれにせよ、保険金詐欺事件に端を発して明らかとなった防大の闇は、まだ氷山の一角でしかないようだ。
(文=秋山謙一郎/ジャーナリスト)