1月23日、東京都知事選が告示された。16名が立候補した今回は、初めて単独で行われる都知事選(2011年の前々回までは統一地方選挙、12年の前回は衆院選と同日)であり、注目度も高い。さらに、細川護煕元首相が小泉純一郎元首相の支援をバックに「脱原発」の旗印を掲げて参戦するなど、候補者の話題性にも事欠かない。
そのような今回の東京都知事選候補者の一人で、IT企業役員で実業家の家入一真氏は、選挙活動のほとんどをネットで行うというユニークな選挙戦を展開している。Twitterでフォロワーから多くの支持を受けたことで出馬を決意し、政策は掲げずにネットで意見を募集、ボランティアや選挙資金もすべてネットで集める「これこそネット選挙」を体現する。特に、政策のヒントをネットでの対話によって得る手法は、斬新ゆえに賛否両論を呼んでいる。
そこで今回、家入陣営政策チームに名を連ねる作家・企業家の山口揚平氏との対談を通じて、家入氏に都知事選立候補およびユニークな選挙活動の狙いなどを語ってもらった。
出馬のきっかけは、マイノリティの居場所づくり
–家入さんと山口さんの出会いについて教えてください。
家入一真氏(以下、家入) 山口さんと初めてお会いした時は、“超まじめそうな人”というイメージでした。
山口揚平氏(以下、山口) 私は最初、画家になりたかったんです。でも東京藝術大学の受験に失敗して普通の大学に行って、就職して、M&Aでカネボウやダイエーの再生などに携わり、365日働きづめで身体を壊して、人間を廃業していたような状態だった時期もありました。普通に勤めるのは難しいので、自分の会社を起こして、しばらくしてその会社を売却して、ドロップアウトしていたんです。だから私自身もマイノリティの側です。肩書は“エグゼクティブニート”です。今回の都知事選に家入さんが出馬されたのは、マイノリティの居場所をつくりたいということがきっかけでしたよね。
家入 そうです。弱者、少数派、引きこもり、家出少年少女、セクシャルマイノリティなど、社会から見過ごされている人たち、放置されている人たちの社会的な居場所ができて、彼らが生きやすくなれば、さまざまな問題が解決するのではないかと思ってきました。私自身もマイノリティの側でしたから、とてもよくわかるのです。地域や世代を超えて人同士がつながって支え合うことができれば、20年に開催される東京オリンピックで、海外から来る外国人の皆さんも、東京はいい街だと思ってくれるのではないでしょうか。
山口 それは、ここ「リバ邸」で、家入さんはすでにやられていますよね。
家入 はい。「リバ邸」のコンセプトは、現代の駆け込み寺です。普通の人生の生き方からドロップアウトしてしまったマイノリティの人たちが、みんなで支え合いながら、生活コストを下げて生活をすることで、ビジネスをつくったり、自分がやりたいことを探したりする、そのような人と人のつながりが生まれる場所が「リバ邸」です。国や都などの行政は、このようなマイノリティ対策はしていません。それどころか、シェアハウス規制などが強化されている。すると、居場所を失った人たちが、さらに社会にあふれるのではないかと危機感を募らせています。
山口 それで、東京都版の「リバ邸」が必要になる。
–つまり今回、家入さんが立候補した理由の一つは、そのようなマイノリティ対策にしっかりと取り組みたいということでしょうか?
家入 そうです。こういった人と人のつながりをつくっていく場を広げるとなると、それは民間だけでは限界があります。政治でしかできないことがある、と考えたことが、今回の立候補のきっかけなんです。
居場所100万戸創出プロジェクト
–家入さんの選挙活動への批判として、「具体的政策が提示されない」というものがありますが、どのように受け止めていますか?
家入 これまでの選挙活動の中で、多くの人と対談してきましたけど、みんな具体的な政策を聞きたいとおっしゃるんです。「居場所はどうやって生み出すのか?」といった具合です。私は、大きな方針を提示して、それを実現するための具体的方法は、いろいろな方と対話をしながら構築していきます。
山口 居場所について私からの提案としては、東京都は都営住宅を含めて遊休資産を大量に持っていますから、それを全部情報公開して、リバ邸のようにマイノリティに開放してみてはどうでしょうか。それで、まずは10万戸の居場所を確保します。そこに今まで家入さんが携わってきた「スタディギフト」や「キャンプファイヤー」のようなネット型の相互扶助の仕組みも導入できるといいのではないでしょうか。
家入 いいですね。「スタディギフト」や「キャンプファイヤー」は、何か目標を実現するためにネットで趣旨を公開して、共感した多くの人々からそれぞれ少額の支援を受けて、費用を集めるクラウドファンディング型のプラットフォームです。同様に、生活もネットを通じて相互扶助の体制を整えることは可能だと思います。
山口 まさに、そのようなスキームは、家入さんでなければつくれないと思います。家入さんの思想の根底には、「タテ」ではなく「ヨコ」という発想転換があると思います。従来のタテ型では、税金を集めて上から徐々にばらまいています。金融もエネルギーも政策も同様です。それに対して家入さんは、偏在している資源を必要に応じて配分してゆく発想があります。学費や医療費、プロジェクトの費用などでそれを実現できます。そうやって、ゆるやかな人のつながりを行政としてサポートしていく。一方で、建築基準法などの規制を緩和し、デベロッパーに住居建築を発注して100万戸のマイノリティの居場所をつくり、人と人のつながりができる場所を広げていきます。人口の10%くらいの規模でこのような居場所を創出していけば、東京はかなり住みやすい都市に生まれ変わるはずです。
家入 山口さんのような優秀なブレーンの皆さんとの対話、ネットで2万件にも及ぶ提言が集まり、政策が家入陣営の目指すべき目標として組み上がっていっています。このようなやり方が、私は本当の政治のような気がしているんです。
旧態然とした政治機構vs.対話による政治「アゴラ」
–家入さんがもし都知事になると、都民にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
山口 家入さんが都知事になる一番の価値は、首都圏の有権者が社会に参画したくなる欲求を開放することです。ゆるくつながるというネット、ITの特性を生かして首長候補に提言するなど、家入さんを触媒として、有権者自身が政治制度を構築する。そうすることで、個人の社会への参画可能性を圧倒的に高めることができます。古代ローマは、自分の意見が政治に反映されるという社会参画の権利をローマ市民に付与したために、ローマ市民であることがブランドになっていました。そのようにして、すべての世代の政治に対する無関心や距離感を埋めることができるのではないかと期待します。そして、それは町への誇りを生み出すでしょうし、幸福度を高めることにつながると思います。人の幸福度は「個人の社会への参画度合い」と「社会の個人への寛容度合い」が関係しています。家入政策は、そのどちらも満たすことができると考えています。
家入 どうしても選挙というと、高い台の上から話す街頭演説をしなくてはいけないようなイメージがあるんですが、それはなんか古い気がしているんです。私は、今まで起業や居場所づくり、クラウドファンディングなど、さまざまなビジネスを進めていく中で、いろいろな方との対話をしながら進めてきました。だから今回の選挙でも、有権者の皆さんと対話しながら進めるという方法を取りました。
–今回の大事な争点の一つとして、「原発」がありますが、家入さんは脱原発派ですか?
家入 「脱原発」「原発推進」など一言で語るのは簡単ですが、私は今回の選挙活動を通じて、キーワードだけで選ぶのではなくて、話し合いを重視する政治を有権者の皆さんに提示したかったのです。原発は立地している地方も含めると、東京だけで決められないこともある。単純にどちらかで決めるのは、すごく危険なことではないでしょうか。大切なのは、それを各々自分のこととして考えていくことだと思います。だからこそ、ネットを通じてさまざまな対話をして、そこで政策を集めて、政治を実現していく制度をつくりたいのです。
山口 エネルギーも、原子力か自然エネルギーかといった2択ではないと思います。それはタテ型の思想です。本当に大切なのは、電力を「つくる」から「貯める」への思想のシフトです。リチウムイオンなどを用いて貯めた電力を必要に応じて配分していくのです。これが「スマートグリッド」「スマートシティ」の発想の原点です。家入さんの選挙活動やブレーンとのかかわり方を見ていると、まったく新しい選挙をされています。これが日本の政治のスタンダードになってくるといいですね。
–家入さんは今回の選挙で、ネットで演説を行う、ボランティアや選挙資金もネットで集めるなど、ユニークな選挙戦術を数多く取り入れていますが、その狙いはどこにあるのでしょうか?
家入 独特ともいえる選挙戦術を取っているのは、浮動票を獲得したいという戦略でもあります。実際、なんのバックボーンもない私が獲得し得る票は、浮動票しかないのです。しかも今回の選挙は、35歳以下の世代が抱えている問題が露出する選挙でもあると思います。世界的に先進的な課題を抱えた過密都市で、しかも20年にはオリンピックも開催されます。そんな東京で、古代ギリシア・ローマ時代に老若男女が市民広場で政治・経済を対話しながら決めてきたアゴラのような政治を行うんです。政治的なバックボーンがあるさまざまな対立候補の皆さんと後ろ盾のない私が対話して政治を考える、それは本当の政治の戦いでもあると思うんです。
思い切った行政改革で、行政コスト半減を目指す
山口 もう一つ、家入さんならではの行政改革もできます。テクノロジー分野で思い切ったメスを入れるといったことは、政治的しがらみのない家入さんしかできません。
–具体的には、どのような改革を想定していますか?
家入 行政システムは、大手IT企業が独占してシステム構築と保守をしています。しかし、このコストがべらぼうに高い。多分、ITベンチャー企業がそこに参画すれば、100分の1、もしかしたら1000分の1のコストでシステム構築も保守もできるでしょう。私はIT企業家として、この“IT土建のボラレ問題”を解決できます。さらに、従来型のメインフレームではなくてクラウド型のシステムにしてオープンデータ、オープンガバメントにすれば、明らかに運用コストも大幅にダウンできます。医療情報なども細かくシェアできるようにすれば、医療費も含めた行政コストは大幅に削減できます。極端にいえば半減できます。行政手続きも、窓口まで行かずにすべてネットで完結できるようになります。
山口 政治にも大手IT企業にもしがらみがない家入さんであれば、自由な発想で適材適所な人材の登用ができるし、IT土建にも正面から対抗できます。
–そのほかに家入さんがもし都知事になったら、どのようなことに取り組みたいとお考えですか?
家入 そこも対話していきたいと思います。私は、大きな方針として、東京を「全員の居場所がある都市」「老若男女が市民広場で対話しながら政治・経済を決めていく都市」「正しいこと、適正なことができる都市」にしていきたいのです。「東京をぼくらの街に」とのコンセプトは、そういった政治をする、いわば「政治2.0」を実現したいということなんです。それが、今回の都知事選出馬の本音です。正直なところ、選挙戦は厳しいですが、新しい選挙のあり方や若者の政治離れを食い止めるためのきっかけになってほしいと思います。
–今回の立候補のための供託金をライブドア元CEOの堀江貴文氏から借りたことも、話題になっていますね。
家入 私はお金がなくて、選挙戦は一人でツイキャス【編註:ツイットキャスティング/無料で動画を生中継できるネット上のサービス】だけやる予定だったんですが、選挙の供託金がなくて「誰か供託金、貸してくれないかな」とつぶやいてみたら、選対のメンバーでもない堀江さんから「オレが貸してやるよ」と言ってくれたのがきっかけです。それで、記者会見の時に応援に来てくれるようにお願いしました。今でも選挙陣営には入っていないので、直接堀江さんが選挙に関与しているわけではないです。クラウドファンディングで選挙資金は集まってきたので、お借りした供託金は、そこからお返しする予定です。
(構成=大坪和博)