<付録>「性に違和感を持つ」人の数を推定してみる
今回、参照した、文部科学省のレポート「学校における性同一性障害に係る対応に関する状況調査について」によれば、「学校側に悩みを相談したのは約600人」となっておりますが、このレポートの中でも「実数を反映しているものとはいえないと考えている」と記載しています。
全国3万6740校、児童生徒合計約1000万人。これに対して、600人というのは、1万6000人に1人となります。 かなり古い文献で、最も少ない性同一性障害の推定人口は、MTFが3万人に1人、FTMが10万人に1人でした。このほか、2800人に1人とも、1000人に1人などの記述も見られます。
つまるところ、はっきりとはわからないのです。
自分の性に違和感を持っても、日常生活に支障のない人もいますし、性同一性障害という認識がないまま苦しんでいる人もいれば、認識があっても社会生活ではそれを表さない人もいますし、自分が同性愛者であると誤認しているケースもあるようです。
いわゆる「ジェンダークリニック」に通院する人も、しない人もいて、それが遠隔地や経済的な理由であることもあります。さらに海外で手術治療を行う人は、統計データには反映されないでしょう。
しかし、ここに私に衝撃を与えたデータがあります(一般社団法人gid.jp日本性同一性障害と共に生きる人々の会発表「性同一性障害特例法による性別の取扱いの変更数の推移」)。
前回ご紹介した、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」によって、性別変更が認められた件数です。2004年から12年までの、わずか9年間で4353件の申請が認められています。この数値だけは、はっきりとわかっているのです。
かつて、性同一性障害の人数は日本全国で数千人といわれてきましたが、この数は小さすぎると考えます。性別変更の申請をするには、最後の手段である手術療法まで行わなければならず、それが現時点において、すでに4000人を突破しているからです。
今回、この申請が認められた4353件のみを唯一の事実として、性に違和感を持つ人の数を推定いたしました。
13年は769人も認可されておりますが、一昨年に比べて32名の増加にとどまり、人数としては安定しつつあるように見えます。そこで、年間800件程度の申請数で飽和すると仮定し(仮定2)、さらに手術治療を行う世代は、20~50歳の30年間程度と考えました(仮定1)。
これらより、将来的には国内での性別変更者は合計2万4000人程度で、安定的に推移すると考えました。
次に、性に違和感を持つ人の数を推定する上で採用したデータと、江端の仮説を以下に示します。
・性に違和感を持ちながらも、距離的、または金銭的に国内クリニックに通院できない人、または通院を希望しない人が、50%(文献1から導いた江端仮説)
・心療治療後にホルモン治療に至る人が33%(文献2より)
・ホルモン治療後に、手術治療に至る人が18%(文献2より)
・国内クリニックに通院せず、最初から海外で手術治療を行う人は数%であるが、それぞれの治療のフェーズが進んでいくと、海外での手術療法を望む人の割合が増え(江端仮説)、全体として海外の手術療法を選択する人が80%強となる(文献2より)
・手術療法を終えた人の95%が戸籍性別変更の申請を行う(江端仮説)
※文献1 「性別違和をもつ人々の実態調査」
※文献2 「日本における性同一性障害の診療」
これらの確率(と江端の主観に基づく仮説)を使って、ベイジアンネットワークを構築し、ベイズ推定の計算を行った結果を以下に示します(HPにデータをアップしておきます。なお、正確なデータをお持ちの方がいらっしゃったら是非ご連絡ください。直ちに再計算してご報告致します)。
上記で算出した2万4000人が13%に該当すると考えると、性に違和感を持つ人数は、日本全国に18万5000人程度存在することになります。これを、現在の日本の人口1億2570万3000人で換算すると、680人に1人という結果になりました。
性に違和感を持つことだけで、直ちに性同一性障害と認定されるわけではありませんが、自分の性に違和感を持っている子どもが、それぞれの学校に1人くらいいるということは、それほど荒唐無稽な話ではないと思います。
私の推定アプローチが正しいとすれば、現時点において自分の性に違和感を持っている子どもが、全国で1万5000人くらい存在することになります。
文部科学省のレポートにある600人という数については、「実数を反映しているものとはいえないと考えている」というコメントがありますし、それは仕方のないことだと思っています。
しかし、もしかしたら、私たちの見えないところで、その600人の25倍もの子どもたちが苦しんでいるかもしれないということを、覚えておいていただきたいのです。
(謝辞)
今回のベイズ推定の計算には、NTTデータ数理システムのベイジアンネットワーク構築ツール「BAYONET」を使わせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。